少年は大航海へ旅立たない-4.7-
音のする方に目を向けると、遥か遠くに小さな黒い点を見つけた。
それは段々音と共に大きくなっている気がした。
「マ、マネージャー.....」
「マネージャー?あのバイクに乗ってるのがそうなのか?」
タクヤが尋ねるのも答えず、カナエはタクヤに迫ってきた。
そして、タクヤの来ているTシャツの首のあたりを掴んで、捩じり上げた。
「あ、ちょっ、ちょっとタンマタンマ!喧嘩は良くないよ」
タクヤは迫られたことの恐怖よりも、異性が近づいてきたことへの照れの方が強かった。何だかとてもいい匂いがする。
「さっさと船に乗せなさい!でないとあんた殺されるわよ!」
「殺されるって......そりゃいくら何でも物騒すぎるよ。」
「と、に、か、く!早く船を出して!」
カナエの目が本気であることを告げている。本気でタクヤの船に乗り込んで、航海に出かける気らしかった。
「そ、そうは言われてもね。この船は一人用だし...それに事情もよく知らないのに君を乗せようとは思わないよ。僕は今から大航海に繰り出そうって大事な時を邪魔されてる訳だし.....」
「何を男のくせにうじうじ言ってるのよ!こんなに可愛い子と一緒に船に乗れるのよ!こんな機会あんたに二度と来ると思わないことね!」
カナエは更に強くタクヤのTシャツを捩じり上げる。
タクヤは踏ん張らないと両足が浮いてしまいそうになっていた。
.....もしかしたらミナミちゃんよりも力が強いかもしれない、とタクヤは思った。
「わ、わかった。わかったから、ちょっともう降ろしてぇ。」
タクヤが悲痛な声を上げると、カナエはようやくタクヤを捩じり上げるのを辞めた。
「じゃあさっさとして!敵は待ってくれないわよ!」
「て、敵って......」
バイクの音が鼓膜を震わせる。見れば砂浜の遠くに一台のバイクとそれに乗る黒いライダースーツの人影が見えた。男か女かまでは分からない。
ライダースーツは砂浜など気にしない様子で、真っすぐとこちらに爆速でやって来る。
あと一分もしない内にここに到着するだろうとタクヤは踏んだ。
その姿を見たカナエは船に向かって走りだし、船を海に向かって押し始める。
船はじりじりと少しずつ海に押し出されていく。
タクヤはこの必死さに心を打たれない訳にはいかなくなった。
(なんだか事情は知らないけど、とりあえず一段落つくまでは付き合ってあげるか)
タクヤは船の先頭に着くと、船体を両手で持った。
「じゃあ、"せーの"のタイミングで力入れて押して!カナエちゃん!」
「わかったわ!あと、カナエちゃんって気安く呼ばないで!」
せーの! せーの! せーの!
船体は海面に浮かび始める。
「カナエちゃ...さん。船に乗って!で、中にある櫂で漕いで前に進めて!」
「分かった!」
カナエが船に乗り込むと、船体が少し沈む。
タクヤは回り込んで、船体の後ろに着いた。そして、力一杯船を押し進める。
そのうちタクヤの足が海中に着かなくなってくる。
「カナエちゃん!ちょっと前に寄って!今から飛び乗るから!」
「えっ!何て言ったの!」
タクヤは構わず船体に両手をかけると、飛び上がった。
その拍子に船は後ろに重心がかかり、大きくバランスを崩す、
「きゃー!」
カナエがバランスを崩して後ろに倒れ込むのと、タクヤが船の上に転がりこんだのはほぼ同時のタイミングだった。
船頭が一瞬海面から浮かび上がり、再び海面に着水した。
「いてててて.....頭打っちゃったよぉ....」
タクヤが頭を擦っていると、なんだか柔らかいものを左手で踏んづけていることに気が付いた。
(ん?なんだろこの心地よい触り心地は....)
タクヤが左手の方角に目線を向ける。
そこにはアキシロ カナエの胸部が存在していた。
そして、顔を真っ赤にして、怒っている彼女も......
「あっ.....いや、これは不可抗力といいますか....」
「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
タクヤの頬を鋭い痛みが走った。
少年は大航海へ旅立たない-4.7- 終