木曜日 Ⅰ
教室に入ろうとすると、後ろから砂良ちゃんに呼び止められた。
「あ、深和ちゃん待って。ストォップ」
砂良ちゃんが強引に私の前に回り込んでくる。
「……おはよう、砂良ちゃん」
「おはようとか呑気なこと言ってる場合じゃないよ深和ちゃん!」
珍しく砂良ちゃんが早口だ。
「あのね、田沼の機嫌がちょ~う悪いの! もう絶交とか言い出して!」
私はすっと青ざめた。絶交……?
「それって……私と」
「ううん。砂良たち全員とだよ。もう話しかけないでって……砂良たちなんかした? なんにもしてないよね? わけわかんないよっ」
砂良ちゃんの目がきょろきょろっと動いた。
私のせい、なの? 剣人くんが露実ちゃんの機嫌を損ねるようなことを言ったから?
「砂良、田沼とは口きかないっ。ねえ、深和ちゃんもそうしてね? 勝手にキレたの向こうなんだから、許しちゃ駄目だよ。あんな奴、友達じゃないんだからね」
砂良ちゃんがそうやって念を押してきた。
「砂良ちゃん、でも、あの……」
悪いのは私かもしれない、なんて言えない。怖くて言えない。砂良ちゃんにまで嫌われてしまうようなこと。
「あれー、ふたりともどうしたんですかー?」
のんびりとした美歩ちゃんの声が暗い雰囲気を破った。
「こんなところで立ち話してたら、邪魔になりますよ? 教室に入ったらどうですか?」
美歩ちゃんに押されるようにして教室に入り、私たち3人は向き合った。砂良ちゃんが訴える。
「あのね、美歩ちんも聞いてよ!」
「はい、聞いてますけど」
相変わらず美歩ちゃんのあしらい方は恐ろしい。
「田沼が絶交だって。深和ちゃんにはもう言ったけど、美歩ちんも田沼とは話さないでね。わかった?」
砂良ちゃんが怖い顔をしているのに美歩ちゃんはうなずかず、
「そういうのは自分で判断できますから。はっきり言って余計なお世話です」
ときっぱり。
砂良ちゃんの眉がほんの少しピクリと動いた。
「あっそ。美歩ちんも砂良のこと嫌いなんだね。いいよ、深和ちゃん行こっ」
無理やり砂良ちゃんに引っ張られ、私は自分の席に着いた。砂良ちゃんも肩をいからせながら、私の斜め前の席に座る。
美歩ちゃんがゆっくりと近づいてきて、私の隣に腰を下ろした。
「正しい言葉はどれか、よく考えてください」
前にいる砂良ちゃんには聞こえないぐらいの小さな声で、美歩ちゃんが素早く言った。
「私からはそれだけです」
しばらくするとソフト部の朝練を終えた露実ちゃんが教室に入ってきて、私の正面、砂良ちゃんの隣の席に座った。
砂良ちゃんは明らかに意図的に、自分の机を露実ちゃんから離した。ギィーッと音を立てて、机と机の間に隙間が10センチ。後ろの席の私からはあからさまだとわかるけど、教壇から先生が見てもきっと気づかない、そんな距離。
胸がズキッと痛んだ。
美歩ちゃんは無表情でそれを見ている。
誰かどうにかして、と思った。誰かって誰? どうにかってどうやって?
私が気配を殺して守っていた関係は所詮この程度。こんなにもあっけなく壊れてしまう。
なんだかすごくむなしかった。