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標題 クドリャフカは笑わない

「用も済んだし、帰るよ。このデータの事は誰にも言わないようにね。」


「・・はい。近くまでお送りします。」


「いや、いいよ。」


「では玄関まで。」


階段の下にはお盆を持ったお母さんが居た。


「あら、今お茶を持って行こうとしてたの。・・あれ?もう帰るの?」


「ええ、ちょっと用があっただけですから。それからお嬢さんとは共通の知人がいるだけですよ。」


「うん、お母さんそうなの。彼氏じゃないよ。」


「え?そうなの、残念だわぁ。」


「お茶だけでもいかが?」と勧めたが、彼は断った。


送って行きなさいと言われたので、篠ノ乃女さんに付いて行く事にした。


住宅街を並んで歩く。


お互い口を閉ざして、ただ歩く。


先に沈黙を破ったのは彼だった。


「京香さんを忘れろとは言わないけど、魔法使いや俺の術、USBの事は忘れた方が良い。」


「どうしてですか?」


「危険だからだよ。」


「でもUSBは壊したから、もうありませんよ?」


「俺達の存在を知ってるだけで危ないんだよ。」


知ってはいけないって事かしら。だけど、そんな簡単に忘れるなんて出来ない。


「具体的にどう危ないんですか。」


「それは、」


彼が答えようとした、その時だった。


「やぁ、どうも!神崎 凛さん。」


男がニヤリと笑った。


* *


 男は小さな公園のベンチに腰掛け、これからの作戦を練る。


辺りに人の気配はなく、静かなものだ。


5分くらい経った頃だろうか、2人の男女が視界に入る。


「神崎 凛と陰陽師?」


彼らが来た道を辿り見て弾かれたように立ち上がり、公園を出た。


「まさか・・この先はーーーー神崎家!!」


男は走り出すと首にかけたネックレスを握り、唱えた。


「〜〜、〜。アイス屋での会話から言って、2人がここに居るのはUSB関係で間違いない。ならっ!」


ダンッ!と大きく一歩踏み出した瞬間、宙を蹴り加速した。


* *


 突然目の前に?!


それに白い光ーーーー本物の魔法使い!


「だ、れっ!」


篠ノ乃女さんが無言で男を睨みつけると、私を背中に隠した。


「おや、おや。ナイト気取りですか〜?睨まないで下さいよぉ。・・・・・君も“こっち側”でしょ?」


ニヤニヤしながら男が言う。


「篠ノ乃女さん?」


「・・・。」


「ふん、まぁ良いでしょう。さて、初めまして。神崎 凛さん、いや橘 凛さんとお呼びした方が宜しいですか?」


私の名前。しかも橘だなんて。


こんな人知らない。なのにどうして私を知ってるの!


「誰なの、あなた誰よ!」


「そうですねぇ〜、通りすがりのーーーー魔法使いです。」



ポワァーー。



「っ!」


何?気持ち悪い。


「神崎さん、じっとしてて。」


篠ノ乃女さんが男から目を逸らさずに言う。


「大丈夫、守るから。」


「あ・・、」


根拠もないのに大丈夫だと思った。


彼なら大丈夫。


「守るから、ねぇ〜。君に出来ますか、だって君フリーですよね。」


フリー?


「だからどうした。」


「確かに君は“こっち側”ですが、どこにも属さないフリーが結社の魔法使いに勝てるとでも?」


「・・結社?研究所に雇われたんじゃないのか。」


「残念。そんなちっぽけな物ではありません。」


じゃあ、いったい。研究所よりもっと大きな組織が動いてるっていうの?


「目的は何だ。」


「いやですね〜、USBに決まってます。」


「USB?何だそれは。」


「とぼけなくても良いですよ〜、アイス屋で話してたのは確認済みです。」


「ーー!」


どうしてそれを。


「・・っまさか。」


「ご名答。ちょっとした魔法ですよ、対象者を神崎 凛に絞って監視してただけの事。」


会話までだだ漏れなのが、ちょっとした魔法?ふざけてるわ。


「でもま、君みたいのが釣られるとは思いませんでしたけど。陰陽師君?」


「USBならすでに壊した。データは残っていない。」


「あちゃー!やっぱり手遅れだったかぁ。・・・でも覚えてますよね?」


「え?」


男が私を見た。


「彼女は持っていただけで何も知らない。俺やお前の存在も。」


「ふ〜ん?」


「早く家に帰れ。」


篠ノ乃女さんが私を後ろ手に押す。


「でもっ、」


「いいから、行け!」


「っ、はい。」


怒鳴られてやっと自分の足が動き出す。


彼らに背を向けて走る。


だが、



ドンッ!



