エリカお嬢様と砂糖工場の立ち上げ③ 砂糖のろ過装置と遠心分離機の設計
砂糖の純度が良くないのはろ過技術が雑なのと、
遠心分離機が無いからであろう。
水溶性のタンパク質などの不純物は溶けてしまっているので
除去するのが更に難しい。
課題は分かっているので対策を取るしかない。
「まずはろ過装置の改良かな。
不純物が取り切れていないのはろ過がまだ不十分」
「布で濾し取る程度では駄目なのね」
「本当は活性炭が欲しいけど今は入手は難しいかも。
まずは古典的に不純物の一部を取り除く為にろ過を
改良しましょう」
「昔、マンガとかで見た事があるわね」
最初に切断したビートを洗ってから65℃付近の
お湯に石灰を混ぜてからつけて糖分を溶かす。
出来るだけ多くのお湯を交換して使うようにする。
そして容器に小石、砂、木炭、石灰、布を多層構造にして
それぞれ粒度の違う不純物をこしとる。
砂糖水は粘度が高いから加圧式にしたい所ではある。
これを繰り返す。
勿論容器のろ過材は定期的に交換する。
色が薄くなってきたら煮詰めて水分を飛ばす。
本来は石灰と炭酸ガスを加え、炭酸カルシウムに反応させて
タンパク質などの不純物を凝固させて分離するのであるがまだ出来ない。
ここで蜜成分と砂糖の結晶の混合物になるので、
遠心分離機で蜜成分と砂糖の結晶を分離するのであるが・・・
エリカお嬢様が聞いてくるが、
「実は遠心分離機が無いですね」
「砂糖の結晶だけを丁寧に取り出すのは難しいのね。
ちゃんとした結晶になっていないわ」
「・・・難しい事を要求してきますな。
オーバーテクノロジーですが、簡易遠心分離機をラボで作りましょう」
「どうするの?エリオス君」
「遠心分離機の簡単な構造は回転運動をギアで制御して
高速回転させているだけです。多分。
自転車と同じ原理です」
「あの自転車のペダルを押し出す時の
歯車の数ね」
「ギア比が45:1以上で設計すればとりあえず回転速度が上がるはずなので
そういうギアを鋳造して組み合わせてみます。
実際の量産機はスクリューコンベアで回転させながら押し出していく
設備があると連続生産出来るので楽なんですけど」
「バッチ式より連続生産式というわけね。
作れるの?」
「今の技術力ではとても無理ですね」
ビートから砂糖を分離するのは、
1745年にアンドレアス・マルクグラーフが
最初にビートの糖度を実証し学会で発表している。
しかも1801年には砂糖工場を作った弟子のフランツ・アシャールが
250トンのビートが収穫され砂糖工場で量産開始している。
これで砂糖はヨーロッパでは高級品ではなくなった訳であるが、
現代的な高性能な設備がない時代でもなんとか出来た実績がある。
遠心分離機は僅かな密度の違いを高速回転にて分離する方法。
高速回転といってもギアの強度問題もあるので限界はある。
という事で試験設備レベルでギアを鋳造し、
組み合わせて回転速度を上げる、簡易遠心分離機を作る事にする。
現代的なものはテオドール・スヴェドベリにより1920-1930年に製作された。
図面に書いて、いつもの鍛冶屋さんに試作してもらう。
「沢山ギアを作るのね。
それも複数の構造で」
「1対1のギアではそんなに高いギア比は出ません。
複数のギアを組み合わせて回転数を上げます。
実は遠心分離機はハンドルを手で回して使う
動力無しもあります」
「そうなの?」
「実際はモーターが高速回転するとありがたいのですが、
この時代には無理です。
将来的にはスクリュー構造を水車で回しましょう」
「・・・水辺で大規模な水車がいるわね」
「当面は人海戦術ですね。がんばりましょう」
「とほほ」
残念な表情をするエリカお嬢様であるが、最初はそんなもの。
という事でギア構造が出来上がるまではテーマは保留である。
ろ過する容器と中身の構造を頑張って作ろう。
少しでも不純物をろ過で除去するのだ。
「しかし未来知識は本当に反則よね。
何も悩む必要が無いじゃない」
「そうでもありません。
人が作業出来る様に道具を工夫するのと、
機械で置き換えて無人化するのはかなりの難題です。
道具を作るのに必要な材料が無かったり工具が無かったり」
「無人化は果てしない戦いの先にあるのね。
当面は人海戦術だわ」
諦めの表情を見せるエリカお嬢様。
しかし、何かに気付いたかの様に言う。
「別に糖蜜と砂糖の結晶を上手に分離しなくても
パンに漬ければ十分甘くて美味しいじゃない。
頑張ってろ過して、不純物を減らしてから
私達で美味しい食べ物を作りましょう」
「その手は勿論ありますね。
屋台でも開きましょうか?」
「・・・そう言えば大学祭の話。
アレで出店を作って美味しいお菓子を売りましょう。
それで小遣い稼ぎをするのよ。
そして甘い味をたっぷりアピールするの」
「それは良いわね」
「勿論、最後の手段ですが考えています。
最初は純粋な砂糖ではなく蜜が残った含蜜糖として使いましょう。
甘さでは砂糖に劣りますが、それでも十分に使えます。
それにあったお菓子を作るんです」
売れる砂糖を作るのも大事だが、
美味しいお菓子を直接供給してもありなのである。
そうして甘さをアピールするのも戦略の一つ。
「じゃあ、量産に使える大きさの容器を調達して、
ろ過に使う材料を準備して投入して下さい。
これを沢山お願いします。社長」
「・・・それを社長にやらせる気なの?エリオス君」
「勿論、社長。ね?こういう時こそ大貴族の情報力で」
「まあ使えるものは使えと言いたいのね。ちぇ。
容器と材料は頼んでおくわ。
じゃあウイリアム。協力をお願いするわ」
「承知しました。お嬢様」
道具の手配はエリカお嬢様に頼んでおいて、
設備の設計だけは将来の砂糖の量産の為に進めておく。
当面は人海戦術で、蜜が残った含蜜糖で
お菓子を作り実績を残しておくしかないのである。
実際、サトウキビが入ってきたドイツの沿岸部では砂糖菓子が結構あったそうな。
国産ビートで量産が可能になれば、かなり農民は裕福になる。




