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標題 クドリャフカを探せ

 あれからしばらく事務室で休ませてもらい、閉館30分前に出た。


預かった本を戻し、18時頃には家に着いた。


ただ、宇宙犬の本だけ気になって貸し出ししてもらった。


机の上に置いた本をぼうっと見つめ、今日の出来事を思い返す。


真衣に彼氏が出来て、みんなでアイス食べて、コンビニでシノノメさん見かけて。


図書館では危ない目にあって、助けられて、頭撫でられて、お茶奢ってもらってそれで・・・。


うわ。さっきからシノノメさんばっかり。


でも素敵だったな〜。


って違う違う!頭から離れない彼を頭の隅に無理矢理押し込めた。


「ふぅ。」


「凛ー!ご飯よー。」


下からお母さんが私を呼んだ。


「今行くー!」


ダイニングテーブルにはサラダとカレーライス。


「姉さん早く座って。」


弟の遥がスプーンを並べながら言った。


「うん。」


「あ、母さん箸も。」


「いけない、忘れてたわっ。」


お母さんが箸を持って戻ると、いただきますをした。


「遥、麦茶取って。」


「いれたげるからコップ貸して。」


「有難う。」


「別に。」


出来た弟である。


「まあ、遥優しいのね!私にもちょうだい?」


「いいけど、母さんは目の前にあるんだから自分でいれれば良いだろ。」


ぶつくさ言いながらもお母さんのコップに注ぐ。


「いっつも凛にだけ優しいんだもの。ママにも優しくしてほしいわっ。」


いやいや、そんな事はないだろう。遥は誰にでも優しい。うん。


「・・・・。」


「遥は私以外にも優しいよ。」


「そう?良かったわね、凛が遥優しいですって。」


ニマニマしながらお母さんは遥を見た。


「別にっ。」


顔を赤くさせ、ぷいっとそっぽを向いてコップを前に出す。


「ふふっ。有難う。」


お母さんは笑いながら受け取る。


照れたのか。可愛いやつめ。


思わずクスッと笑ってしまった。


「姉さんまで!」


「ごめんて。」


怒っても可愛いとは、恐ろしい。


今度アイスでも奢ったげようか・・いけない。つい甘やかしてしまうところだったわ。


「まあ良いよ。それより今日帰り遅かったけど、どっか寄ってたの?」


「うん。真衣達とこの間出来たばっかりのアイス屋行って、図書館ものぞいて来た。」


「“達”?」


「うん。クラスの子。」


「ふ〜ん。女?」


「そうだけど、どうかした?」


「や、何でもない。」


「そう。」


変なの。


「あら、良かったわ!凛ったらいっつも真衣ちゃんと遊んでばかりでしょ?だからクラスに馴染めてるか心配だったの。」


「大丈夫よ、もう高2だし。それに真衣も居るから。」


今年になって真衣以外と遊んだの初めてだったとは言わないでおこう。


「そう?でも真衣ちゃんと一緒で良かったわぁ!クラス替えあるからドキドキしたのよね〜。」


何でお母さんがドキドキするのよ。


「・・ごちそうさま。」


「おかわりは?」


「いらない。」


「そう、お粗末様でした。」


食器を流しに運ぶと、遥は2階へ上がった。


