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神託の黒翼 〜異能力は神託から〜  作者: 秋涼詩音
神託の天使篇 ―Oracular angel―
1/9

零話 終わりの始まり

 

 僕は今から、自分を殺す(・・・・・)

 大凡おおよそのタイムリミットは夕日が沈むまで――



 そう決意してから、20分ぐらい経ったかな? 空は薄っすら橙色に染まってきている。

 時間が無い……だけど、勇気も無い。覚悟を決めたはずなのに、死の恐怖が体を硬直させている。


 額からまた汗が流れ落ちる。鉄柵を握りしめる手も汗でべとべとだ。

 手をパーカーの袖で拭うと、灰色の生地に赤褐色の汚れが染みつく。汗ばんだ手に、錆びた鉄柵の汚れがついていたのだろう。


 そう思い、手のひらを視認しようとしたとき、視線がさらに下へ向く――真下のコンクリートまでへだてるものは何もなく、死を再び実感させられた。

 さらに恐怖心をあおるような突風が吹く。全身が一瞬で冷える。

 ――途端に血の気が引き、鉄柵にへばりついてしゃがみ込む。気温のせいか、体温のせいかな? 鉄柵が生暖かく感じる。


「はぁぁ……姉ちゃん」


 僕は情けないため息を吐いて、夕空を見上げた。雲ひとつない空は、一面朱色に染まっている。

 とても綺麗な夕焼けだろう。だけど今の僕の瞳には、とてもおぞましく映った。


「もうすぐ日が沈む。

 神はどうして僕に、命令・・を……」



 頭のどこかでは神を信じている自分もいるけど……


「早く帰らないと、姉ちゃんに心配かけちゃうよね」


 やっぱり僕には勇気がない、でもこれが正しい。

 鉄柵を握りしめ立ち上がろうとしたとき、気持ち悪い浮遊感を感じた。


 ――背中に強風が押し寄せ、ボサボサの黒髪が激しく乱れる。横目にうつる廃墟の校舎が空へと伸びて、勢いよく風を切る音が聞こえる。


「ああァーー!!」


 ジェットコースターに乗らされたときのような、かすれた声で悲鳴をあげた。叫び声は裏返り、乱れた髪が口に入る。

 僕は必死に、両手両足をばたつかせていた。


 ガッシャーン!


 ガラスが割れる高い音が響き、バットで硬いボールを打ったときのような振動が腕に伝わった。とっさに手を開くと、鉄の棒が宙に舞った――鉄柵の掴んでいた部分の棒だった。

 割れたガラスも空に飛び出し、僕は体を丸くして目を瞑る。


 真っ暗な視界、激しい風の音が響く中、ドクドクと脈を打つ心臓の鼓動を感じていた。

 僕は死ぬのか、痛いのは嫌だなぁ……



 いや、もう死んだのかな?


 ――音が止まった。




 真っ暗な世界、遠くの方から幼い頃の姉ちゃんが走ってくる。


 小さな手で僕の手を握る――その瞬間、真っ暗だった世界に幼い頃の景色が、白黒で浮かびあがる。


 白黒の景色はコマ送りで動き出していく――




 ……幼い頃の僕と姉ちゃんが公園で遊んでいる。

 転けて泣いている僕。

 姉ちゃんが優しく撫でている。

 姉ちゃんの手を握って嬉しそうに笑っている僕。


 まるで走馬灯のように、生まれてからの景色がコマ送りで流れていく――




 ……黒曜コクヨウ 悠翔ハルト、0点のテスト用紙。

 からかいに来る友達。

 カラオケで馬鹿騒ぎしている僕たち。

 父さんと母さんに怒られている僕。


 母さんの顔がとても懐かしく感じる……どうせなら笑っている顔が見たかったなぁ――




 ……母さんが居なくなった日。

 ずっと泣いている僕。

 その隣で泣いている姉ちゃん。


「ハルちゃんは、ずっとそばにいてね」


 そのときの姉ちゃんが、優しく言葉をこぼしていたのを思い出した。

 すると、心の奥から熱い想いが込み上がる。


 ――その瞬間、世界が七色で輝く。

 不安と恐怖の白黒が、安心感に塗り替えられたみたいだ。


 姉ちゃん、ごめん……ありがとう――



 両手を握りしめて強く目を瞑る。すると、瞳から涙が滝のようにあふれでた。


「生きたい……」


 風を切る音が再び耳に響く。

 すぐにその瞬間はやってきた。


 ――想像を絶する衝撃が背中から全身にとどろく。

 全身の骨という骨が、一瞬で粉々に砕け散るような衝撃。

 だけど、不思議と痛みを感じなかった。



 僕はなんの取り柄もない。

 世界に必要とされていない。


 だけど、姉ちゃんには必要とされていたんだ。


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