何かに阻まれて尻餅をついた。


「え?何もない・・。」


今、確かにぶつかったはず。


「神崎さん!」


「ふふ、無駄ですよ〜。結界を張りました。人除けもしてますから一般人は入れません。」


「そんなっ!」


何も見えないのに・・これも魔法?


「いつの間に。」


篠ノ乃女さんが低く唸る。


「声をかける前にちょちょいとね、しかしまぁ君、気付かなかったんですか?」


「・・・・。」


「篠ノ乃女さん・・・、」


どうしよう、どうすれば良いの。


「さてさて、どうしますか〜?用があるのは神崎 凛だけですので、陰陽師君はどうでもいいのです。」


「彼女には手を出させない。」


「ほうほう!私と闘うというのですね〜、やめときなさい。君じゃ敵わない。〜〜、〜。」


「っーーーー、ー!」


勢い良く渦巻いた炎が篠ノ乃女さんを襲う。


「篠ノ乃女さんっーー!!!」


「っく、」


両手を突き出して防御するが、押されてしまっている。


対して男は笑みを浮かべ、まだまだ余裕がありそうだ。


分が悪すぎるっ。


さらにアスファルトの地面を蹴り砕くと、重力に逆らったように破片が舞い上がり弾丸の如く風を切った。


飛び上がってそれをかわすが、炎の追撃を受けてしまう。


私のせいで篠ノ乃女さんが!


「頑張りますねぇ、どこまで持つかな〜?じゃぁ、ちょっと威力を上げ、」


「待って!」


「おや?」


「彼は関係ないんでしょ。私に何の用があるの?」


「・・ええ、そうです。あなたが私と一緒に来て下されば問題ありません。」


「なら、」


「ダメだ!神崎さんは黙ってろ!」


「でもっ。」


男は尚も攻撃の手を緩めない。


このままでは取り返しがつかなくなる。


「いいから!守るから、だから行くな。」


何でそこまでしてくれるの。


傷だらけじゃない!


私は何も出来ないのに、ただ守ってもらうだけ・・。


そんなの許されない。


だって彼は関係ないのだから。


「これは私の問題です。だから・・もう止めて下さい。」


「神崎さん?!」


「ーーどこへ行けば良いんですか?」


私は逃げるように視線を移し、男に訊いた。


攻撃を止め、ニヤリと笑う。


嫌な顔。


「それはお教え出来ませんが、危害は加えません。ご安心を。」


恐い。


この男を信用して良いの?