「なんか急に機嫌悪くなった?」


「そうねぇ〜、すねてるだけよ。」


「ふ〜ん。何に?」


「寂しいのよ。凛はいつも真衣ちゃんと遊ぶ以外は遥と出かけてたでしょ?」


「うん。」


「だからよ。」


「・・・私がクラスの子と遊んだから?」


「そっ。」


何だそれは。可愛いじゃないか。


やっぱりアイス奢ったげよ。


「そうなんだ。」


私もごちそうさまをすると2階へ上がろうとした。


「待って、今日お隣さんにゼリーもらったの。おすそわけだって。冷蔵庫に入ってるから持ってったら?」


お見通しだ。と言わんばかりのしたり顔でお母さんは言った。


「・・有難う。持ってくね。」


お盆にゼリーとお茶を2つずつのせて部屋へ向かった。



コンコン。



「はい。」


「私だけど、ゼリー食べない?」


「食べる。」と言って、蓮はドアを開けた。


「おじゃまします。」


「どうぞ。」


「あ、勉強してたの?」


机には参考書とノート。


「別に、まだ始める前だったから。」


「そう?じゃ、食べよ。」


「うん。」


「巨峰と白桃どっちが良い?」


「姉さんが好きな方選んで。」


「ん〜、巨峰食べて良い?」


「良いよ。」


「有難う。そうだ、食べ終わったら勉強見てあげる。」


暇だし。


「え、いいよ。悪いし。」


「遠慮しないで。私学年10番には入ってるから大丈夫よ。」


「いや、そういうわけじゃ。」


蓮は少し迷った後、「お願いします。」とゼリーを1口食べた。


「任せなさい。」


可愛い弟のためにキッチリやったげようではないか。


成績は良い方だし、中学だったら問題ない。


そこらの中学教師よりも教え方には自信がある。


「姉さん。」


「ん?」


「今日、楽しかった?」


「うん、楽しかったよ。」


「そう。」


「今度連れてったげる。」


「良いの?」


バッと顔を上げて私を見る。


「もちろん。」


「やった、姉さん有難う!」


そんなに行きたかったのか。それは悪い事をした。


「土曜日にでも行こうか。」


「行く!あ、それで図書館は何で行ったの?」


喜んでる、喜んでるな。アイス ダブルにしよう。


「ああそれは1人で行ったの。夏樹に頼まれた本を・・まあ、借りれなかったんだけどね。」


「夏樹に。そっか。」


あれ、またすねた。さっきまで喜んでたのに。


「どうかした?」


「いや、何でもない。」


「何でもない事はないでしょ。言って見なさい。」


「ん゛〜。姉さんは俺より夏樹を構うから、その。俺が弟なのに。」


「・・・・・っ!」


ヤキモチ?ヤキモチなの?どうしよう悶え死ぬとはこの事か!


「ごめん、変な事言って。困らせたいわけじゃ・・うわっ!」


言い終わる前に遥に抱きつく。


「ちょっ、姉さん?!」


「可愛い。可愛い!大丈夫遥は大切な弟よ。」


そのままぎゅ〜っと力を込めると、苦しそうにしながらも抱きしめ返してくれた。


「うん、ありがと。姉さんのが可愛いよ。」


「ふふっ、遥ったら私の事大好きなのね。」


「うん。大好きだよ。」


遥がぎゅっとする。


かわわっ!


