エリカお嬢様と砂糖工場の立ち上げ④ ビートの「覆土法」
応急的に試験設備でろ過をしてみる。
色は少し白に近づいてきたが取れているとは言い難い。
加えて蜜糖と砂糖の結晶の分離はまだ出来ていない。
エリカお嬢様とエリオス君で会話を続ける。
「少し白くなってきましたわね」
「ろ過の効果は応急的ですがやはり採れているとは言えません。
不純物として残るタンパク質などの物質は、
炭酸カルシウムに吸着させて沈殿させるんですが
物質の入手が難しいかもしれません」
「ちょっと難しい話になっているんだけど
もう少し噛み砕いて教えて?」
「僕も専門家では無いんですが・・・」
水溶性のタンパク質などの不純物の場合、ろ過だけでは除去出来ない。
一般的にビートの場合、石灰乳を加え更に炭酸ガスを加えると
析出したタンパク質などの不純物は炭酸カルシウムと共に排出される。
入手できそうな炭酸ガスは主に二酸化炭素などであろうか?
流石に現代と同じ材料を異世界で入手して工業的に生産するのは無理であろうか?
「そんな現代の材料を入手するのは無理じゃないの?エリオス君」
「実は江戸幕府やベトナムで技がありまして、
サトウキビの不純物を除去していた方法があります。
結構難しい手法ですが、そのやり方を真似するしかなさそうです」
実は近世の江戸幕府や現在のベトナムに残る砂糖の不純物を
取り除く方法が伝えられている。
炭酸カルシウムとして、赤貝などの貝殻を代替えで使っていたらしい。
ビートを切り刻んでお湯で煮込んで糖分を溶かす際に
貝殻を粉砕した粉を混ぜて反応させていた様である。
それを容器にいれて土で塞いで反応させていた様子。
塞いだ土の重力で糖分を貝殻と反応させつつ徐々に不純物を
除去していた様子である。貝殻の成分の金属など
付着するのでそこから更にろ過して取れるだけ取るしかない。
1週間加熱した後に数日日干しして取り出していた。
一般的に「覆土法」と呼ばれ、中国や亜熱帯のプランテーションでも
やられていた方法だと記録されている。
「中々手間が掛かるのね。
そこまで手間を掛けて砂糖の不純物を除去して白くしているのね」
「我々は当面、人手による人海戦術ですが
真似してでも砂糖を白く出来れば勝ちです。
まずは貝殻を入手しましょう」
「貝殻は海辺で無いと入手出来ないわね・・・
内陸国のグリーヴィス公爵家では入手が難しいわ」
「それは伯爵様にお願いして漁村リトハイム村で
入手するしか無さそうです」
「海洋国家と大陸国家では得手不得手が出るわね。
確かに魔王国は有利ですわ」
「目指すは国産です。
僕から伯爵様にお願いして手配します」
まさに現代人の知識チートである。
例えロザリーナお嬢様や学校と雹華お嬢様に聞き込みしても
その国の技術者は絶対に開示しないであろう。致し方がない。
砂糖の精製技術は紀元前のインドで生まれたと推定されていて
ペルシャや中東、中国などに伝わった。
11世紀の十字軍によりヨーロッパ諸国へ伝播し14世紀にシチリアで生産。
さらに大航海時代になると中世から近世の砂糖の精製方法は
亜熱帯地域でサトウキビを収穫し
奴隷によるプランテーションで砂糖の原料糖を作り体積を小さくしてから
運搬してヨーロッパの工場で精製を行っていた。
「白い砂糖が簡単に出来ない事はなんとなく分かったわ。
そして極秘の技も。
サトウキビは亜熱帯しか出来ないし労働力が必要だから
史実の中世のインドなどからイスラム圏を通じて輸入したから
更に価格が高騰する」
「そうです。エリカお嬢様。
そして中世ヨーロッパ諸国がそれに気付いて
新大陸で砂糖の栽培を始めるわけです。
高価な砂糖を少しでも安く手に入れる為に」
「・・・何か納得がいかないわ。
もしこのビートから砂糖が取れて
寒い大陸国家で砂糖が量産出来たら、
新大陸の奴隷制度もプランテーションもいらないじゃない」
「中世から近世までの砂糖は全て血で塗られていると言われていました。
砂糖の甘さを一度知ってしまうと、力づくで入手したくなり戦争になりました。
歴史の闇でしょうか。
ビートの栽培技術と砂糖の精製技術は
まだ我々には非常に難易度が高く手に余りますが
挑戦する価値はあると言えましょう」
「・・・まさに革命ね。最初に考えた人は本当に凄いわ」
エリカお嬢様がしみじみと言う。
しかし砂糖精製技術としての課題はまだ何一つとして解決していない。
これから長い戦いになりそうである。
それまでは、ビートシロップと呼ばれる未精製のシロップを
砂糖やお菓子につけて食べるしかなさそうである。
また、将来的に砂糖が量産した際に発生する
ビートのカスや炭酸カルシウムの産業廃棄物に大いに悩まされることになる。
中々参考になる資料が無かったので苦労しました。
中世ってどうやって砂糖を精製していたのでしょうね?と。
意外と記録に残っていないのです。
発注したいくつかの文献が届いたら本格的に検討しようと思います。