それでも、従わなければ彼が殺されてしまうかもしれない。


この男なら、いとも簡単に殺せてしまうかもしれない。


「・・・分かりました。」


「何を!」


ごめんなさい。


助けてくれて、心配してくれて有難う。


私達の繋がりはあの人だけ、昨日たまたま助けてくれたのが彼だっただけ。


それなのに、今も助けようとしてくれる。


本当、バカが付くほどお人好しだわ。


ごめんなさい、篠ノ乃女さん。


「有難うございます、ちょっと行って来ますね。」


笑えただろうか。


こうして日常は終わりを告げる。


知らぬ間に巻き込まれた、非現実的な世界。


あの人もこの世界で生きて来たんだろうか。


「では、参りましょうか。どうぞ。」


男が手を差し伸べた。


私は迷わずその手を取る。


何か唱え始めると白い光に包まれる。


これは、あの時見た・・初めて見た魔法と一緒。¥


まさか、あの人と同じ体験をするなんて。


静まらない動悸と恐怖の中で、最後に篠ノ乃女さんの悲痛な叫びが聞こえた気がした。


「凛ーーーーーーー!!!」


* *


 眩しさと突如襲われた浮遊感にぎゅっと目をつぶる。


篠ノ乃女さんの声が聞こえた。


それはとても懐かしい響きを持っていた。


変なの、“凛”なんて呼ぶわけないのにね。


だって出会ってまだ2日目だし、さっきも神崎さんって呼んでた。


どうしてそんな幻聴が聞こえたのかしら。


私の願望だったりするのかな。


「着きましたよ。」


一瞬の事だった。


男が唱えてから、目をつぶったばかりなのにもう着いたと言う。


「これは・・。」


目を開けると、立派な門がそびえている。


そこは西洋の古城のようなお屋敷だった。


煌びやかな宮殿とは違う、荘厳で堂々とした構え。


あまりの存在感に圧倒される。


「どうぞ。」


なかなか動かない私に痺れを切らしたのか、門を開けたまま早く入るように促す。


「あ、はい。」


慌てて中に入る。


建物まではまだまだ距離があるようだ。


「さて、歩きながら自己紹介しましょうか。私は寺田と申します。場所は言えませんが、ここは所属している結社の日本支部です。」


魔法使いの結社・・支部って事は本部は海外か。


何でそんなところが私に?


「私の事はご存知ですよね。」


「ええ、家族構成から友人関係まで把握しております。」


「なっ!」


サラリと言ってくれる。


従わなければ家族や友人にまで危害を加えると言う事か。


当然のように脅して来たわね。


まさか自覚がない?


いや、この男は切れる。


「どうかされました?」


こいつ!


分かっていてとぼけるのか。


「・・いえ、それよりこれからどうするんです?」


「今から我々の長に会っていただきます。」


「長?」


「はい。まぁ会長のようなものだと思って下さい。長の質問に答えていただきたいのです。」


研究のデータについて、と言う事かしら。


「はあ、そうですか。」


話しているうちに玄関先に着いた。


前には重厚な扉。


見た所、インターフォンやドアノックはない。


すると、前触れもなく扉がギィーと音を立てて開いた。


「!」


誰も居ない?


まさか自動ドア的な物かしら。


「これも魔法の一種ですよ。」


見透かしたように言う。


いちいち腹立つな。


「そうなんですか。」


「ええ、では長がお待ちですので。」


エントランスホールの中央にある階段を上り、3階へ。


さっきから、私とこの人の足音しかしない。


こんな大きなお屋敷なのに、長しか住んでないのか。


だが、掃除は行き届いているし、庭?も手入れされていた。


おかしい。


「あの、他に住人は居ないんですか?」


「居ますよ。」


何だ、出払ってるだけ。


ふぅ、と一息吐く。


「さっきから、気配を消しているだけです。」


「は?」


気配を消す?


じゃあここには人が今も居るの!


何の物音もしないのに・・・。


不気味、恐いっ。


ゾクリと身体が震えた。


男は相変わらず笑みを浮かべ、先を歩く。



コンコン。



「入れ。」


渋く、重低音のような声。


緊張と恐怖が支配する。


「失礼します。神崎 凛を連れて参りました。」


恐る恐る男の後に続く。


恐くてちゃんと前が見れない。


「ご苦労。ーーそんなに縮こまらなくて良い。こちらへ来なさい。」


気持ち優し目に言われ、そっと顔を上げる。


キチッとスーツに身を包んだ初老が部屋の奥で、椅子に深く腰掛けていた。


放たれる威圧感に飲み込まれそうになる。


一歩一歩、震えを隠すようにゆっくり部屋へ入る。


膝が笑ってるわ。


「そこにお座りなさい。」


示されたソファーに軽く会釈しながら座った。


「では、私はここで。」


胸に手を当て一礼すると男が出ようとする。


例え嫌なやつでも居ないよりましだ。


この空間に置いてかないで、と念を送る。


しかし私の方は見向きもせず、すでに背を向けていた。


この男、どこまでも!