「私も大好きよ。」


「うん。」


はにかみながら私の肩に顔を埋めた。


「よしよし。」


頭を撫でる。


「俺、犬じゃないんだけど。」


「良いじゃない。可愛がってんの。」


「そっか、なら良いや。」


良いのか。


本人からのお許しが出たのでここぞとばかりに撫で繰り回した。


「姉さん、ちょっ髪が。」


「良いの、良いの。」


「いや待って、それより勉強見てくれるんでしょ?」


そうだった。


「そうね。」


蓮を解放して、空のゼリー容器をお盆に下げた。


「よろしく。」


「うん。何見ればいい?」


「数学。いっつも、つまずくとこあって。」


参考書を開きながら指差す。


ふむ。


「これは、ここの応用ね。こっちをキチンと理解してないとこんがらがるわ。」


「ああ〜、何となくしかやってない。」


「こら。やった気になってるだけじゃダメ。」


「でもあってたし。」


「応用解けないんでしょ?」


「・・うん。」


この子理数はダメなのよね。特に数学。


それ以外は良い点取ってるし、理科だって平均点くらいは。


数学に足引っ張られなければ、学年10位内には入りそうなんだけど。


「ほら、ここから。」


「は〜い。」


* *


 お風呂から上がり、部屋でくつろぐ。


まだ寝るには早いし、本でも読むか。


宇宙犬の本を手に取り、ベッドに寝転びながら読み始めた。


ー実験のために犠牲になったライカ犬。

また、一部の研究者は彼女をクドリャフカと呼んでいた。ー


実験の犠牲。


どこか胸がざわついた気がした。


* *


 登校する生徒で溢れる校門前で、1人の少女が駆け寄って来る。


「凛ちゃ〜ん!おはよう!」


声をかけられた少女は振り返り、返事をする。


「真衣、おはよう。」


「ね、今日宿題あったっけ?」


「何もないはずよ。」


「良かった〜!」


ホッとした表情を浮かべた彼女は凛の腕を掴むと、昇降口へと急いだ。


「下駄箱込む前に行こ〜。」


「そうね。」


引っ張られたまま凛も急ぐ。


「お!まだギリ空いてるね。」


彼女達は上履きに履き替え、教室に向かった。


「そうだ。今日、弟君誕生日よね。おめでとうって言っといて。」


「有難う!伝えとくね!」


「うん。今度遊びに行った時にお菓子でも持ってくわ。」


「本当?絶対喜ぶ!凛ちゃんのファンだもん。」


彼女は自分の事のように、はしゃぎながら答える。


「何それっ。」


凛は苦笑いした。


「本当なんだよ〜!あ、それでね。今日のバイト早めに上がらせてもらうんだけど、樹くんと被ってるからデート誘ってみようと思うんだ。」


「そう、頑張って。」


「うん!凛は何か用事あったりするの?」


「用事っていうか、図書館に行こうと思ってる。」


「え、また?昨日も行ったじゃん。」


彼女は不思議そうに首を傾げた。


「借りようと思ってたのが借りられなかったから。あと返却のやつもあるし。」


「何借りようとしたの?」


「『アイラの大冒険』」


きょとんとした後、思い当たったのか口を開いた。


「あ!ひょっとして夏樹ちゃん?」


「当たり。」


「そっか、そっかぁ〜。夏樹ちゃんか!定期的に通ってるんだね、あそこに。」


「まあね。」


少しの沈黙。程なくして2人は教室に着いた。


「真衣ちゃん、凛ちゃん、おはよう!」


「うん、おはよう!」


「おはよう。」


クラスメイトの少女が挨拶する。


それに返しながら、それぞれの席に着いた。


「神崎さん、おはよう。」


「あ、山田さんおはよう。」


「昨日は有難う。また行きましょ?」


「こちらこそ。うん、ぜひ。」


彼女らが談笑していると教師が入って来た。


それと同時にチャイムもなる。


「おーい。授業始めるぞー。」


ざわついていた教室は落ち着きを取り戻し、生徒達は静かに着席する。


「先生、相変わらず時間ピッタリっすね!」


「だろう。」


声を上げた男子生徒は、「ドヤ顔じゃん!」と笑いながら教科書を開く。


どうやら、ドヤ顔の教師は生徒に好かれているようである。


少なくともこのクラスには。


* *


 放課後。


特にもう用はないし、図書館行くか。


「じゃ、神崎さんお先に。」


「あ、うん。山田さんまた明日。」


帰り支度を済ますと、真衣の元へ歩いた。


「真衣、途中まで一緒に帰ろ。」


「うん!今終わるから待って・・よし終わった。行こ!ああ〜、ドキドキするなぁ。」


