さくらんぼ爆弾
幽霊みたいな人だった。
佳織とは中学生の時からの友達だ。二十五歳になった今に至るまで、彼女のことを心の底から理解できた事はないだろう。
お供えに持ってきたさくらんぼを、なぜか私の墓石に投げつけている。
墓石にぶつけられたさくらんぼは、不格好につぶれることすらなく、砂利の上に落ちる。その中のひとつが、ピンク色の果汁を滴らせながら弾けて散った。待ってましたと、果肉にアリが群がる。
お盆で賑わう墓参り。佳織の周りだけが冷気をまとっているように冷たく、無機質に思える。その足元を赤が彩った。
旬が過ぎて高いさくらんぼを食べるのではなく、私にぶつけるために買ってくるなんて。
セミは元気が過ぎて、気が狂いそうになる。本来、死人を静かに弔う場所であるお墓だが、緑が多いせいで騒がしくなるというのはどういう皮肉だろう。
ここに長くいるようになって、退屈だからそんなことばかり考えている。
「茜は、生きるって何だと思う?」
初めて同じクラスになった中学二年生の頃。佳織はその時、アリをぷちぷち潰しながらそう言っていたっけ。
佳織に対し、実態の掴めない恐ろしさを感じていた。そこにいるのに、いないような。
今では立場が逆転して、私が幽霊になってしまったのだけれど。
「どうしてそんな事を考えるの?」
ぼんやりしていた中学生だった私は、質問の意味すらわからなかった。ただ、佳織は自分より大人びていて、別の次元にいる人のような気はしていた。
生きるとか死ぬとか、まじめに考えたこともない。
ただ、こうして墓地にいると少しわかるような気がした。
誰のお参りに来たのかわかっていない子供のはしゃぐ声。故人が生前好きだったのだろう飲み物を並べる老婦人。オレンジで統一されたお供えの花を持つ若い夫婦。
生きて前を向く人と、それを見守る石。
死ぬとは、石になること。
墓地とは、メドューサに固められた人たちが集う場所。
太陽に焼かれながら、私はそう結論づけた。おそらく、佳織が欲しがっている答えとは違うだろう。いい年して、神話の登場人物を信じているなんてと、呆れた顔をするのだろうな。
私たちは何も共通点がなかった。だからこそ、今まで友達でいられたのかもしれない。リアリストの佳織はまじめで、神経質で。考えなしの私とは違った。
さくらんぼが尽き、墓石のまわりは甘く酸っぱい香りに包まれる。
大好きなさくらんぼだよ。
私は心の中で、佳織に声をかけた。生きている人間と、メデューサによって固められてしまった人間。お墓参りの度、こうして声が届かなくなった現実に、私は悲しくなる。
最後に聞きたかった。どうしてあんなことをしたの、と。結局、聞けずじまい。
佳織が立ち上がる。黒く長い髪を揺らし、無言で群がるアリを踏みにじった。あ、私の嫌いな目だ。人をバカにしたような、さげすんだ目。そして吐き捨てるようにして一言。
「茜の真似をしてさくらんぼをぶつけてみたけれど、何が楽しいの、これ」
共通点は、ひとつだけあった。
私もきっと、幽霊みたいな人だった。そういえば、さくらんぼを佳織にぶつけて遊んだ事があった。あれは高校生の時。夏服になったばかりの白いシャツに、さくらんぼの果汁が染みていた。私もクラスメイトも、それを見て笑った。梅雨の開けていない、お昼休みの事だ。
理由はなんだったか。『この目』をされたことが気に入らなかったからかな。自分のことなのに、実態が掴めなかった。
表面上は友達でも、佳織は私のこと、嫌いだったのかも。
石になった私の心は柔らかくなった。だからこれくらいの仕返し、受け入れるよ。
幽霊同士、お互いまるで理解しあえていなかったんじゃないかな。大人になったら、本当の友達になれると思っていたけれど、実際は余計こじれてしまった。
でも、佳織が悪いんだからね。あなたの彼氏が私と結婚することになったのだって、自分が二番目の女だと気が付かず呑気に生きていた佳織がよくないと思うんだ。昔からそういう部分、あるよね。
「茜と友達になった事が、私の人生の汚点だった。よかった。死んでくれて」
さくらんぼを片づけもせず、姿勢よく墓前を去る佳織の白い服にさくらんぼの果汁が飛んでいる。かすかなピンク色で彩られた服は、あの梅雨のお昼のようであり、そして私の返り血を浴びた時のように見えた。
あれは、喧嘩の末の事故。
佳織が私の部屋に来て、偶然佳織の足がかかって、倒れた先に別の所に置いておいたはずの「ミスキャンパス」のトロフィーがあって、それが私の心臓を貫いた。すべて、偶然だよね。
救急車を呼ぶことなく、『あの目』で私を見ていた。それは今際の果てで錯乱していた私の見間違い。
そうだよね、佳織。私もアリも、同じように踏みにじったわけじゃないよね?
了