「いや。寺田、君も居なさい。」


助けは思わぬ所から来た。


「しかし、」


「構わん。」


「・・かしこまりました。」


助かったわ。


気付かれない程度に胸を撫で下ろす。


男はドアの近くでビシッと立って居る。


さっきまでのおちゃらけた感じが嘘のようだ。


初老はそれに小さく首肯くと、私を見た。


「わざわざすまないね。」


「い、いえ。」


というか、あなたの部下に半ば脅されて来ました。


篠ノ乃女さんも巻き込んでしまったし。


怪我が大した事なければ良いんだけど・・。


「訊きたいのはただ1つ。君が母親からもらったデータについてだ。」


「それなら、ありません。」


「・・・どういう事かな?」


目を細めて私に問う。


「そちらの寺田さんに会う前に壊しました。」


「・・・寺田。」


「はい。確認は出来ていませんが、恐らく真実かと。尤も、壊したのは彼女ではなく陰陽師でしょうが。」


ドクリと心臓が脈打った。


顔が強張るのが分かる。


「陰陽師?」


「は、」


「いいえ!私が壊しました。床に落として踏んでしまったんです。」


男の返事を遮り、答えた。


これ以上、篠ノ乃女さんに迷惑をかけるわけにはいかない。


「ほう、そうなのか?」


一瞬男は虚を突かれた顔をしたが、すぐに戻す。


「見たわけではないので何とも。」


「そうか。ーーまあ、良い。データがなくとも君が内容を教えてくれれば問題ない。」


とりあえず一難乗り越えた、のかしら?


「分かりません。」


「分からない?」


「はい、小さい時に読んだだけでなので。」


嘘だ。


本当は覚えてる。


ずっと繰り返し読んできたんだから。


「ふむ・・母親が死ぬ前に遺した物を、興味なく放置しておけるのかね。」


「ですから、幼い時には読みました。私にとっての母は今の母なので、これと言って気にする事なく過ごしてきましたし。」


動揺を悟られるな。


空気に飲まれてはダメ。


私を保たなくちゃ。


「そうか。君はなかなか肝が据わっているようだ。」


ホッとしたのもつかの間、


「だが、子供だ。その程度で我々が、いや。私があしらえるとでも思ったか、小娘。」


何、この重圧。


息が出来ないっ!


恐い、恐い恐い。


助けて、篠ノ乃女さん!


「ーーーーおや、招かねざる客が来たようだ。」


初老と男が反応する。


客?


「私が見て参ります。」


「ああ。」


そして、窓の外から耳を塞ぎたくなるほどの衝撃音と青白い光が広がった。


* *


 くそっ!


彼女を連れ去られてしまった。


守れなかった。


力がないばかりに、守るどころか守られた。


俺は何をやっているんだ。


「凛っーー。」


あんな顔をさせてしまった。


取り返さなければ、彼女を守らなければいけない。


それがーーー“約束なのだから”。


まだ微かに移動魔法の痕跡が残っている。


これを辿れば場所を特定するのは容易い。


しかし、足りない。


あいつは結社所属だと言っていた。


となれば十中八九、組織が管理する場所だ。


あいつ1人なわけはないし、魔法使いが少なく見積もっても10人前後は居る。


どうやって対抗する。


魔術に関する知識さえあれば、対処法が考えられるのに。


・・・・、


そういえば、彼は魔法使いの血を引いていなかったか?


彼なら!


直ちに術を展開して、彼女の居場所を探知する。


「ここだ。」


続いて移動術を唱えて葉山荘に飛び、階段を駆け上がり202号室のドアを叩く。


「おい!菊井、居るか!」


「も〜何だようるさいな、夕飯にはまだ早いだろ?」


「いいから、来い!」


「は?ちょっと、え、」


彼の腕を掴み、もう一度移動術を展開する。


「おや蓮君、帰って来たと思ったらまた出かけるのかい?」


下から爺ちゃんの声がする。


「悪い!今日俺と菊井の夕飯いらないからっ。」


そう言い終わったところで術式が作動した。


彼女の元へ。



「・・・・珍しいねえ。他の住人はともかく、蓮君はあまり“力を使わないのにねえ”。さて何事もなく終わってくれれば良いんじゃが。」


* *


「客人は寺田に任すとして、お嬢さん。本当に中身を覚えていないのかね。」


今の音と光は何?