「何が?」


「バイトだよぉ!」


「バイトじゃなくて樹君でしょ。」


ちょっとニヤリとして言う。


「そうだけど・・てか凛ちゃん!その顔何?恥ずかしいんだけど!」


「照れない、照れない。」


「照れてないよ〜!」


「そうかな?」


尚も私のニヤけ顔は止まらない。


「も〜う、凛ちゃんったら!」


「プリプリしないの。それも大事だけど、彼氏の事ばっかじゃなくて弟君の誕生日もちゃんと祝いなさいよ。」


「分かってるよ〜。まぁ、弟は凛のおめでとうで十分だけどね。」


「こらこら。」


「大丈夫よ、大丈夫!プレゼントは凛に付き合ってもらって用意してるし、ケーキも注文した。問題ない!」


「そ?なら良いのよ。じゃ、私こっちだから。バイト頑張って。」


「うん、有難う!明日報告するね〜!」


「はいはい、楽しみにしとく。」


「バイバ〜イ!」と真衣は駅へ駆けて行った。


本当に大丈夫かしら?バイト終わったら彼氏の事で頭いっぱいになってそう。


弟君がちゃんと祝われますように。


などと考えながら歩いている内に、目的地に着いた。


自動ドアをくぐり、館内を見渡す。


さすがに昨日の今日じゃ元通りにならないようだ。


本棚が倒れた場所は周囲をロープで封鎖してある。


代わりに読書スペースの一角が児童書コーナーとして使われていた。


そのため子供達で賑わっているが、奥の方には静かに読書や勉強をする大人や学生が居た。


シノノメさんは・・居ない、か。


まあ普通連日なんて来ないよね。


少し残念に思ったが仕方ない。


そう都合良く会えるわけではないだろう。


さて、探すか。


「え〜と、アイラ、アイラ・・・あった。」


後はこれを借りて、昨日のを返却すれば終わりね。


思ったより早く済んだなーと思いつつ、カウンターへ持って行った。


「すみません。貸し出しでこれお願いします。こっちは返却で。」


「はい、お預かりしますね。」


司書さんがピッとバーコードを読み取る。


今日は木村さん居ないのかな。キョロキョロと辺りを見回していると、入り口の自動ドアが開いた。


「あ。」

 

思ったより響いてしまった声に、慌てて口を塞ぐ。


その声に気付いたのか、彼はこっちを向いて歩き出す。


「や。具合はどう?」


「シノノメさん・・・あ、おかげさまで良くなりました。有難うございます。」


「それは良かった。」


ニコッと微笑むと、そのままカウンターの本へ視線を移す。


「あれ?この本。」


「あ、昨日これだけ気になって借りたんです。」


と、宇宙犬の本を見ながら答える。


「へ〜。宇宙に興味あるの?」


「いえ、そういうわけでは。でも小見出しが気になっちゃって。」


「小見出し?」


「はい。クドリャフカっていう犬の。」


「ああ、それね。・・・そっか。」


「?はい。」


ほんのわずかだけ彼の表情が曇ったように見えた。


しかし、すぐににこやかな顔に戻っている。


気のせい、かな。


「お客様。」


「はいっ。」


「こちらは6月29日までの貸し出しとなっております。」


「はい、有難うございます。」


司書さんから本を受け取り、鞄にしまう。


「ごめんね、引き止めちゃって。」


申し訳なさそうに言う。


いえ、全く。むしろ声かけてもらえた。


「いえっ、あの。シノノメさんは今日、図書館の後にご予定とかありますか?」


「ん?特にないけど。」


「もしご迷惑でなければ、シノノメさんの用事が終わるまで待ってるので近くのアイス屋さんに行きませんか?」


これは図々しすぎただろうか。でもお礼のチャンス。


「え〜っと、嬉しいんだけど、課題があるから1時間はかかちゃうんだよね。」


何だ。1時間なんて読書すればあっという間だわ。幸いここは図書館だし。


「構いません。」


何よりここで引くわけにはいかない。お礼が缶コーヒーだけなんて!


「もしかしてだけど、昨日のお礼とか思ってる?」


うっ。


「それなら缶コーヒーもらったから気にしなくて良いよ。」


あなたが良くても私は良くない。もはや意地である。


「いえ、これは昨日の“お茶”のお礼です。ですから缶コーヒーは関係ありません。」


「え、お茶?いや、そんなの・・」


食い気味に畳み掛ける。


「私がしたいんです。ダメですか?」


昨日分かった事。彼は美形で性格が良くて、気配りが出来て、何よりお人好しだ。


悲しそうな顔で問う。


「あ、うん、分かった。」


勝った!じゃなかった、やった!


