途絶えた軌跡
「先輩たちの姿を、よーく見とくんだぞ」
ーーー昔むかしの大昔
世界の全部を巻き込んだ戦争があった
100年続いた争いは、女神の声で幕を閉じた。
「勇敢なる者達よ、いい加減一番は決まりましたか?」
戦場は、一瞬で鎮まりかえった。
「長い間よく頑張りましたね、見事よ。褒美をあげましょう」
戦場には、3人の戦士が立っていた。
「壊れゆく大地に嘆き、立ち上がった森の民よ。自然と協力する術を与えましょう」
後に、魔法とよばれる能力だった。
「復讐に身を焦がし、命を燃やした白の民よ。身を守る術を与えましょう」
後に、奇跡といわれる能力だった。
「武勲を求め、己を高めた炎の民よ。神の宝箱を開きましょう」
後に、ダンジョンとして各地に現れた。
「では、解散!」
褒美を与えられた3人の血は、今では世界に広がった。
遡りたどり着く事が不可能なまでに引き継ぎ引き継がれた褒美は、徐々にその力を変化させ、たまに覚醒遺伝として現れるようになっていった。
…と、いわれている。
***
悲しみの心に寄りそう、慈悲深き者。
"奇跡"と呼ばれる力を行使する、復讐の代行者。
因果を平等とし、被害があれば加害出来る者。
その存在は天使と呼ばれ、数多くの事象を裁いてきた。
どこの国にも属さず、どこの国からの指図も受け付けない独立機関。
嘆きの声あらば王にすら罰を与える、神に愛されし、神の代弁者。
ロディワース教団の、天使達。
世界を正す使命に駆られた天使達は、今日も正義を振りかざす。
「間もなく開戦のようだ。この戦、とめるぞ」
「ええ、一人でも多く生かしましょう」
まばゆく輝く白銀の髪に、空色の瞳。揃いの白いローブを着た2人は顔立ちこそ似てはいないが、どちらも美形で雰囲気が似ており姉弟のようだ。
二国間の戦争を止めるべく、派遣された天使達。国ではなく、人を救うために。
「お姉さま、お兄さま。気を付けてね」
戦場から近い、天幕の中。もう一人現れた天使は、他の2人と同じように美しい白銀の髪と空の瞳を持っていたが、釣りあがった細い目とそばかすのせいで似ているとは感じなかった。
まだ10にも満たない幼い少女に揃いのローブは大きすぎるようで、裾を引きずっている。
「俺は、人を斬った者は同じ傷をその身に受けるように祈ろう。傷つけることは傷つくことだと気づいた者から剣を置くだろう。まずは、争いを止めなければ」
お兄さま、ことティアムは被害と同じ加害をそっくりそのまま与える事ができた。
「だったら私は、屠った分その人に罪の重さを背負ってもらうわ。壊した物の分、殺した人の分だけ体が重くなって、動けなくするの。一人殺めた時点で、その者はまともに剣を振るう事はできないでしょう」
お姉さま、ことラーシェは被害を受けたものの重みを与える事ができた。
天使の素質によって、裁きの力量は異なる。被害と同等を背負わせられる2人は教団の中でも優秀な大天使で、戦や天災といった大きな事象に駆り出されてる。
戦争が開戦され被害を見てからでないと、天使は動けない。
実際に目の前で行われた悪事しか、天使は裁けないのだ。
失われてしまった"魔法"の力があれば、争う前に止められるのに…と天使は思う。
「お姉さまお兄さま、まもなく開戦のようです。お気を付けて…」
「えぇ、ツェーリアも巻き込まれないように気を付けてね。…行くわよラーシェ」
「はい、ご主人様」
ラーシェにラーシェと呼ばれ返事をしたのは、ラーシェとまったく似ていない赤毛の少年だ。
「頑張れ相棒、死ぬなよ」
「はいティアム様」
ティアムに相棒と呼ばれて答えたのは、親子程に年の離れた女性。
「…お二人もお気を付けて」
彼等は、使徒と呼ばれる天使専属のー…
「…どうか安らかに眠れますように…」
身代わりだ。
来るべきその時までの生活保障と、残される家族の為の金のため。自分の命を天使の代わりに差し出す者。
天使が受けた傷は、全て彼等が負う。彼等が受けた傷は罪となり、天使に裁きの力を与える。
血にまみれた天使の集う、ロディワース教団。
…大国同士の争いは予想よりも大規模で、教団は大天使2人と見習い天使を1人失った。
「あんなに悲惨な死体を見たのは、流石に初めてだったわ」