トリックが思いつかないので、皆さんの知恵を貸してください。
「お話しください、奥さん。一体何故貴方は、あれほどまでに愛した夫を殺したのですか?」
「それは……」
男が静かに、部屋の中央に蹲る貴婦人に尋ねた。二人を取り囲んでいた関係者たちも、固唾を飲んで『推理ショー』を見守った。今や息を吐く音さえ響き渡りそうなくらい、それほどに部屋の中は静まり返っている。なんせ旅館の経営者たちの頭を散々悩ませた殺人事件の犯人が、とうとう追い詰められて目の前で座り込んでいるのだ。
「…………」
「話しにくいことでしたら……」
「……いいえ。大丈夫よ」
肝心の部分を、中々話しだそうとしない犯人。都会からふらりとやって来た、探偵を名乗る宿泊客が先を促す。確か名前は、平等院鳳凰堂。明らかに偽名であろう。人を信用してなさそうな腫れぼったい目つき。パーマ頭に、無精髭。ヨレヨレのTシャツに破けたジーンズという、見た目も明らかに安っぽくて怪しさ満点だ。
だがこの風来坊が、地元の警察でさえ匙を投げていた怪事件を一夜にして見事解いて見せたのもまた事実だった。彼に見事にトリックを暴かれた女性が、今まさに動機の告白をしようとしている。一体何故……。誰もが目に涙を浮かべた女の次の言葉を待った。
「……あの人、不倫してたのよ」
「!」
床の一点を見つめたまま、犯人がポツリと話し出した。周囲にいた観客達に動揺が走る。
「まさか……」
「それだけじゃない! あの人ったら、一週間前から私に生命保険に入るようにやけに勧めてて……怪しいと思ったの。きっと私を殺して、別の女のところに逃げ込むつもりだったのよ!」
「!」
女が長い髪をクシャクシャに掻き上げ、泣き叫んだ。取り乱してしまった彼女に、何と声をかければいいのだろう……。気まずい沈黙が辺りに漂う中、平等院探偵が唸り声を上げながら一歩前に進んだ。
「うーむ……」
「……?」
「……何よ?」
平等院は蓄えた顎髭を撫で上げ、少し落胆したように肩を落とした。
「少し、弱いな……」
「弱……?」
顔を上げた犯人が戸惑った表情を浮かべた。観客達も同様である。観客の一人、犯人の妹が赤い目を擦りながらおずおずと探偵に尋ねた。
「あの、どういう意味ですか? 『弱い』って」
「何ていうかな……。言葉は悪いけど、『ありがちだな』って意味で……」
「は?」
「これじゃ、全国じゃ戦っていけないって意味ですよ」
「全国? 戦うって何ですか?」
平等院の意味不明な言葉に、観客達は一斉に首を傾げた。
「しょうがない、皆さんの知恵を借りるか」
「?」
平等院は颯爽とスマホを取り出すと、何やら何処かしらと連絡を取り始めた。先ほどから犯人にやたら熱い視線を送っていた中年男性が、それを咎めた。
「ちょっと! 犯人が動機告白中ですよ! 通話はご遠慮願いたい」
「すぐ済みますから。あーもしもし? 『レンタル動機ショップ』ですか? オレオレ。平等院だけど」
風変わりな探偵は御構い無しに、場に削ぐわない明るい声で話し始めた。悲痛な表情を浮かべ感傷に浸っていた観客達が、呆気に取られたようにそれを眺めた。
「そう。また事件なの。そ、また不倫。これじゃワイドショーと変わんねえからさ。もっと訳わかんねえ、センセーショナルな奴無えかなって」
「何なの?」
観客の一人が眉を顰めた。
「そりゃ推理小説にも引けを取らないくらい、とんでもねえ奴よ。あ……一週間以内? オッケ」
「?」
平等院は推理披露中にも見せなかった白い歯を浮かべて電話を切り、それから犯人の方を振り返った。
「安心してください、奥さん。貴方方夫婦の個人的な人間関係の捻れは、決して表には出ないように手配しましたから」
「はあ……」
「さっきから何なのよ? 『レンタル動機ショップ』って」
観客達の問いかけに、平等院が爽やかに答えた。
「動機をレンタル出来る、探偵御用達のお店ですよ。発表しても食いつきが悪そうだな、って事件には、ここで『心の琴線に触れる動機』を借りることが出来るんです」
「動機をレンタルだって?」
「何故わざわざそんなことを……」
「ちょっと待ってよ! それって捏造じゃないの?」
部屋の中が騒がしくなってきた。平等院がやれやれ、と言った具合に肩を竦めた。