「有難うございます!」


「なるべく早く終わらすから待ってて。ごめんね。」


「いいえ、私のわがままですから急がなくて大丈夫です。」


「あはは、ありがと。じゃ後で。」


「はい。」


とりあえず1時間くらいで読めそうなの探さなきゃ。


* *


「ふぅ。」


読み終えて表紙を閉じる。



クスクス。



「えっ?」


バッと横を向くと、シノノメさんが2つ席を置いて座って居た。


「ごめん、ごめん。集中してるみたいだったから。」


全然気付かなかった。


「すみません。お待たせしてしまって。」


「いや、待ってないよ。ていうか待ってもらってたのこっちだし。5分前くらいに終わってね、今来たとこ。」


「そう・・ですか。」


良かった。


「うん、じゃ行こうか。」


「はい。」


一緒に図書館を出て、アイス屋さんへ向かった。


「ここ?」


「はい、この間出来たばっかりなんです。」


「ああ、だから見た事なかったのか。」


知らないって事は近所に住んでるってわけではないのか。


「一応、店内にイートインスペースがあるんですけど、空いてるかな?」


「ん〜、中は空いてそうだね。」


「そうですね。」


ドアを押して中に入る。


「いらっしゃいませ〜!」


「わ。お客さん女の子しか居ないね。」


「アイス屋さんですからね。」


「俺何か浮いてない?」


「大丈夫ですよ。」


「そう?」


「ご注文はお決まりですか?」


「あ、はい。シノノメさんどれが良いですか?」


「いっぱいあるね。分かんないからオススメで。」


「分かりました。コーンとカップどうします?」


「え、じゃあカップ。」


「すみません、カップでオススメを2つ下さい。」


「かしこまりました。700円になります。」


「あ、お金。」


「いえ、私が払いますので。」


「本当に奢る気だったの?!」


「当然です。」


店員さんにお金を渡しながら言う。


「はい、ちょうどお預かりしました。レシートになります。店内でお召し上がりになられますか?」


「はい。」


「ではお席までお持ちしますので、こちらの番号札でお待ちください。」


「有難うございます。行きましょう。」


「うん。」


奥の角の席に座る。


「席空いてて良かったです。」


「そうだね。でも本当に奢ってもらって良かったの?」


「はい、全く問題ありません。」


「んん〜、では有難く。」


「はい。」


「お待たせしました〜!こちら、オススメの苺ショートケーキのアイスクリームとピスタチオのジェラートになります。」


「有難うございます。」


「ごゆるりとおくつろぎ・・あれ?お客様、昨日もいらっしゃってましたよね。お友達と。今日は彼氏とデートですか?」


あ、ポニーテールの店員さんだ。


「いえっ!違います!」


「そうなんですか?お似合いだと思ったんですが〜。」


「全っ然違います!私の恩人です!」


「あ、え?恩人?・・そうでしたか〜。失礼致しました。ではごゆっくり。」


ポニーテールさんは一礼して戻って行った。


「何か、すいません。」


「ははっ、良いよ。っていうか、すごい否定っぷりだったね!しかも恩人て。」


「うっ、でも事実ですから。」


「そっか。だけどあんなに否定しなくても良いのに。ちょっと傷ついちゃったよ。」


「す、すみません!」


「まあ、いいや。溶けないうちに食べよ。」


「はい、どちらにされますか?選んで下さい。」


全く傷ついたようには見えず、可笑しそうに笑っている。いや、ツボりかけている。


「良いの?だったらピスタチオもらおうかな。」


「はい、では苺もらいますね。」


「うん。ね、それってどうなってんの?ショートケーキって言ってたよね。」


「多分、スポンジだと思います。小さく切ったスポンジ生地と苺のアイスが混ぜてあるんです。」


「なるほどね!得体がしれないから食べる勇気なかった。」


「大げさですね。1口食べますか?美味しいですよ。」


掬って口元へ運ぶ。


「えっと・・いただきます。」


心持ちぎこちなく食べた後、私にもジャラートを食べさせてくれた。


「美味しい。有難うございます!」


ピスタチオも悪くないな。甘さ控え目で遥に良いかも。


「あ〜うん、それは良かった。」


シノノメさんは何故か照れながら苦笑いする。器用だな。


その時私はアイスに夢中で、彼が照れるわけも、ポニーテールさんが他の店員さんと「やっぱりカップルよね!」などとキャピキャピしていたのも、それが聞こえて苦笑いしてたのも、全く気付かなかった。


