四話 堕天使のアジト
〜前回のあらすじ〜
天馬公園で襲ってきた山風と共輔を退ける。
助けてくれた紗鏡瑠雨(ルウちゃん)について行き、堕天使のアジトへ行く事に。
天馬公園から姉ちゃんの肩を借りながら、ゆっくり歩く事約30分。
閑静な住宅街の中。先頭を歩くルウちゃんが振り返り、自慢気に腰に手を当て立ち止まる。
「とうちゃ〜く!」
ルウちゃんの背後には、周りの建物とは全く雰囲気の違う、昔ながらの大きな古民家が建っている。
「……ここが……アジト?」
「そうだよ〜、早く早く入って〜!」
ルウちゃんが木造の門を開けると、その奥で月明かりに照らされた草木が淡い色を見せる。風情溢れる庭が広がっていた。
「すごい広い」
「すごく綺麗な庭」
僕と姉ちゃんの心の声が溢れる。
ルウちゃんはささっと、飛石をスキップして建物の玄関口につき呼び鈴を押すと、すごい現代風の音が鳴る。
すると直ぐに、ドタバタと建物内を走る音が聞こえて、勢いよく横開きの扉が開く。
「ルー遅い! こんな遅くまで何処行ってたんだ?」
黒いバンダナと紺色のエプロンを――ふっくらしたブタのイラストが描かれている――つけている青年が、木製のおたまでルウちゃんを叩く。
「いったーい、困ってる堕天使を助けてたの〜」
膨れっ面のルウちゃんが手を伸ばし、僕と姉ちゃんを紹介する。
――青く澄みきった瞳が僕の目に映りこむ。彫りが深く鼻も高い、ハーフ顔みたいでかっこいい青年だ。
「とりあえず、傷の手当てだな!」
家の中に入ると旅館のような広い玄関に、沢山の靴が並べられている。
「すごい広い家ですね」
「元々祖母の家だからな、そこに座ってくれ」
「は、はい」
僕は玄関の段差に座った。
青年は玄関の棚から白い箱を取り出すと、手際よく傷の手当てをしてくれた。
「――よし! そこの部屋で待っててくれ」
傷の手当てを終え、案内されるがままに僕と姉ちゃんは部屋に入った。
* * * * * * * * * *
二十畳以上ある大きな和室には、高価そうな壺や絵画の美術品と、対照的な子供の作った工作や絵が飾られている。
その部屋で僕と姉ちゃん、そしてルウちゃんが正座をしていた。
ルウちゃんは顔をしかめており、そのおどおどしい動きに、足が痺れている事が直ぐに分かる。
――それにしても豪華だ。
目の前には、大人数で食べられる長いテーブルが置いてあり、その上に和洋様々な沢山の料理が並んでいる。
夜ご飯を済ませている僕のお腹をも鳴らす、食欲の唆られる匂いと見た目だ。
一般的に考えて、十人前以上の量はある。家の大きさから考えても、このアジトには十人以上の人が居るのかな?
僕は初対面の人と話すのは苦手なので、少し緊張していた。
そんな中、先ほどの青年が嬉しそうに大きなペットボトルを四本も抱えて入ってきた。
「オレンジジュースと、リンゴジュースと、ブドウジュースと、お茶しかないけどいいか?」
「ルー、ブドウジュァァアア!!」
立ち上がりながら叫び声を上げて、ルウちゃんは畳に勢いよく転がった。
「足が〜、痺れたよ〜ぉ」
「ルー大丈夫か? それに二人とも、楽な姿勢で寛いでくれよ」
涙目のルウちゃんは畳を這いながら、僕の向かい側に戻っていく。
僕と姉ちゃんは足を崩し、青年にジュースを注いでもらい軽い自己紹介をした。
「オレは水無月 海戒、今月の一日に19歳になったフリーターだぜ! 趣――」
「カイカイ、ニートでしょ〜!」
「話の途中で突っ込むなよっ! ニートに近いフリーターだぜ……趣味は料理だから、食べたい料理があったら遠慮なく言ってくれ。
ハルトと彩虎さん、よろしくな!」
こんなに沢山の料理を作っていたのは、料理が好きだからだったんだ。
「さて、ハルトと彩虎さんの歓迎会と行くぜ!」
水無月さんはバンダナを外すと、汗ばんだダークブロンド髪が肩辺りまで下りる。
エプロンのポケットに手を突っ込むと、黒いヘアゴムを取り出して髪を後ろで括った。
「それじゃあ、乾杯ー!」
「乾杯ー!!!」
僕もコップを上に掲げて、笑顔で声をあげた。
たくさんの料理に目移りしながらも、近くの方にある料理を取っていると、水無月さんが取り皿いっぱいに霜降りの分厚いお肉を乗せた。
「ハルト! もっといっぱい食って筋肉つけないと、姉ちゃん護れないぜ」
「ありがとうございます、水無月さん」
「水無月さんって……硬い硬い〜海戒でいいぜ!」
「あっ、はい。そういえば海戒さん、他に住んでいる人は居るんですか?」
海戒さんは自慢気な微笑ましい顔をすると、今度は困ったような、何かを思い出したような表情を浮かべる……そしてまた微笑ましい顔をして話す。
「今居るのは一人だけだぜ!」
そしてまた引きつった表情に戻る。今居る人は思い浮かべて微笑ましい人なのかな?
安心と不安を繰り返しているその時、襖がゆっくりと開く。
すると、小学校低学年ぐらいの茶髪の男の子が、ルウちゃんの膝元に飛び込んでいく。
「ルー姉ちゃん、帰ってくるの待ってたの〜。寝ちゃったの」
「ユウごめんね〜遅くなって。一緒に食べよ〜!」
「うん」
男の子はルウちゃんの膝の上に座り、ほくほく顔でご飯を食べている。
「この子はルーの弟の、紗鏡 結雨。可愛いでしょ〜! 6歳差で小学校一年生だよ〜!」
「すごく可愛い」
姉ちゃんは微笑ましそうに、ユウくんを見ていた。
今の堕天使のアジトには、海戒さんとルウちゃんとユウくんしか居ないみたいだ。
少し拍子抜けしたものの、和やかな雰囲気に緊張がだいぶ解けて、僕は楽しくご飯を食べた。
……減ってない、テーブルに並べられた様々な料理のほとんどが、半分以上も残っている。
僕も姉ちゃんも、それにルウちゃんもユウくんも海戒さんも、みんな結構食べた方だと思う。
それでもこの残りように、海戒さんは困った表情で苦笑いを浮かべている。
「……今日も作り過ぎちまったぜ」
「カイカイは作り過ぎだよ〜!」
「子供はもっといっぱい食べないとだぜ! 大食いの人を仲間にしたいぜ……」
「ご馳走様です」
「水無月さんとても美味しかったです」
僕と姉ちゃんがお礼を言うと、海戒さんは照れ臭そうに喜んだ。
「ハルトと彩虎さん、今日は遅いから泊まって行くといいぜ。ルー案内してやってくれ」
「りょ〜かい!」
ルウちゃんはユウくんと姉ちゃんと、手を繋いで和室を出た。
「海戒さん、色々聞きたい事が……」
「オレもハルトに聞きたい事があるぜ。だが、今日はゆっくり休むといい。頑張ったんだな」
海戒さんは僕の頭を優しくポンポンと叩いた。
姉ちゃんとは違った安心感で、不思議と涙が溢れでていた。
「ぅん……」