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小標題 ビターチョコレート

 あの日から早7日。


何事もなく過ごせている。


2人のおかげだな。


始めの頃は校門に美形の大学生と言う異様な空間にざわめいていたが、もう慣れたようだ。


今では彼ら目当てに居残りする女子生徒が続出だ。


散々、関係について問われたが親戚とその友人で押し通した。


HRにプリントが渡される。


「え〜そこに書いてある通り急遽、英語の山下先生が産休に入る事になりました。」


へえ、ずいぶんお腹は大きくなってたし予定より早まったんだ。


「という事で、代わりの先生が来週から赴任されます。山下先生はウチのクラスの副担だったので、新しい先生が引き継ぐ事になります。」


「どんな先生かな?」などとクラス中が色めき立つ。


「え〜、そちらの先生のご好意により一足先にこのクラスに挨拶に来てくれました。では先生お願いします。」


担任が廊下の方へ顔を向け、それに釣られて私も見る。



ザワリーー。



教室が静まり返った。


そして私は驚きに言葉を失う。


「初めまして〜。山下先生の代理で2年生の主に文法を担当する事になりました、ーー寺田 聡です。」


ニコリ。と笑うと黄色い声が上がる。


今時の優男風イケメンの登場にクラスは沸き立つ。


「げっ。」


新しい先生がこちらを見てニヤリとした。


そのおちゃらけた喋り方をする寺田 聡こそ、魔法使いのあの男だった。




 放課後、英語の先生用に割り当てられた準備室にノックもせずに入る。


「おやおや、ノックもなしですか〜?神崎 凛さん。」


中には男だけだった。


大股で歩いて詰め寄る。


「どういう事ですかっ!」


「どうって、山下先生の代わりをお願いされたので。」


「そうじゃなくて!あなた魔法使いですよね?」


何故そんな人がウチの学校に居るの。


「あぁ、ちゃんと免許持ってますよ?ご心配なく〜。」


あ、持ってたんだ・・じゃないっ!


「何が目的ですか?」


男は飄々と答える。


「ですから、頼まれたのがたまたまこの学校だっただけです。まさかあなたが通う学校とは・・ビックリですねぇ〜。」


「何がビックリよ。どういうつもり?」


「・・・保護ですよ。」


「保護?」


「ええ、研究所からあなたを保護するためです。」


うさんくさ。


それってつまり、


「監視ですよね?体のいい囮と変らないじゃない。」


「ーーーこれは驚きましたねぇ〜。信じるとは思いませんでしたけどあっさり見抜くとは。意外と自分の立場が分かってるんですね。」


むかつく。


「その喋り方何なんです?お屋敷では普通に喋ってましたよね。」


ああと笑うと男は言った。


「ちょっと抜けてた方が油断するでしょう?」


演じてるって事?