「そうですよ、捏造です。誰だって、プライベートをある事ない事書き立てられたくないでしょう? 貴方方事件の関係者達を守るために、表向きは敢えて別の動機を発表するんですよ」
「でも……何か納得できないわ」
「じゃあ、今回は一体どんな動機を?」
「それは秘密。発表を楽しみにしていてください」
平等院が茶目っ気たっぷりに含み笑いを浮かべた。
「さっきからアンタ、発表って何なんだ? 我々の事件を、一体誰に見せるつもりなんだ?」
今度は犯人の父親が、半ば憤りながら探偵に歩み寄った。
「まさか、推理小説にでもするつもりじゃないだろうな? 冗談じゃないぞ。アンタにとっては格好のネタでも、こっちは実際に家族がバラバラになってるんだ……」
「以前あったレンタル動機だと、『被害者は実は犯人の妹の”彼女”の息子の友人の甥で、遠い血縁関係にあった』、なんてのもありましたね」
ボサボサ頭の探偵は無視して、無言になった関係者達に御構い無しに話し始めた。
「おい!」
「失敬。もう何本か電話しなきゃいけないんで……あ、もしもし? 『レンタルトリックショップ』の早苗さん? オレオレ。平等院だけど。久しぶりー……そうなのよ、密室。ううん、出来が悪くって。それから後ろから鈍器で殴ったってさ。どう考えても、”被ってる”じゃない。うん、俺じゃちょっと、良いトリック思いつかなくってさあ。ぶっ飛んでる奴頼むよォー」
「何なんだこいつは……」
犯人の父親が呆れたように吐き捨てた。それから探偵は『レンタル動かぬ証拠ショップ』に『レンタル容疑者水増しショップ』、『レンタル閉ざされた空間ショップ』など、次々と電話を繋げて行った。
「……もしもし、『レンタル第二・第三の犯行ショップ』ですか? 恐れ入ります……ええ。旦那さん『のみ』だったんで。至急、被害者を派遣できますか? 場所は……」
「…………」
「ええ、ありがとうございます、では……」
「…………」
「さて皆さん、お待たせしました!」
長い長い通話を終えると、平等院が晴れ晴れとした表情で両手を広げた。散々待たされた関係者達はぐったりとしたまま彼に一瞥を送った。オセロに興じていた犯人とその妹が手を止めた。
「終わったの?」
「はい! ようやくこれで全国で戦えるくらいの、とんでもない怪事件が完成しそうです!」
「戦うって、誰と?」
「皆さん、早速移動しましょう。ちょうど、『一週間くらい外界と連絡が閉ざされた雪山山荘』をお借りできたので」
「何で我々が、わざわざそんなとこに移動しなくっちゃならないんだ!?」
目をひん剥いて噛み付く父親に、平等院がにっこりと微笑んだ。
「勿論、事件を『レンタル』するためですよ。これから奥さんにそこで、第二・第三の犯行に及んでもらいます」
「馬鹿な!?」
「心配ご無用。トリックも被害者も、舞台は全部こちらでご用意致しますので」
「訳が分からないよ」
「関係ない人を殺せっていうの!? 何言ってるの、出来る訳ないじゃない!」
「貴方こそ何言ってるんですか? 最愛の人が殺せるんだから、赤の他人なんてもっと楽勝でしょう?」
「埒があかんな」
父親ががっくりと肩を落とした。
「皆さん、何をグズグズしているんですか? 折角の私の晴れ舞台なんですから。さっさと新しい殺人現場へと向かいましょうよ」
「……………」
「おい……もういっそ、こいつを殺しちまおうぜ」
「へ?」
いつの間にか、平等院の周りを関係者達が取り囲んでいた。
「何か言いました?」
「そうね……」
「幸い、トリックも証拠も、ぜーんぶこの人がレンタルしてくれたみたいだし……」
「こいつを犯人に仕立て上げるってのはどうだ?」
「そんな複雑なトリック、急には思いつかないわ……大丈夫かしら?」
「その時は、『皆さん』の知恵を借りよう。それもレンタルすればいいのさ」
「よし」
「何が『よし』なんですか?」
首を傾げる平等院に、やけに顔を近づけた貴婦人がにっこりと微笑んだ。
「何でもないわ。さ、探偵さん。早くその雪山山荘に向かいましょう」
※※※
「……もしもし? 真田探偵事務所ですか? ええ。探偵を一人、レンタルしたいんですけど……」