三話 天馬公園の戦い
〜前回のあらすじ〜
悠翔は姉のバイトの帰り道、謎の二人組の男(山風と共輔)に突然襲われる。
なす術なくボコボコにされて、殺されかけたその時――助けに現れたのは、あの時の少女だった。
「お兄さんだいじょうぶ〜? あとはルーに任せなさ〜い!」
「あ、ありがとう。だけど――」
さっさと男の方へ走り出した少女は、地面を蹴って大きく飛び上がる。その跳躍力に僕は息を呑む。
少女は空中で体を捻り一回転すると、男に背を向けて着地する――その華麗な動きは体操選手を見ているようだった。
とー! という掛け声とともにミルクティー色の髪を靡かせながら、男の顔面に回し蹴りを決める。
「痛ッ、テメェーは何者だ? オラァ」
男が拳を振り抜く――体を引いて避けた少女は、伸びた腕に素早く手刀を打ち込む。
「秘密だよっ!」
「軽いなァ」
男は腕を振り払って拳を振るうも、少女は危なげなく躱して、腹部に蹴りを放つ。
流れるような身のこなしに心持ち安心していた。
――しかしその瞬間、少女は足首を掴まれてしまい、そのまま逆さまに宙吊りに。
スカートが捲れて、桃色のパンツが露わになった。頬を赤くした少女は両手を伸ばして、必死にスカートを抑えている。
同時に、僕の両目が何かに覆われた。
「ハルちゃん見ちゃだめだよ」
「…………」
僕の頬も赤くなるように熱を帯びた。
そのまま姉ちゃんの肩を借り、少し離れたベンチを目指してゆっくり歩く。
「ジョウちゃん可愛いらしいパンツだな」
「キャーー! 離してよ!」
背後から少女の叫び声が聞こえてくる。僕のせいで巻き込んでしまった……
「ハルちゃん!?」
支えられている体を離して男の方を向き、一歩踏み出す……体力も気力もないのに、助けようと足掻く僕がいる。
――そんな僕が叫ぶ。
「その子を放せ!!」
叫んだ瞬間、目の前が歪んだ。斜めから重力に引っ張られるような感覚に襲われてバランスを崩す。
その時、ガクッと後ろから体を支えられて、同時に歪んだ視界は何事もなかったように治る。
後ろを振り返ると、僕の肩を支えている姉ちゃんの心配そうな表情がハッキリ脳裏に映る。
「怪我しているのに無理しちゃだめだよ。それにほらっ、女の子も無事みたい」
姉ちゃんが指さす方を向くと、男が内股で倒れており、その横で少女がピースサインをしている。
無事で良かった。だけど一体どんな攻撃をしたら、こうなるのかな?
「お兄さんありがと〜、隙をついて一撃だったよ!」
「……テメェーぶッ殺す!」
男は苦しそうな喘ぎ声で暴言を吐き、怒りをぶつけるように、地面を殴りつけていた。
「まだ動けるの〜? じゃあもう一発、お見舞いしなくちゃね!」
男は立ち上がり手のひらを広げると、その上には砂や小石が乗っている。
そこへもう片方の手を押し当てた瞬間、砂や小石が凄まじい速度で飛び散る。金属に当たった高い音や、鈍く低い音など、様々な音を一瞬で鳴らす。
「風圧銃・散弾!!」
男は気味の悪い笑顔を見せ、手のひらに残った砂を舐めた。
ハッと思い少女に視線を向けると、大きく跳躍して避けている。そこはさっきまで僕が倒れていた、壁の低い噴水の真上だった。
「すごい身体能力」
「女の子すごいね」
「すごいですね。ですが山風の狙いは、散弾で体勢を崩したところを狙う本命弾」
――聞き慣れない声に振り返ると、爽やかな黒髪に特徴の無い眼鏡をかけた男が、少女の方向にナイフを指して立っている。
やばい、もう一人男の仲間がいるの忘れていた。
それに少女も……