ますます腹立つな。


「まぁ、さすがに長の前では気を付けますけど慣れもありますかねぇ。」


「慣れ?」


「ええ。この喋り方に慣れてしまったせいで今ではどれが普通だったのか分からなくなってしまいました。」


ちょっとだけ、哀れに思った。


この男がそうしなければならなかった環境が。


競争はしても闘いなど起こらない生活に居た私には切なく思えてしまったのだ。


「・・そう。とりあえず変な事しないでね。」


「分かってますよぉ〜。」


「じゃあ“先生”、さようなら。」


部屋を後にする。


「さようならぁ〜。」


その時私は山田さんが見ていた事に気付かなかった。


* *


「あれ?神崎さん?」


準備室から出て来たクラスメイトを見て、彼女は首を傾げる。


声をかけようかと女子生徒が迷ううちにもう1人部屋から出て来た。


「えっ、寺田先生・・?何で2人が。」


男がその呟きに振り向く。


「ーーおや〜?君は確か“俺”が受け持つクラスの生徒でしたよねぇ。」


にこやかに話しかけた。


生徒は戸惑いながらも答える。


「あ、はい。山田 美幸です。」


「ごめんねぇ、まだ生徒の名前覚えてなくて。で、山田さんどうかした?」


「えっ?あ、いえ!何でもないです。」


「そう?」


「は、はいっ。」


寺田はゆっくりと距離を縮めて背を屈めると、彼女の耳元でそっと囁いた。


「今見た事、内緒ね?」


ボボボッっと全身を真っ赤にさせ、山田が壊れたロボットのように首肯く。


「はっ、はい!何も見てません!」


「そ?助かるよ〜。ただお手伝いお願いしただけなんだけどね、ほら初日だし。いきなり噂立てられると面倒だからぁ。」


パッと離れて尤もらしい理由を述べる。


「あ、お手伝い・・何だ、そうだったんですね。」


あからさまにホッとした表情で山田が応える。


「うん、そう〜。」


「分かりました、誰にも言いません。それにお手伝いだったらそんなに気を使わなくても誰の何も言いませんよ。」


「そうなの?いや〜校長先生にね、寺田君は若いから女子生徒との関わり方は十分気を付けるようにって言われちゃってねぇ。」


ははっと人が良さそうな笑みを溢す。


「なるほど、それでですか。あ、では私はこれで。」


「うん、有難う〜。気を付けて帰りなよぉ。」


「はい、あ、何かありましたら言って下さいね。手伝いますからっ。」


ペコリとお辞儀をして駆け足で去って行く。


「・・廊下は走ってはいけませ〜ん、何てね。」


寺田は小さく後ろ姿を見ながら言うと、頭を掻いた。


「いや〜、早速面倒くさいですね。女子高生って。」


* *


 山田 美幸の朝は早い。


平日は毎朝5時に起き、お弁当作りを始める。


平行して朝ご飯の支度もすると、時計を見て家族を起こしに向かう。


「ママ、朝よ、起きて。」


「ん〜、もうそんな時間?パパぁ朝だって〜。」


もたもたと起き出す。


「んん、今起きる。」


彼らが起きたのを確認すると洗濯物に取り掛かる。


そして家族3人で用意した朝ご飯を食べ始めた。


「・・美幸、何か良い事でもあったのか?」


彼女の父親が嬉しそうに尋ねる。


「あら〜!そうなの?何何っ?」


続いて母親も訊く。


「・・え、何だろう。卵焼きが上手く巻けたからかな?」


「ええ〜?それだけ?」


他に思い当たるのは、と頭を巡らせて浮かんだ顔に慌てて違う!と否定する。


「・・・・・へぇ〜?」


「・・・・・そう、か。」


ニヤニヤ笑う母親と、しょんぼりする父親。


「なっ何よ。」


「いいえ〜、まあ美幸ちゃんもお年頃って事ねっ!」


意味を理解して顔を真っ赤にする。


「ち、違うわ!先生はそんなんじゃないっ。」


これには両親が絶句した。


しかし次の瞬間、母親は瞳を輝かせて身を乗り出す。


「まあっ!誰?どの先生?そんなカッコイイ先生いたかしらぁ〜。」


一方父親は回復出来ないようである。


「違うってば!ただ今日から赴任するから気になってただけ!」


「何だ〜、つまんない。新しい先生が気になってただけなの。」


「・・そうか。新任の先生が今日来るだけなのか、そうかっ。」


さっきまでとテンションが真逆になった両親に気付いているのかいないのか、彼女の頭は寺田でいっぱいだった。


登校すると、全校集会が開かれた。


寺田が紹介される。


若い教師に生徒は喜んだ。


2限目ーー。


教室に寺田が入って来る。


「じゃ〜、皆さん始めますよぉ。」


どんな授業かと皆興味があるようで、真面目に聞いている。


「さて、進み具合は山下先生から訊きましたがレベルが分からないのでテストしま〜す♪」


ピタリと動きが止まった。


「あれ〜どうしました?ただの小テストですから気にせずですよぉ。」


生徒達は自分が考え違いをおしていた事に気付く。


見た目からゆる〜い教師に思えたが、蓋を開ければ厳しいタイプの人間だったのだ。


((顔は良いのに・・))


クラスの心が1つになった。


興が醒めたのか皆一様にげんなりしている。


配られた問題用紙を見て、彼らは再び驚かされる。


小テストと言いつつも、新年度からの単元が全て入っている。


基礎問題で簡単とはいえ、量が量だ。


B5サイズのプリントに隙間なくびっしり書かれている。


「今から20分で解いて下さい〜。では始め。」


ギリギリな時間設定に一気に現実に戻され取り掛かる。


成績の良い方である山田は見直しをして一息吐いた。


隣の凛はすでに終わっていたようで暇そうに頬杖をついている。


(神崎さん、もう終わってたんだ・・。)