「そういえば、図書館で借りてたのって児童書だよね。兄弟いるの?」


「弟がいますけど、さっきのは違う子に頼まれたんです。」


「親戚の子?」


「ん〜、そんな感じです。」


「?」


「私、養子なんです。だから頼まれたのは、それまでお世話になってた施設の子なんです。」


声に出さずとも驚き全開です!という顔をして、「そうなんだ。」と応える。


「はい。と言っても、その子は私が施設を出た後に来たんですけど。」


「出た後?ずっと施設に通ってるの?」


「月1ですけどね。」


「へ〜。ご両親は知ってるの?」


「もちろん。あ、ちゃんと上手くいってますよ!家族関係が悪くて通ってるわけではないです。」


「そう、何か深読みしちゃってごめん。」


「いえ!違和感が全然ないんです。」


「違和感?」


「私が養子じゃなくて、ずっとそこの子だったみたいに。しっくりくるんです。」


本当に。


きっと言わなきゃ気付かない。誰も疑わない。


「へえ。合ってたんだね。」


「そうなんです!それに、施設に入ってすぐ引き取ってもらえて。私、恵まれてるんです。」


「そっか。」


シノノメさんはテーブルに頬杖をつきながら微笑んで聞いてくれる。


「もともと生みの母は研究ばっかりで構ってはくれなかったし、父は私が生まれてすぐ亡くなったみたいなんです。だから記憶になくて。」


「研究?」


「化学研究所で働いてたかと。でも12年前に事故があって。」


「12年前?」


え、何。突然雰囲気が変わった?


「は、い。爆発事故に巻き込まれたらしくて。」


「ーーーっ!」


明らかに動揺している。知ってたのかな、事故の事。


「あの、どうかしましたか?」


「あ、いや。ねえ、生みのお母さんの名前って分かる。」


恐い顔、本当にどうしたんだろう。


「ええ、分かりますけど・・・京香っていうんです。」


「きょう、か。」


「はい。本当に大丈夫ですか?顔色がっ。」


呆然とする彼に訊く。


「12年前のその事故で亡くなったの。」


「そうです。」


「・・そう。」


「あの人と知り合いなんですか?」


「えっ、いや違うよ。ちょうど小学校に上がったばっかの時だったから覚えてただけ。」


そうは思えないけど。でも知り合いだとは思えないし、考え過ぎ?


「そうだったんですか。」


「うん、でもそっか大変だったんだね。素敵な家族に引き取ってもらえて良かった。」


「有難うございます。あ、そうだ!訊きたかった事があるんです。」


「何?」


いつものシノノメさんに戻ったみたい。


「昨日助けていただいた時の事、私覚えてなくて。」


「そうなの、まあ無理もないよ。」


「それはそうなんですが、そこだけ切り取られたようにないんです。」


「・・へえ。」


「だから、教えて欲しくて。」


「何を。」


「どうやってシノノメさんが私を助けてくれたのか、です。」


「どうって、慌てて君を抱きかかえただけだけど。」


それがどうしたの?と言わんばかりに彼は答える。


「そうじゃなくて、私が振り向いた時には視界いっぱいに本棚が迫ってたんです。その前に人影はありませんでしたし、ぶつかった子供だけで。司書の木村さんも、あなたが突然現れたって言ってました。」


「そう見えただけだよ。」


「私もあなたを見てません。それに児童書コーナーに用があるとは思えません。」


「運良く通りかかったから。君も木村さんもとっさの事でパニックになってたんじゃない?」


「青白い光・・。」


「え?」


「何も覚えてないんですけど、青白い光だけは頭に浮かぶんです。」


「・・・。」


そう。昔見たあれに似ている。寂しくて出かけたあの人の跡をつけた時だった。


白衣を着た男の人と落ち合うと、白い光で包まれて突然消えた。


「小さい時、不思議な体験をしてるんです。白い光に包まれて、人が突然消えたって言う。」


「へえ!それはすごいね。どんなトリックだろう。」


「気になりますよね。昨日と一緒です。」


「・・・・。俺はマジシャンじゃないから分からないな。昨日は奇跡的に間に合っただけだし。」


でも、私はっ。


「シノノメさん。魔法使いって信じますか?」


「っ、どうしたの?急に。意外とそういうの信じる系?」


「はい。」


「・・・魔法使いなんて空想の世界だよ。」


彼は呆れたように言う。


「幽霊が居ると思いますか?私は居ると思います。」


「ん〜まあ、幽霊は居るかもね。」


「では、魔法使いが居ないとは言い切れません。」


「どうして?幽霊は現実に存在した人が元だけど、魔法使いは存在しないよ。」


「何故言い切れますか。世の中には超能力者と呼ばれる者がありますよね。インチキばかりでしょうが、中には本物が居るはずです。歴史に名を残した予言者はその1人ではないでしょうか?」