とても普通に訪ねて来たとは思えない。


だというのに、この人は全く気にしていない。


でもおかげで恐怖が少し紛れた。


「はい、覚えていません。」


初老は眉を顰めると、小さく口角を上げた。


「では、君は知っているかい?12年前、とある研究所が爆発事故により解体された。」


12年前ーー。


「その爆発により死者も出たが、幸い通常勤務日でなかったために被害は少なかった。もちろん建物は崩壊したがな。」


間違いない、あの事故だ。


「死者は3名。1人は君の母だ。残りの2人も同じプロジェクトの主要メンバーだった。ある研究を最も知る3人と言えよう。」


魔法使いになる実験。


あの人を含めて全員その実験に関わっていて、勤務日でもない日に彼らは出勤し、事故に遭い死んだ。


もし、意図があったとしたら?


それが事故ではなく故意によるーーーー、


「そして運悪く爆発に巻き込まれて死んだ。データも全て消えた。・・あの研究所では爆発物や、それに起因する物を取り扱っていなかった。不思議な事もあるものだ。“起こるはずのない”事故によって死者が出たのだから。」


私は息を飲んだ。


これが何を意味するのか、つまりそういう事なのである。


尚も言葉を続ける。


「何故だろうね。まあ、考察するのは実に簡単だ。あれは事故ではない、“何者かによって実行された殺人だ”。」


「ーーーっ!!!」


殺された?


事故なんかじゃなかった・・。


そんなっ。


理由はーーーー何?


あの人の実験のせいだと言うの?


じゃあ、データを持っている・・正確には持っていた私は。


「ーーという話があるんだよ。」


「・・・そう、ですか。」


「ああ、君は“知っている”かい?」


再度私に問う。


「私は・・、」


「お嬢さん、いや。殺された橘 京香の1人娘、橘 凛。」


「っあ、知らない、私は何も知らないわ!」


誰があの人を!


どうして、どうしてっ。


ど、ーーーー待って、おかしい。


・・・何のためにデータを渡したの。


まさか“気付いていた”?


自分が殺されると分かっていたから、私にUSBを持たせたのだとしたら。


その真意は、何。


「晩年、橘 京香は自らの研究を否定したそうだ。完成間近だったそれを嫌い、止めさせようとしていた。」


ーーーーえ。


「しかし、秘匿にはされていたものの、このプロジェクトは研究所の悲願だった。・・さて、お嬢さん。研究所にとって彼女はどういう存在だったんだろうね。」


研究所にとって邪魔な存在、でしょうね。


「こういう仮説は立てられないかな?悲願のプロジェクトが頓挫する事を恐れた研究所が、彼女を殺害した。2人は巻き込まれたか、あるいは彼女側の人間だった。目的は果たしたが期せずしてデータまでもが消失、研究所は解体を余儀なくされた。」


バカな。


犬死にもいいところじゃない。


完成させるために殺されたのに、結局未完成のまま解体?


何のためにあの人は殺されなきゃいけなかったというの。


「どう思う?」


「もし、もしそれが仮に事実だとして。彼女の死は無駄だったという事ですか。」


「・・いいや、ある意味彼女の“望み通り”になった。」


「え?」


「運良くデータが消失し、頓挫した。ーーというより、死ぬ間際に彼女自身が消去したのかもしれない。研究所側がデータの確保を計算していなかったとは考えにくい。むしろこれが自然だ。」


そう、ならまだ救われるわね。


あの人も。


「あなたはそのデータを知って、何をするつもりですか?」


「・・・プロジェクトの壊滅だ。」


「もうあそこは・・、」


「そう、研究所は解体された。しかし最近になって連中は水面下で動き出した。」


データはないはずじゃ。


「どうやら、爆発に巻き込まれ植物状態だった研究員が目を覚ましたようだ。」


「データもっ?」


「あまり重要なポジジョンでなかったために、詳細は知らない。」


ホッ。


「でもだったらどうして?」


「土台さえ分かれば新たに研究すれば良いだけのことだろう。」


「・・・・。」


「我々は、阻止するだけでなく根本から断たねばならん。そのために知る必要があるのだ。全ては、魔法使いが魔法使いである故に。」


魔法使いであるため?