寺田もまた彼女を見ていた。


視線に気付いた凛は、眉間にしわを寄せそっぽを向く。


それに寺田は苦笑した。


(神崎さんを見てた?先週の手伝いを彼女に頼んだ事といい、今の2人のやり取り。ひょっとして知り合いなのかな・・。)


山田はテストが終わるまでの数分、悶々とし続けた。


* *


 都内のオフィスビル。


スーツの男が佐藤に報告する。


「神崎 凛の身辺調査ですが、少々問題が発生しました。」


「問題、ですか。」


顎の下で手を組んで佐藤が続きを促す。


「はい。寺田 聡が教師として神崎 凛の学校に潜入しております。目的は彼女の監視かと。」


「・・なるほど。我々に対する牽制、というわけですか。他には?」


「これはまだ裏が取れていないんですが、退院した元研究員の話によりますと被験者は5名。うち2人が大人で、残りは子供だそうです。」


「それがどうかしたのか?」


「・・同一人物かは分かりませんが、子供の被験者に篠ノ乃女 蓮の名前がありました。」


男は緊張した面持ちで言葉を紡いだ。


「彼は今、もう1人の魔法使いと共に神崎 凛の側に居ます。」


佐藤は動揺を隠せない。


「どういう事だ。被験者の1人が側に居るだと?それに彼は陰陽師じゃなかったのか?」


「はい、間違いなく陰陽師です。篠ノ乃女家の生き残りだとも判明しております。」


ますます困惑する。


「馬鹿な、被験者は“普通の人間”である事が前提だったはず。だというのに陰陽師の、それも篠ノ乃女家の血筋を選ぶわけがない!」


バンッとデスクを叩いて立ち上がる。


「し、しかし、あまりにも出来すぎています。このタイミングで神崎 凛の側に居る篠ノ乃女 蓮と、被験者の名前が同姓同名だなんて。」


佐藤の迫力に押されながらも男は続けた。


「偶然とは考えにくいかと。」


ボスッと力なく椅子に座ると、佐藤は「1人にしてくれ。」と告げて黙り込んだ。


「失礼致します。」


「・・・・。」


男が部屋から出る。


「有り得るのか?断絶されたとはいえ、仮にもあの篠ノ乃女だぞ。ましてや陰陽師に魔法使いの実験など・・。」


煮詰まった佐藤は、受話器を取り電話をかけた。


「ーーーー佐藤です。ご無沙汰しております、所長。」


* *


 放課後には寺田の小テストが学校中に知れ渡ったが、人気はあるようである。


女子生徒が囲み、学校案内するだの部活見に来いだの口々に騒ぐ。


見かねた山田が声をかけた。


「寺田先生、教頭先生がお探しでしたよ。案内します。」


「あ、そう〜?じゃ、俺行かなきゃだからごめんねぇ。」


名残惜しそうにする生徒の間を進む。


「山田さん助かったよ〜、有難う。」


「いえ、お困りのようでしたので。あの、教頭先生は、」


「分かってるよ。教頭先生、午後から出張だしね。」


嘘だと気付いていたようで、山田は瞳をパチクリさせた。


「そうだったんですか。別の先生の方が良かったですかね・・。」


出張について知らなかったようだ。


「いや、あの場を切り抜けられたから十分だよ〜。」


役に立てて嬉しいのか、山田は頬をほころばせる。


「良かったです。」


「うん、じゃ有難うね〜。」


後ろ手に手振ると、寺田は職員室に向かった。


「・・・私も帰ろ。」


(先生は誰にでも優しい、でも少し冷たい。)


山田は自宅へ帰った。


 翌朝、昨日と同じように支度をし学校へ行くと寺田は早速囲まれていた。


瞳が合う。


助けるかどうか山田が思案していると、凛が通りかかった。


「あ、神崎さ〜ん!ちょうど良かった。SHRに配るプリント取りに行かなくちゃいけなくてね、一緒に行ってくれない?」


声をかける前に寺田が凛に助けを求めた。


(え?)


