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いつかの放課後

「もしも、世界が君を忘れたとしたら」

「世界が私を忘れたら?」

「俺だけはって思ってた。俺だけは忘れないって。でも、そうじゃない。きっと俺だって君の名前も思い出せなくなって」


「でも」


「世界が君を忘れても」


「俺はずっと君の側にいるよ。名前も知らない君の側に」

「ウチらの中でさぁ」


  田沼(たぬま)露実(ろみ)ちゃんが、私たち3人を見回した。

  なんの話だろう。私はできるだけ露実ちゃんと目を合わせないようにして息を殺した。


「独り者って深和(みわ)ちゃんだけじゃん」


  ヒトリモノ……。反射的に拳をぐっと握りしめる。

  それが何、関係ないでしょ、放っておいてよ! 叫びたいけど、そんなことできない。

  私には、黙って待つことしかできない。


「そこでウチは考えたわけ」


  そう言うと露実ちゃんは1度身を引いて、目をやや見開いた。

  すぐに山根(やまね)砂良(さら)ちゃんが反応する。


「なあに? 早く教えてよー、田沼」


  露実ちゃんは満足そうに微笑む。

  私と、それから隣でお行儀よく座っている西川(にしかわ)美歩(みほ)ちゃんは、黙ったままだった。


「名付けて“深和ちゃん告白大作戦”! ねっ、よくない?」


  キャハハ、と砂良ちゃんが甲高く笑う。


「きゃ、それいい! 面白そう!」


  露実ちゃんと砂良ちゃんはしばらくふたりで笑い続けて、それが収まると美歩ちゃんが口を開いた。


「あのー、そろそろ説明お願いします。全く状況を呑み込めてない人が約2名、待機中なんですけど」


  美歩ちゃんはのんびりマイペースに言った。

  これで、さっきから全くしゃべっていないのは私だけになった。


「だからね!」


  まだ笑いが収まっていなかったのか、震える声の露実ちゃん。


「深和ちゃんに、ウチらの協力で彼氏作ってあげようっていう、まあそんな感じ。ね?」

「告白場所のセッティングからラブラブムード作りまで! 砂良たちにどーんと任せなさいっ。きゃ、決まった!」


  砂良ちゃんは相変わらず高い声をあげてはしゃいでいる。

  このふたり、絶対に打ち合わせ済みだ……ずるい。

  話のテンポを微妙に遮り、


「深和ちゃんの意見、聞いてないじゃないですかー?」


 と美歩ちゃんがゆったりと首を傾ける。


「でも美歩は賛成でしょ?」

「どっちかというと、面白いかなーとは」

「ほらねっ」


  露実ちゃんは勝ち誇ったように笑う。


「深和ちゃんだって彼氏欲しいよねぇ?」


  とうとう矛先が私に向けられてしまった。嫌だ。今すぐ消えたい。


「そう、だね」


  私は曖昧に微笑んでごまかす。彼氏なんていらない。そんなのいらない……。

  砂良ちゃんが私の方へ身を乗り出す。


「深和ちゃんって前、綾瀬(あやせ)のこと格好いいって言ってたよね! あいつ、今フリーだって、チャンスだよっ」


  同じクラスの綾瀬結貴(ゆうき)。格好いいって騒いでたのは、私じゃなくて砂良ちゃんの方だ。私は「そうだね」って砂良ちゃんに合わせただけ。もちろん恋愛感情なんてない。砂良ちゃんは彼氏持ちのはずなのに、顔がいい人に弱い。


剣人(けんと)がね、ほら、綾瀬と同じバスケ部じゃない? いつでもセッティング協力してくれるって」


  露実ちゃんは得意顔だ。露実ちゃんの彼氏は、隣のクラスの学級委員の園畑(そのはた)剣人くん。

  私は無言のままうつむいた。綾瀬くんとは話したこともない。どうして私が告白なんか……? おかしい、こんなの。

  そう思っても、私はただ黙っていた。


「でも、深和ちゃんに彼氏ができたら寂しいですねー。今のままの、純粋な深和ちゃんでいてほしいって思っちゃったり」


  美歩ちゃんが真顔でそう言った。

  こういうときに味方でいてくれるのは美歩ちゃんだけ。

  露実ちゃんが呆れたような表情になる。


「ハア、彼氏持ちの分際で言えること? 思いっきり嫌味じゃん。深和ちゃんがかわいそうでしょ」


  このグループで唯一の独り者(・・・)が私。

  ちょっとマイペースな美歩ちゃんにも、小学生の頃から付き合っている人がいるんだ。

  私はそんなことで僻んだりしない。彼氏なんていらないのに。男の子は苦手。身体が大きくて、声が太くて、そして怖い。


「深和ちゃんもさ、友達の中で独りだけ非リアなんて肩身狭いでしょ? この際だからリアルに充実しようよ、ね?」


  リア充なんて言葉……とっくに死語だと思ってた。


「砂良、深和ちゃんとダブルデートしたいなっ」


  ダブルデートなんて……。

  自分でも気づかないうちに、爪が掌にくい込んでいた。痛い。ピリッと痛みがはしる。その傷口から私の本当の気持ちが洩れてしまいそうで怖かった。この不満は、私の中だけで留めなきゃ……。


「ありがとう、皆」


  私はそう言って笑みを浮かべた。

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