彼らの結社だけでなく、魔法使い全体の問題だとでも言うのか。


この話を信じて良いの?


これが真実である確証はない。


もし彼らの目的が壊滅などではなく、研究だったら?


「・・今日のところは帰りたまえ。わざわざすまなかったな。“話したくなった”時にまた来ると良い。」


“話したくなったら”、ね。


思い出したら、じゃなくて。


とりあえず帰れるなら有難い。


後の事はそれからよ。


〈ーー申し訳ありません、突破されました。〉


突然、男の声が響いた。


「寺田か。ふむ、とんだ客人だったようだな。油断したか?」


〈・・はい。まさか出し抜かれるとは夢にも。〉


「ふん、驕りだな。」


〈申し訳ありません。侵入者は2名、魔法使いとーー陰陽師です。〉


篠ノ乃女さんっ?!


「ほう?そうか、そうか・・ハハっ。これは愉快!お嬢さん、君を助けに来たか。」


どうやってここが。


それより無事なの?


怪我をしていたらっ。


部屋の外からドタバタと怒声と足音が複数聞こえる。


・・近い!


「貴様等!待てっ!」


「おい!これ以上行かせるな!止めろっ!」


「〜ぎゃーーーー!待って待って、攻撃しないで!蓮!助けろよ〜。」


「それぐらい自分でしろ。」


「はぁ?お前が無理矢理連れて来たんだろ!」


「うるさい、わめくな。」


ああ、篠ノ乃女さんだ。


彼の声がする!


来てくれた。


私を助けに来てくれたっ。


自分で巻き込みたくないと言っておきながら、彼が助けに来たという事実に歓喜している。


何て弱いのかしら。


みっともない、でも涙が止まらない。


今まで張っていた緊張が溶け、恐怖も不安も安心に変わる。


糸が切れたマリオネットのように背もたれに崩れ、嬉しさか、悔しさかも分からない涙を流す。


篠ノ乃女さんが来てくれたっ!


* *


「ちょ、おい!何だよ突然。」


菊井が耳元で叫ぶ。


「今度礼はする、今は黙って闘え。」


「はぁっ?!闘いって何!俺を巻き込むなー!」


屋敷の前で言い合っていると、前方にあいつが見えた。


「ほら、敵のお出ましだ。」


「は、敵って・・・・げ。魔法使いかよ。」


「ああ。」


「・・・夕飯食いっ逸れたし、レストランのフルコースで頼むわ。」


「金があったらな。」


「あ?なくても奢れ。」


男はゆっくりとこちらに歩いてくる。


「おやおや、余裕ですねぇ〜。負け犬さん?」


「負けっぱなしは性に合わないもんで。」


「へ〜?そちらの相棒を連れてリベンジですかぁ。」


「ああ。あいにく魔法はさっぱりだからな。」


「なるほどぉ。魔法使いです、かっ!」


炎が突進して来る。


「菊井!あいつが出す魔法を解析しろ。」


「へっ?あつ!解析・・えっと土系の炎だね、これは。」


土系。


だから水に強かったのか。


なら風を混ぜれば!


「っ!防御の質が変わった?・・そうか、そのための魔法使いか。ーー良いでしょう。かかって来なさい。」


威力を上げて来たか。


「援護頼む。」


「援護って、ちょっ。」


早く彼女を助けなければ。


時間などかけていられない。


菊井の援護の合間に術を展開する。


倒さなくとも良い。


道さえ開けば。


風の刃に水気を纏わせ放つ。


炎によって砕けるが、欠片が男に降り掛かる。


「ちっ。」


男は風を巻き起こして身体を守り、蹴散らす。


今だ。


もともと菊井と自分にかけた移動術で切り抜ける。


「なっ!まさか・・、」


「悪いが行かせてもらう。」


早く、早く、彼女の元へ!


男が追って来る気配もなく、屋敷に突入出来た。


「ふぅ、一本取られましたね。まさかやり合う気がなかったとは。どう報告したものか。」



 彼女の気配を追って駆け抜ける。


どこだ、どこに居るっ?


