六話 非日常の中の日常と
〜前回のあらすじ〜
海戒と瑠雨(ルウちゃん)から、天使の力と異能力について教えてもらった。
それから数日後……
「ハルハルやっと来た! 遅いよ〜!」
家の門の前でルウちゃんが、元気いっぱいに手を振っている。今日はルウちゃん達からバーベキューに誘われて、堕天使のアジトに遊びにきた。
最近はちょくちょく通っていて、海戒さんと一緒に筋トレや異能力のイメトレをしている。
「ルウちゃんおはよう」
「おはよ〜! 早く入って入って〜」
門をくぐると風情溢れる庭で、ユウくんが学校で育てたアサガオにジョウロでお水をあげていた。僕のことに気がつくと、笑顔で駆け寄ってくる。
「ハル兄おはようなの」
「おはようユウくん」
最近、ユウくんからハル兄と呼ばれている。可愛い弟が出来たみたいで、呼ばれる度にほっこりする。
「ハルハル、アコアコは〜?」
「学校に用事があるから少し遅れて来るって」
「それじゃあ〜アコアコが来るまでに、準備終わらせちゃお〜!」
「ちゃお〜!」
ルウちゃんとユウくんが元気に拳を上げた。
改めて二人の格好を見ると、オーバーオールに同じ白いTシャツを着ている。お揃いで可愛らしい。
「おっ! ハルト遅いぜ」
後ろから海戒さんの声が聞こえて振り向くと、白いTシャツにオーバーオール姿で立っていた。
普段持っている木製おたまの代わりに、今日はトングを持っている。
「……海戒さんおはようございます」
「相変わらずだな。ハルトもこれに着替えな!」
海戒さんは縁側から服を持って着て、僕に押し付けるように渡してきた。
受け取った服を見ると、背中にふっくらしたブタのイラストがプリントされているTシャツと、オーバーオールだった。
「えっ!? ええーー!!」
* * * * * * * * * *
「貴様の……大切な者を……」
何処かで聞き覚えのあるような、中性的で威圧感のある声が聞こえてくる……
「護ってみろ…………力を――」
――一瞬、強い頭痛が走った。
体を起こして頭を抑えると、するりと濡れたタオルがおでこから落ちる。
「ハルちゃん大丈夫?」
姉ちゃんが心配そうな顔で覗き込んできた。
僕は状況が分からず、周囲を見渡す――縁側の隣の和室で座布団を敷いて寝ていたようだ。
「あれ? そういえばバーベキューは?」
「覚えてない? ハルちゃん、バーベキューの途中で倒れちゃったんだよ。水無月さんは熱中症じゃないか、って心配してたよ」
……記憶を正確に思い出して見ると、美味しいお肉を食べたし、スイカ割りもして食べていた。
それでテンションが上がって、久しぶりにはしゃいじゃって、目眩がして倒れたんだ。
「思い出した!」
「良かったー、ちょっとお水取ってくるね!」
「うん」
再び座布団に寝転がると、ズボンのポケットに硬い物が入っている感じがする。ポケットに手を入れて、それを取り出す。
手に取ったのはスマホだった……何気なくカメラロールを見てみると、そこにはみんな同じ服装で撮った写真がたくさんある――中にはルウちゃんや海戒さんの変顔もあって、笑みが溢れた。
変顔……もうやらなくなったなぁ。
カメラロールを見ていくと、中一の時に友達とふざけて撮った変顔の写真がたくさん出てくる。
また学校に行こう、と思った。
「ユウ待て〜〜!」
「わぁー! ルー姉ちゃん」
「ユーとルー、待て〜!」
「きゃーー! カイカイだ〜!」
「カイ兄だ〜!」
縁側を挟んだ庭の方から、楽しそうな声が聞こえてくる。体を起こして庭を覗くと、ルウちゃんとユウくんと海戒さんが追いかけっこをしていた。
「あっ! ハルハル起きてる〜!」
「ハル兄捕まえるの〜!」
「おっハルト、もう大丈夫そうだな」
三人全員が駆け寄ってくる。それと同時に姉ちゃんが水を持って来てくれた。
「はいっ、ハルちゃん」
「ありがとう」
水を飲んでいると、海戒さんが微笑ましそうに見つめてくる。
「ハルトは良い姉ちゃんを持ったな! 倒れている間ずっと隣で看病してたんだぜ」
「お互い様だよね、ハルちゃん」
姉ちゃんの満面の笑みに、胸が熱くなった。
「……ぅん」
「さーて! 片付けして、花火をするぜ!」
「いぇ〜い!」
「やるの〜!」
* * * * * * * * * *
小さく弱々しく燃える光の玉から、力強い火花が散っていく……
最後の瞬間まで、火花を散らす光が地面に散った。
「あっ」
残った導線を持ったまま、ゆっくり顔を上げる。
他の四つの線香花火は、まだ落ちていなかった……
「あっ」
「あっ」
「あっ」
「あっー!」
テンポ良く続けて火球が落ちた。
「ルーが一番長く続い――」
――突然、海戒さんが鋭い目つきで、ルウちゃんの体を突き飛ばす。
「伏せろーーーっ!!」
バランスを崩しているルウちゃんの手を取り、出来るだけ低く、小さくしゃがむ。
――衝撃音とともに砂が舞い上がり、とっさに目を瞑る。
直ぐに目を開いて後ろを振り向くと、海戒さんの両手に水が纏っており、拳を構えていた。
「天使だ!! 全員アジトへ避難しろ!」
「ルウも戦うよ〜!」
ルウちゃんが立ち上がって一歩踏み出す。瞬間――顎髭を生やし両サイドを刈り上げた大男が、ルウちゃん狙って拳を振るう。
ゴン!!
鈍い音が響く。
「子供に手出すな」
大男の拳と、水を纏った拳が衝突して、水しぶきが飛んでくる。
――一瞬の瞬きのうちに激しい音が轟いた。
目を開くと海戒さんは、木々の中に吹き飛ばされていた。海戒さん! と叫ぼうとしたが、その場の空気に恐怖し声が出せなかった。
僕も……戦わなきゃ……護るんだ。
体格のいい男の背を目の前に、拳を握りしめて足を動かそうとした……
ジリジリと、砂と靴が擦れ合う。
その瞬間、男の瞳が映り込んだ。僕を見てるようで見ていないような、暗く漆黒の瞳をしている。
――刹那、僕の瞳には大男の大きな拳が映る。
あまりにも速く恐ろしい拳に、立ち竦む。
「ハルトォォー!!」
体が軽く吹き飛ばされて、海戒さんの叫び声で竦みが解ける。大きな拳を僕に代わり、必死に受け止めていた。
「ハルトみんなを頼んだぜ!」
そう言うと、軽々と大男を蹴り飛ばした。
「はい! ルウちゃ……」
僕はビクビクと震えているルウちゃんの右手を、優しく握りしめる。
公園の時はあんなに強かったルウちゃんが、ここまで怯えているなんて……あの大男、格が違う。