「どうして私が。」


凛が面倒くさそうに言う。


「や、だってウチのクラスじゃないですか〜。」


囲っていた生徒達は「“また”あの子かと」不満そうにしていたが、クラスという言葉を聞いて仕方ないかと納得したらしい。


「・・分かりました。それなら印刷室に各学年ごとに置いてあるはずです。」


「そうなんだ〜。」


2人はその場を去った。


(私の方が早く居たのに気付かなかった?でも瞳が・・。)


山田は頭をぐるぐるさせる。


(やっぱり知り合い?それとも先生は神崎さんが、)


そこまで考えて頭を振る。


(考えすぎよね。)


昼休み、担任に頼まれて準備室へ向かう。



コンコン。



「は〜い。」


「あ、山田です。」


ガラリとドアが開けられた。


「どうしましたぁ?」


「これを渡すようにって。」


行事について書かれたプリントと、山下先生の生徒名簿を渡す。


「ああ、有難う。」


「いえ。」


ドアの隙間から中が見える。


(マグカップが2つ。他にも先生が居るのかな。)


「そうだ、手ぇだして。チョコ好き?あげる〜。」


寺田が小包装されたミルクチョコを手に置いた。


「カレ・ショコラ?」


「山田さん物知りですね〜。」


正方形の板チョコを見て、山田が呟いた。


「いえ、たまたまです。有難うございますっ。」


「どういたしまして。俺ミルク苦手で〜。」


と、苦笑いを浮かべた。


(誰かからもらったのかな?)


「そうなんですか。」


中からガサッと物音がした。


「あ、私行きますね。チョコ有難うございました!」


「いえいえ〜。」


山田は大事そうにチョコを持って戻って行った。


「ーーーお待たせしました。」


寺田が話しかける。


「構いません。」


出されたコーヒーを飲みながら凛が返事をした。


「どうかしました〜?」


山田が帰ったというのに黙り込む凛に尋ねた。


「・・・いえ、ただ山田さんに対する態度がちょっと違うなと思って。」


少し迷いながら答える。


「そうですかねぇ。」


「何となくですけど、彼女にだけ少し冷たい、気がして。」


今度は寺田が黙った。


しかし沈黙は一瞬で。


「気のせいでしょう。」


「・・なら良いんですが。」


「私は誰にでも平等ですよ〜、生徒であれば。」


その後、これからの行動について寺田がいくつか話し、凛は部屋を出た。


「鋭いな〜。」


彼はポツリと溢した。


 凛が教室に戻ると、山田が帰る準備をしていた。


「あれ、山田さんまだ帰ってなかったの?」


「うん。神崎さんに訊きたい事があって待ってたんだけど居ないから帰ろうとしてたとこ。」


「私に?」


山田がわずかに頬を染めて、口を開く。


「あの、ね。神崎さんって寺田先生と知り合いだったりするのかな?」


凛は驚いて山田を見る。


「・・神崎さん?大丈夫?」


呆然とする凛に顔の前で手を振りながら心配した。


「えっ、あ、ごめん。突拍子もない事言うからビックリしちゃった!知り合いなんかじゃないよ。」


笑いながら答える。


その様子に安心すると、山田はニコッとして謝った。


「そうだよねっ。ごめん、ごめん!」


「うん。あ、ひょっとして先生のこと好きなの?人気だもんね。な〜んて、」


凛が冗談めかして言うと、山田は全身を真っ赤にして固まった。


「え?あた、り?」


「・・ちがっ、そんなんじゃなくて!私帰らなきゃっ、神崎さんまたねっ。」


鞄を掴んでダッシュする。


「うそ・・。」


しばらく凛はそこから動けなかった。


(どうしよう!やっぱりあの場で帰るのは変だったよね。でも先生はそういうわけじゃないし、ただ。・・ただ、何だろう。)


絶賛パニック中の彼女は自己ベストが望めそうな早さで駅まで走り、電車に飛び乗った。


(とにかく、明日ちゃんと弁解しよう。)


山田が出たドアとは反対側にもたれ掛かる人影。


「やっかいな芽は早めに摘み取った方が良さそうですねぇ。」


 

 あれから3日経った。


山田の顔は優れない。


(何でだろう、最近先生に避けられてる気がする。挨拶とかはちゃんとしてくれるのに・・。)


そんな中、女子生徒からお菓子を受け取る寺田を目撃した。


(そうだ、チョコのお返し。)


学校の帰り道、駅前で催されたイタリアフェアが目に留まる。


「イタリアンチョコレートはいかがですかー?」


吸い寄せられるようにショーケースの前に行く。


「お客様、どのようなチョコがお好みですか?」


店員に話しかけられ、ビターチョコと答えた。


「ビターですか。ではこちらはいかがでしょう、カカオ80%のダークチョコです。もう少し苦いようでしたら、あとは板チョコのみになってしまいます。」


ショーケースの上に並べられた板チョコを指す。


(これ、カレ・ショコラだ。先生がくれたのと同じ形。)