ーーーー!


見つけたっ。


「待て!」


「蓮、助けろよ〜。」


「うるさい、わめくな。」


ここだ。


ドアノブに手をかけた。


* *


 ガチャリ。


開かれたドアから篠ノ乃女さんが姿を現す。


「神崎さんっ!!」


「篠ノ乃女さん!」


私の声に彼が駆け寄る。


「っ、どこか怪我を?」


「え?いえ、どこも。篠ノ乃女さんの方こそ、こんなっ!」


目立った傷はないとはいえ、彼はボロボロだった。


「いや、見た目ほど大した事ないよ。何かされた?君が泣くなんて。」


篠ノ乃女さんは、私の頬に手を添えると涙を指で拭う。


「違うの、ホッとしただけなの。ごめんなさい、ごめんなさいっ!」


また涙が溢れる。


「謝んないで。君が無事で良かった。」


「っ。」


優しく頭を撫でられ、思わず抱きつく。


「わっ。」


グラつきながらも私を支え、抱きとめる。


泣き止まない私を咎めもせず、呆れもしない。


彼は優しい。


怖いくらいに、私に優しいのだ。


「あの〜、お2人さん?」


バッと離れる。


だ、誰?


「全くだ。自分たちの世界に浸っておったな。」


「やれやれ、どうなるかと思えば何です?これは。」


初老に続いて男も。


いつの間に。


「ああ、神崎さん。あのひょろいのは菊井だよ。俺と同い年の魔法使い。」


「どうも、菊井です。」


菊井さん、魔法使いに知り合いが居たんだ。


「神崎 凛です。」


ペコリと頭を下げる。


「さ、帰ろ。」


篠ノ乃女さんが微笑む。


「はい!」


私は大きく首肯いた。


部屋を出ようとすると、声をかけられた。


「お嬢さん、また会おう。話す気になったら寺田を呼ぶといい。これを君に。」


そう言って何かを投げた。


キラッと光って宙を舞う。


胸元でキャッチする。


「・・バッチ?」


紋章が描かれたバッチだった。


弁護士バッチよりも一回りは小さい。


「それに強く念じて、寺田につなげ。と言えば彼が迎えに行く。」


よく見ると、初老にも男にも襟に同じバッチが。


さっきの突然聞こえた声はこれ?


「別に、」


「持っておきなさい。君は必ず使うだろう。」


どういう意味?


「神崎さん、行くよ。」


「あ、はいっ。」


制服のポケットに入れて、私達はお屋敷を出た。


門を出て、数歩歩くと街が広がっていた。


「え?」


「魔法の一種だよ。一般人が紛れ込まないようにね。」


菊井さんが説明してくれた。


「それにもう1度入ろうとしてもここからは入れないんだ。術者がころころ出入り口をかえるからね、だから専用の何かしらを持っているか、招かれるかしないと“たいていは”魔法使いでも無理だよ。」


「へぇ、ではお2人はどうやって?」


「ああ、それは蓮だよ。こいつが術式を辿って移動したんだ。」


「そんな事出来るんですか?」


「ん〜高等技術、かな。長けている人なら難しい事じゃないよ。」


つまり篠ノ乃女さんって・・・。


「菊井。」


「悪い悪い。じゃあ凛ちゃんこの話はここまでね。」


「あ、はい。有難うございました。」


凛ちゃんって呼ばれた。


「神崎さん、ご家族に連絡した?」


してない!


慌ててスマホを出す。


「すみません!ちょっと電話します。」


「うん、どうぞ。」


「ーーprprあ、お母さん?凛だけど。ーーーうん、うん。そう篠ノ乃女さんと一緒。え?」


「どうかした?」


2人が不思議そうにこちらを見る。


「あの、母が代わってって。」


「分かった。かして?」


スマホを彼に渡す。


「もしもし、篠ノ乃女です。ーーはい、すみません。お嬢さんを連れ回してしまってーーーええ。いえ、大丈夫です。ーーーはい、もちろんお送りします。はい、では。・・・神崎さん。」