「はあ。それで?」


「超能力が在るなら、魔法も在るとは思いませんか?あるいは、魔法も超能力の一種。逆もまたしかりです。」


「魔法、ねえ。」


「いかがですか?」


「俺には理解出来ないね。」


「そう、ですか。私はもしかしたらシノノメさんが魔法使いなのかと。」


彼は私の瞳を見ながら言う。


「違うよ、“俺は”魔法使いじゃない。」


今、何か違和感が。


「残念です。」


「にしても、君からそんなファンシーな言葉が出てくるとはね〜。」


「すみません。」


少し残っていたアイスはほとんど溶けていた。


「何で俺に話したの?」


「・・本当に魔法使いかもしれないと思ったんです。もし、そうだったら分かるかもって。」


溶けてしまったアイスをグリグリかき混ぜる。


「分かる?」


「はい。アイス、溶けちゃいましたね。」


「え、ああ・・俺もだ。」


「分かると思ったんです。あの人が残したデータの意味が。」


「・・・今、何て?」


「ですから、意味が分かるかと。」


「あの人って、亡くなった生みのお母さん?」


「はい。」


「データって何。」


「?あの人が事故で亡くなる日に、USBを預かったんです。」


「ーー!それを誰かに訊かれたり話したりした?」


何?やっぱりシノノメさんはあの人と関わりがあるの?


「誰にも話してないですけど、施設で暮らしてた頃に何か聞いたり、預かってたりするものはないかって同じ研究所の人に。」


「渡したのっ?!」


「い、いいえっ。誰にも渡しちゃダメって言われてたので。」


「・・・そう。今それはどこに。」


「家にありますけど。」


「中身は見た・・・んだよね。」


「ええ、さっぱりでしたけど。あの人の事、知ってるんですね。」


「・・・ああ。知ってるよ。」


知ってた。でも最初知らないと言ったのにあっさり認めるのね。どうして隠したのかしら。


「じゃあ、シノノメさんは・・」


「魔法使いじゃないよ。それは嘘じゃない。ごめんね?さっきは。」


「そう、ですか。」


「うん。ある意味魔法みたいだけど、ね。」


「どういう事ですか?」


「陰陽術だよ。」


「陰陽術?ってことは、陰陽師?!」


「まあ、そんな感じ。青白い光も術の1つだよ。」


「術・・昔見た白い光も。」


「いや、それは多分魔法。」


「へっ。」


あるの?魔法!


「うん、魔法。」


「魔法。」


「そっか、君が京香さんのね〜。」


「えっと、どういう?」


「少し話した事があるだけだよ。研究所に言った事があったから。」


「なるほど。よく覚えてましたね。」


「まあね。で、話戻るけどさ。そのUSB、マズいかも。」


「え?」


「本来あるはずのないデータなんだよ。それは。」


あるはずがない?どうして、そんな物をあの人が。


「つまり?」


「喉から手が出るほど欲しいだろうね。一部の人には。」


「そんなに?」


「君は、危ないかもね。」


嘘、でしょ。


* *

 

 1人の男がベンチに腰掛け、電話をかけた。


「あ、もしもし?見つかりましたよ。やはり彼女の娘が持っていました。」


「ーーーー、ーーーーーー。ーーー。」


「はい、はい。了解です。では。ーーふぅ〜、さて神崎 凛と一緒に居るのは誰かな?どっかで見た事あるんだよな〜。・・陰陽師、ねえ?」


男は何か小さく唱えた後、凛と蓮が居るアイス屋を眺めた。


そして、白い光を放った瞬間、



男の姿はどこにもなかった。















































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