「それにします。」


「こちらで宜しいですか?」


商品を手に取って店員が確認する。


「はい。」


紙袋を片手にウキウキした気分で帰った。


翌日、いつ渡すかタイミングを計る。


が、結局渡せずじまいに終わった。


土日を挟んで更に4日。


(いつも生徒に囲まれてて渡せないっ。私もあの中に入れれば良いのに。)


山田は教室から中庭を見下ろし1人しょげた。


賞味期限的にも今日こそは渡そうと意気込んだ。


「うわ。」


凛がスマホを見て嫌そうな顔をした。


「神崎さん、どうかしたの?」


「あ、うん。今日2人もすぐには迎えに来れないらしくて学校で待ってろって。」


彼女は眉を下げて言う。


「そうなの?珍しいね、必ずどっちか来るのに。」


「うん。」


(でもそれだけで嫌な顔するかな?多少遅れる時はいっつも学校で待ってるのに・・、今日はよっぽど待つ時間が長いとか?)


「あはは、ドンマイっ!」


「ううっ。」


項垂れた凛を山田が励ます。


そして放課後。


どんよりした凛が鞄を持って立ち上がる。


「あれ、待たないの?」


「ううん、ちょっと図書室でも行こうかな〜って。」


「そっか。」


「山田さんまた明日ね。」


「ええ、また。」


(私も行かなくちゃ、でもシュミレーションしてから行こう。自然にお返しって感じを出さなきゃ。)



 周りの様子を気にしながらそそくさと目的地へ向かう。


コンコン。


「どうぞ〜。」


「失礼します。」


「・・珍しいですね、君からここに来るなんて。」


寺田は少し驚いて言う。


「篠ノ乃女さんが、今日は遅くなるから魔法使いのとこに居ろって。」


ムッとしながら凛が入って来た。


「まぁ、陰陽師君の判断は正しいと思いますよ〜。」


マグカップにコーヒーを注ぎながら寺田が苦笑いした。


「と言いますと?」


荷物を置いてパイプ椅子に座ると、説明を求めた。


「ここ2・3日、研究所が活発に動き回っているんですよぉ。警戒するに超した事はありません。」


コーヒーに口を付けつつ寺田は答えた。


凛にも差し出す。


「有難うございます。・・なるほどです。」


マグカップの淵を親指でなぞりながら、顔を強張らせた。


「で、君はいつになったら話すんです〜?」


「何をですか。」


「データですよ、データ。そろそろ教えてくれても良いと思うんですが。」


凛は1口飲んで「何の事だか。」ととぼけた。


「我々が信用でないってのは分かるんですが、そうもいってられないんですよぉ。」


「・・そんなにマズイんですか。」


「ええ、かなり緊迫した状況ですね。」


寺田の言葉に目を伏せると、宿題を始めた。


「ええ〜、さすがに予想外です。」


彼は溜め息を吐いて、自分も明日の授業の用意を始める。


しばらくして、凛が口を開く。


「先生、私紅茶が飲みたいです。」


「・・・・あいにくコーヒーしかありません。」



 シュミレーションを終えた山田が準備室へ向かう。


(大丈夫、頭の中で何回も練習した。頑張るのよ美幸!)


自分を鼓舞して廊下を歩く。


だがその顔は緊張と不安で埋め尽くされたいた。


準備室が見えた時、声が聞こえた。


(準備室から?他の先生も居るのかな、明日にしようか。いや、せっかく来たし先生が1人になるまで待てばいいわ。)


ドアの前まで来てハッとする。


「先生、私紅茶が飲みたいです。」


(神崎さんっ?)