スマホを返される。


「すみません。連れ回しただなんて、私が巻き込んだせいなのに。」


「大丈夫だよ、それにお母さんも怒ってなかったから。君の帰りを待って、夕飯食べてないみたいだよ。」


お母さんに心配かけちゃったな。


遥にも。


「送ってくから安心して。でも家まで飛ぶには力が足りないから、行けるとこまで飛んで、後は歩きになっちゃうんだけど。」


「いえ!これ以上力を使っては倒れてしまいます。だから、」


私、彼に無理させてばかりだ。


「俺がやろうか?場所は蓮に術式組んでもらって、移動は俺がする。魔法の組み方教えるからお前なら出来るだろ。」


「ああ、そうだな。助かるよ、頼むわ。」


「おお、任せろ!場所の組み方はな、・・・・・・・・・・・・。」


菊井さんが連れて行ってくれる事になった。


しばらく2人で話し込み、魔方陣を書き出す。


人通りもなく、誰も怪しむ人は居ない。


「ーーよし!ほら凛ちゃんこっち来て。手繋いで。」


「はい。」


魔方陣の上に立って、手を繫ぎ輪を作る。


たちまち白い光に包まれ、目を開けると家の前だった。


「はい、着いた!」


本日2度目、便利だ。


「じゃあ、俺達はここで。スマホ貸し、」


「食べていって下さい!」


「はい?」


このまま返すわけにはいかない。2人ともボロボロだし。


「いや、でも凛ちゃん?この格好で、しかも俺までってのはちょっと。」


菊井さんが困ったように言う。


「問題ありません、上がって下さい。」


「いやいや、問題大ありだからね!」


「上がって下さい。」


「あの、神崎さん?」


「上がって下さい。」


彼らの言葉を無視して言い続ける。


「え〜蓮どうすんの。参ったな、これ。」


「何か、デジャブ。今日このやり取りしたな。」


「は?」


「アイス奢るって、この調子で。」


「・・・そう。」


何をこそこそ話し手いるのかしら。


そうね、だったら。


「上がって下さらないなら、今ここで叫びます。」


「叫ぶ?!え、凛ちゃん?」


「私が叫んだら何事かとみんな家から出てくるでしょうね。ご近所さんも、みんな。」


「「・・・・・・・。」」


「さ、行きましょう。」


私は強引に説得するとインターフォンを鳴らした。


* *


 凛達が去った後、片付けに区切りをつけた寺田が訊く。


「柊様、いかがでしたか。収穫のほどは。」


柊と呼ばれた初老の男性は窓から外を見下ろし、言う。


「そうだな、収穫なしだ。ーーしかし、彼は面白い。」


「・・陰陽師ですか。」


「ああ。あれは面白い。お前を出し抜いただけの事はある。」


愉快そうに柊が笑う。


「それは何よりです。」


「うむ。確か、篠ノ乃女と呼ばれていたな。」


「はい。」


「そうかそうか、生きておったか。」


「ご存知なのですか?」


寺田の瞳がわずかに見開かれる。


「知っているとも。かつて日本に名を轟かせた陰陽師の一族よ。彼らの力は絶大で、最近までそれは続いた。」


「最近までは?」


「彼らの歴史は古く、奈良時代から続くと言われている。しかしある時、当時の当主が呪いをかけられた。」


「それはいったい。」


「分からん。一族のごく一部にしか伝えられていないそうだ。だがその時から20年に1度、必ず忌み子が生まれた。何を持って忌子とするのかは分からんが、間違いなく呪いが関係しているのだろう。」


「では、彼は・・。」


「15年前、3歳だった忌み子を母親が捨てた。歴代にもあったのだろうが、とりわけ彼女は弱かった。捨てても尚、怯え続け狂乱した。そして1年後、彼女は取り憑かれたように一族を皆殺しにし、自らも自害した。それに伴い分家も消えていった。」


「最後の生き残り、という事ですか。忌み子は今?」


「しかも本家のな。さあ、それは知らん。あるいは・・・彼が忌み子かもしれんぞ?」


冗談めかして柊が言う。


「ーー左様でございますか。」


「実に愉快だ。」


柊の笑い声だけが、部屋に響いた。
















































































本話より、R15とさせていただきました。


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