火曜日 Ⅰ
次の日登校してすぐ、教室で待ち構えていた露実ちゃんにつかまった。
「深和ちゃん、どうだった!?」
「あ、うん」
はっきりと答えるのは気が引けて、曖昧にうなずいた。彼女はそれだけで理解してくれたみたいだ。
「ウッソー、よかったじゃん!」
パッと笑顔になる露実ちゃん。
それから砂良ちゃん、少し遅れて美歩ちゃんが登校してきて、何かを聞かれるより先に露実ちゃんが言った。
「昨日、うまくいったって!」
バスケ部の朝練が長引いているのか、綾瀬くんはまだ教室にいない。ちょっと安心した。彼の前で騒ぎ立てられたら、さすがに気まずいから。
1週間、1週間だけ。嘘をつくのは1週間だけだから。
1週間で別れるカップルとは少し短すぎるような気もする。でも綾瀬くんも言っていた通り、あまり長すぎると私はその嘘に潰されてしまうだろう。
「昨日、そのあと一緒に帰ったの?」
露実ちゃんに尋ねられる。
「ううん」
綾瀬くんとは家が反対方向だ。一緒に帰れるわけない。
それは嘘をつく必要のないことだったから素直に答えたのに、思いもよらず砂良ちゃんが反応した。
「えーっ、深和ちゃんったら駄目だよ、送ってもらわなきゃ。砂良はね、いっつも荷物とか持ってもらってるよ」
「き、昨日は綾瀬くん、用事があるって……」
思わず嘘をついた。
「用事?」
苦し紛れに答える。
「塾、だと思う」
そんなこと放っておいてほしい、と思った。私はひとりで帰れる。
「私は送ってもらったことなんてありませんけど」
美歩ちゃんが口を挟んだ。途端に露実ちゃんの顔が腹立たしげになる。
「当たり前じゃん。美歩の彼は他校でしょ。一緒に帰れるかっつーの」
「送ってもらわなきゃ駄目だなんて言うから、心配になっちゃいました。へーえ、ひとりで帰るの結構好きなんだけど、それって駄目なことなのかなー、なんて」
美歩ちゃんはマイペースで、そして恐ろしい。露実ちゃんたちに喧嘩を売るようなことを平気で言うから。でも美歩ちゃんは私の味方をしてくれる。
ひとつ溜め息をつき、露実ちゃんはテンションを切り換える。
「あのさー、剣人が今度、ダブルデートしようって。あいつ、深和ちゃんがお気に入りなんだよ。深和ちゃんがフリーじゃなくなって、ウチちょっと安心しちゃった」
なぜだか露実ちゃんの強い視線を感じた。ううん、きっと自意識過剰なだけだ。
「えーっ、田沼ずるーい。砂良たちが先! この前言ったでしょっ」
甲高い声をあげた砂良ちゃんの目がきょろきょろっと不自然に動いた。
もう、消えたい……ううん、1週間だけ、こんなに空気が私に突き刺さるのは1週間だけだから。1週間我慢すれば。
「山根、最近ぶりっ子しすぎじゃないの。キモいよ」
露実ちゃんが意地悪く笑った。砂良ちゃんはわかりやすく膨れる。
「砂良、ぶりっ子じゃないしっ」
「彼氏にも引かれぎみなんでしょ? そろそろ潮時?」
「しおど……何それっ。潮時? 田沼それ、本気で言ってるの!?」
声を荒げた砂良ちゃんの目が赤くなりかけたところで、
「はぁ、あんたって冗談通じないねぇ」
と露実ちゃんが苦笑した。
砂良ちゃんの動きがピタリと止まる。
「……あ! 田沼、からかってたでしょー!?」
「気づくのおそっ」
露実ちゃんがお腹を抱えて笑いだした。
美歩ちゃんはぽつり。
「性格が悪いことで……」
控えめに私も笑った。本当に目立たない程度に。
このグループはすごく不安定だ。特に最近は。たぶん、露実ちゃんの機嫌にかなり左右されている。彼女がグループの中心で、次に強いのは砂良ちゃん。ふたりとも最近、何かがあったんじゃないかと思う。普通に話していても、どこかで互いを探るような不穏な空気が漂っている。
中学2年になってすぐ、席の近い4人でなんとなくくっついた。それが私たち。部活はバラバラ……露実ちゃんはソフトボール、砂良ちゃんはテニス、美歩ちゃんは書道で、私は手芸。
この子たちに嫌われたら、きっと私の居場所はなくなる。それが怖い。好かれなくてもいい。嫌われなかったらそれでいいの……。
私は必死に気配を殺している。目立たなければ嫌われることはないと信じて。