エリカお嬢様と砂糖工場の立ち上げ⑤ 砂糖の試食
さて折角甘味を作る事が出来たので、
それにも合うメニューを考える。
まだ上質の白砂糖には及ばない。
しかし国産である。ポテンシャルはある。
エリカお嬢様と試食してみる。
「まずはビートの不純物がそのまま残った黒砂糖。
・・・これは食用には厳しいな」
「ほうれん草以上にえぐみのある味がするわね。
サトウキビとビートは全然味が違うのね。
私は遠慮しておくわ」
ビートはほうれん草の仲間なのでそのまま食べると
えぐみのある味になる。
だからサトウキビみたいな黒砂糖には向かないらしい。
「次はビート含蜜糖。
含蜜と砂糖の結晶を分離する前の砂糖。
石灰に二酸化炭素を吹き込んだ後に、
何回かろ過を繰り返して煮沸。
水分を飛ばした蜜を一気に冷やして結晶化したものです」
「あ、どこかで食べたことのある味。
・・・まだビートっぽい味はあるわね
二酸化炭素ってどうやったのよ?」
「二酸化炭素は秘密です。知らないほうが良いです。
本当は真空状態にして、蒸気圧を下げた方が結晶化しやすいんですけど。
この前マクデブルクの半球の実験の時に
試作した真空ポンプを使って試してみましょうか。
実際は炭酸カルシウムでもっとタンパク質などの不純物を除去しないと
それっぽい味にはなりませんね」
「そうね。
もうちょっと頑張って結晶化させれば食べれるわ。
この味はビスケットに混ぜるか、
じゃがいもやお肉の調整用に良いわね。
ネタを考えてお祭りに出しましょう」
「何か良い料理を考えましょうね。
で次は更にある方法でごくごく微量を抽出した砂糖」
「ちゃんとした結晶化しているわね。
いったい道具も無いのにどうやって砂糖の結晶を抽出したの?
蜜の成分が少ない分だけあっさりしているわね」
遠心分離機が無い場合に、擬似的に代替えする手法を考えた凄い人がいる。
2017年に物理生物学者のマヌ・プラカシュが考えた手法で
ぶんぶんコマの原理を用いて高速回転させる方法がNatureに投稿された。
原理は簡単で溶液を入れたチューブを2枚の厚紙で挟んで
糸を両脇に通し、ぶんぶんコマの原理で
振り回してねじりを作ってから引っ張ると
中の厚紙と溶液が高速回転して遠心分離される。
原価わずか20円である。まさに天才。
問題は微量の試薬の分離には良いが大量生産には当然向かない。
「・・・細かい事は別で説明しますが、
理論上は結晶を分離すれば砂糖が作れます」
「流石にそれで量産は無理ですわね」
「鍛冶屋さんに発注したギアが届いたら組み付けて
簡易遠心分離機にしましょう。
炭酸カルシウムの原料の貝殻は伯爵様に
お願いしましたのでそのうち届くはずです。
それからですね」
「・・・待ち遠しいわ」
収率は悪いものの、
課題は明確なのでそのうち試作まで出来るであろう。
後は収率と量産設備をどうするかだが・・・
「シロップとして塗っても良いし、
パンやビスケットに混ぜても良し。
小麦とバターと卵を混ぜてパウンドケーキも良いわね」
「遠心分離機が出来れば生クリームも牛乳の脂肪分から
作れますのでケーキやお菓子に使えます」
「夢は広がるわね。
本当に楽しみだわ」
「・・・売る商品を作るのが目的であって
食べるのが目的ではないですからね?
エリカお嬢様」
エリオス君が突っ込むと途端にふてくされた表情を
するエリカお嬢様。
知ってるわよ、みたいな顔をして
その澄んだ瞳でエリオス君を見てくる。ドキッとする。
課題が明確になったので表情は明るい。
「ふふふ。分かっているわよ。
量産体制も考えましょうよ」
「課題がある程度解決して、試作して、
商品に使えそうになったら量産体制ですね。
当面は人海戦術ですが、少しは現代的な設備に近づけたいですね」
「どうするのよ?」
「ビートの切断は当面人力で、
煮詰める為に大きな鍋で大量に処理します。
炭酸カルシウムの貝殻を水車の臼かハンマーで粉砕し
混ぜてから覆土法などで不純物を沈殿させます。
その後にろ過を繰り返してから
蜜を加え濃度を増やしてから煮沸させて
更に真空ポンプを使い減圧で結晶を晶析させます。
で、最後に遠心分離機で蜜と砂糖を分離します」
「・・・沢山設備がいるわね。
しかもこの時代からするとかなり高度な」
「段階的に設備を作って高品質化と効率化を
進めていくしかなさそうです。
鍋やハンマー程度は良いですが、
真空ポンプと遠心分離機は簡単には入手出来ません。
もし我々で作れれば差別化になります」
「どうせ中世には存在しない設備でしょう。
エリオス君」
「あはは。
構造はそこまで複雑では無いですし、
動力も水車を使えばなんとかなりますかも」
「・・・本当に頼もしいわ」
半分、呆れた表情でエリカお嬢様が呟く。
しかしエリオス君の心の中では、
本音を言うと蒸気機関があればね、と。
出来るだけ早いタイミングで高効率の蒸気機関が欲しい。
そうして、水車が無い場所でも量産できるように。
今のままだと工場の立地が水車の勢いの強い場所に限られる。
いずれ行き詰まるだろう。
産業革命は更にその先にあるかもしれない。
エリオス君はそう心の中で呟くのであった。
今回はYoutubeのビデオ「Van biet tot suiker」を参考とさせて頂きました。
大変わかり易い解説ありがとうございます。
また他にも砂糖の本を数冊買って読みました。