「・・・・あいにくコーヒーしかありません。」


(と先生。何で?神崎さんは図書室に行ったんじゃ・・。)


山田は立ち尽くす。


(ううん、そんな事どうでも良い。先生、気付いてますか?先生はいつもみんなに優しい、でも一線を引いている。だけど神崎さんには違うんですよ?あの子だけには違うのっ。)


くるりと横を向いて来た道を戻る。


唇を噛み締めて、溢れそうになる涙を必死で堪えた。


気が付くと、彼女は自分のベッドの上だった。


どうやって帰って来たのかも定かではない。


(動物の帰巣本能ってやつかしら。ああ、でも今なら泣いて良いだろうか。ーー私とみんなは一緒、私とあの子は違う。)


泣きつかれたのか、そのまま眠り込んだ。


山田は両親に心配されながらもいつも通りにこなし、学校へ行く。


(今日も囲まれてる。)


だが彼女はそこを素通りした。


(今は会いたくない、な。)


教室に入ると凛と真衣が談笑していた。


山田の胸がズキリと痛む。


「あ、山田さんおはよう。」


「・・ええ、おはよう。」


いつものようにニコリと笑った。


「そうだ、2人ともチョコ食べない?ビターだからあんまりパクパク食べれなくて。」


「良いの〜!やった、私チョコ好き。凛もビター好きだよねっ。」


「うん、好き。山田さん有難う。」


山田は2人におすそ分けをした。


「それは良かったわ。」


昼休み、廊下を歩いていると3年生に声をかけられた。


「ねえ、あなた寺田っちのクラスの子でしょ?」


「え?ええ、はい。そうですけど。」


「じゃさ、これ渡しといてくんない?さっき調理実習でクッキー焼いたの。」


ラッピングされたそれを押し付けるて「お願いね?」と言って去ってしまった。


「ちょっ!・・・まだいいなんて言ってないのに。」


どうしたものかと悩む。


了承なんてしてないし、そのまま帰ろうか。


でも頼まれてしまったし。


と、彼女は午後の授業全てを棒に振った。


(やっぱり嫌ですって返すべきよね。)


3年生の教室を見回る。


(居ないっ。そんな、どうしよう・・・ええい、もういいや。渡すだけ渡してサッと帰ろ!)


鞄とクッキーを持って準備室へ急ぐ。



コンコン。



「どうぞ〜。」


「失礼します。」


「あれ?どうしましたぁ。」


中には先生だけだった。


「これっ。」


ズイッと目の前に差し出す。


「えっと、これは?」


(え、どうしてそんな顔をするの?だって先生いつも生徒からお菓子もらってるじゃない。)


「先輩に頼まれて、調理実習で作ったんだそうです。」


「ああ、そうだったの。有難う〜。」


寺田がクッキーを受け取る。


(戻った。・・私だけ?私が渡したからそんな顔をしたの?あの子どころか、みんなとさえ一緒じゃなかったっ!)


山田は肩にかけていた鞄のポケットから残ったチョコレートを1枚出すと、包み紙を取った。


彼女の行動を不思議そうに見る寺田に勢い良くチョコレートを口に突っ込ませる。


驚いたまま銜えて固まる。


そして彼女は背伸びをしてそのチョコレートを銜えた。


唇が触れるか触れないかのところで噛み砕き、バッと身を翻して部屋を出た。



ダダダダダッ。



(どうしよう、どうしよう、どうしよう!何であんな事しちゃったんだろうっ。)


山田は廊下を全力疾走した。


残された寺田はしばらく呆然としていたが、ふと包み紙が目に入る。


床に捨てられたそれをしゃがんで拾う。


書かれていた文字をみてフッと笑った。


「ーーませガキっ。」


* *


「あ、篠ノ乃女さん見て下さい!駅前のイタリアフェア今日までなんですよ。」


凛は迎えに来た蓮の腕を引っ張り、指差す。


「へ〜、そうなんだ。のぞいてみる?」


「ぜひっ。・・あれ?」


通りかかったチョコレート屋で見覚えのある物を見つける。


「どうしたの?」


「いえ、この板チョコ今日お友達にもらったんです。美味しかったですよ。」


「じゃあ買う?」


蓮が9枚入りの箱を取って訊く。


「大丈夫です。そういえば気になってたんですけど、この包み紙何て書いてあるんでしょう?」


凛がじっと見つめる。


「さあ、何だろうね。イタリア語は分かんないや。」


「そりゃそうですよね。篠ノ乃女さん、あっちに生ハムありますよ!」


2人はハムコーナーに移動した。



包み紙にはこう書かれてあった。


ーBaci di cioccolatoー



























































というわけで、まさかの山田さんメインの短編でした。

機会があれば山田さんのその後を書きたいと思っております。


次話からクドリャフカの続きに入ります。

番外編をお読み下さり、有難うございました。

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