視線を戻すと、月明かりに照らされるくすんだ金髪の男が、右腕を伸ばし固定するかのように、右手首を掴んでいる。
右手には鉄球のような球を握っており、狙いを定めるように左目を瞑っていた。
「空中じゃあ避けようがないな! 死ねェ!!」
――球は超高速で放たれた。
少女はまだ地面に足が着いておらず、着地地点を探しているのか、球にすら気付いていない様子だ。
「危なァァアアッ――」
僕は必死に叫んだ。
……その瞬間、不可解な事が起こり、口を開けたまま一驚する。
少女に当たるスレスレのところで、球は逆再生されたかのように、男の元へ高速で飛んでいる。
「――ッグァァアア!!」
球は男の左腕に直撃し、鈍い音と絶叫を鳴らした。
少女はワンピースを靡かせ着地すると、にこやかな笑顔で手を振ってくる。
「ルーの必殺、スーパー・マジカルカウンター!」
「すごい今のが天使の力?」
「そうだよ! すごいでしょ〜!」
少女は得意げにスキップしながら、倒した男に近づいていく。
それにしても凄い力。攻撃を反射させる力? 球を巻き戻しているようにも見えた。もしかしたら、時間を巻き戻す力なのかも。
この時僕は初めて『天使の力』に、前向きな興味を持った。
早く力を使ってみたい――姉ちゃんを護るためでもあるけど……天使の力への好奇心でもあった。
そんな呑気な事を考えていると、僕の首元にナイフが突きつけられる。
「死にたくないですよね? 動かないで下さい」
背筋が凍り、そのまま全身が凍りつくかのように静止する。
少女は殺気を感じたのか、僕達の方をゆっくり振り向くと――すぐ、倒れている男に牽制するかのよう拳を向けた。
「……貴女の天使の力は、そのようなタイプでは無いと思いますが」
「ど〜かな?」
少女と眼鏡の男が睨み合い、ただならぬ空気が周囲を包み込む。
「そんな怖い表情しないで下さい。そこに倒れている山風に、手を出さないで貰えませんか? こちらから襲っといてあれですけど……」
少女は男の顔を注視して、口を開く。
「二度とルー達に手出ししないでよ〜?」
「分かりました」
首元のナイフがスッと離れると、肩をポンポンと優しく叩かれる。
「脅してしまい、すみません」
凍てつくような体が溶けるみたいに緊張が解けた。それと同時に小さい頃、母さんにハグされた時のような温もりを感じた。
「ハルちゃん……」
「姉ちゃん、痛いよ」
「護ってくれてありがとう」
姉ちゃんの優しい声が耳元に響き――少し擽ったかった。
少女が駆け寄って、心配そうな表情で尋ねてくる。
「お兄さん怪我だいじょうぶ〜?」
「うん、まだ少し痛むけど。そんな事より助けに来てくれてありがとう、えーと……」
「紗鏡瑠雨だよ〜! お兄さんとお姉さんは〜?」
「僕は黒曜悠翔」
「私は姉の、黒曜彩虎です」
「ルウちゃんありがとう」
僕と姉ちゃんは声を揃えて、お礼を言った。
「どういたしまして〜!」
少女は表情を緩めると、何か大事な事を思い出したかのように、慌てた表情を見せる。
「ご飯の時間過ぎてる! カイカイに怒られる〜。
ハルハルとアコアコも一緒に、堕天使のアジトで夜ご飯食べよ〜!」
「ハルハル?」
「アコアコ?」
「ハルハルと〜、アコアコ!」
指を向けながらルーちゃんが話すと、僕と姉ちゃんの手を握って歩き出す。
堕天使のアジトって言ってたけど大丈夫かな? それに姉ちゃんは……
「ハルちゃん、せっかくだしお邪魔させて貰おう!」
「……うん!」
「よーし! じゃあこっちこっち〜!」