標題 日常
遡る事10分前、授業終了を知らせるチャイムが鳴り、お昼休みに入った時だった。
友人の榊 真衣がお弁当を広げながら告げた。
「凛ちゃん、私彼氏できた。」
少しの驚きを胸に、彼女は口を開く。
「…そう。おめでとう。」
「有難う〜‼︎ 前にバイト先にいいな〜って思ってる人居るって言ったじゃない?
その人と付き合う事になったの!」
「あぁ、駅前のカフェの大学生ね。良かったじゃない。」
「うん、うん!有難う〜‼︎」
幸せオーラを振りまく友人に笑みを浮かべる。
彼女に対して真衣は、いかに恋が素晴らしいかを解く。
そして話は冒頭に戻るのだ。
彼女、神崎 凛は友人の真衣に恋について熱弁され、自分なりの考えをまとめ今に至る。
それを真衣に話し、「凛ちゃんってほんと冷めてるわ。」と苦笑された。
何故苦笑いされなければならないのかと少しムッとしつつ、凛はお弁当に箸を伸ばす。
* *
そんなにいいものかしら。恋をしない事はおかしい事?
どうして好きな人とみんな出会えるのだろう。
クラスにも彼氏、彼女を持つ人が1/3ほど居るが、まさかそこに真衣が加わるとは…。
まぁ、もともと恋愛に興味がないわけでなく、以前から気になる人が居るとは聞いていたから時間の問題でもあったが。
「ねぇ、これから帰りはどうする?彼氏さんと帰るの?」
すると真衣は両手をぶんぶん振って否定した。
「ぅううん!樹くん…あ、彼氏の名前ね。
樹くんは大学生だし、時間がちょっと違うから。それに必修がたくさんあるみたいで忙しそうなの。だから迎えに来てなんて言えるわけないし、悪いよ。」
「…そっか。私達は高校生だから時間割決まってるけど、大学生は自分で組むから仕方ないね。」
「そうなの!だから同じシフトの時がすごく幸せ!あぁ〜でもでも、週末とか会えるかな?忙しいよね?でもデートしたいし。
う〜ん。ね、週末会いたいって言ってもいいかな?迷惑かな?」
いや、付き合い始めたならシフトの時間しか会えないっておかしいでしょ。
というか時間外で会うのが普通じゃないの。
などと当然のツッコミを入れたかったが、真衣は忙しいのに迷惑じゃないか、鬱陶しく思われないかで頭がいっぱいのようで、今これを言っても彼女は納得しないだろう。
「そうね、でも毎週は無理でも空いてる日にデートしたいって言えば、どこかの週末に予定入れてくれるんじゃない?」
「そうかな?」
「だって恋人なわけだし、バイト先で会うのはデートじゃないわ。その樹さん?だって、彼女とデートしたいはず。」
「ほんと?そう思ってくれてるかな?」
「私が彼氏だったらそう思うわ。」
そもそも私に恋人がいた事がないけれど。
「そっかぁ。うん。そうだよね!
次のバイトで誘ってみる!なんか凛ちゃんが言うと説得力があるっていうか、そうしよう!って思えるの。あぁ〜スッキリした。
お昼終わっちゃうからお弁当食べよ♪」
「なら良かった。あと私はほとんど食べ終わってるわ。あんたがちまちま食べてる間に。」
きっと私じゃなくてもこう答えるでしょ。
まぁ本人がいいならそれでいいけど。
「えっ。凛ちゃん早い〜!食べ終わるまで待っててぇ。」
「はいはい。待ってるから早く食べなさい。チャイム鳴るわよ。」
「ほんとだ。あと7分しかない!」などと真衣が慌てて食べるのを横目に、私は次の授業は何だったかと思い出していた。
* *
学生向けのマンション、アパートが建ち並ぶ一角に葉山荘と書かれた古民家があった。
ジリジリジリジリーーー。
「ゔ〜ん…」と男が小さく唸りながらスマホのアラームをオフにし、もぞもぞとベッドから降りる。
のろのろと身仕度をし、キャンパスバックにノートと筆箱、電子辞書を入れると少し心もとない鍵を開け、部屋を出た。
階段を下りると、家主と思われる老人がテレビを見ながらお茶を飲んでいる。
ふと、お茶をすするのを止め、男に気づいたのか視線を向け、「おぉ、おそよう。篠ノ乃女君。」と声をかけた。
男、篠ノ乃女 蓮は「おそようございます。」とペコリと頭を下げた。
「今日は午後からだったね、お昼食べて行くかい?」
「いや、午後からだからと思ってゆっくりしすぎたんでコンビニ寄って向こうで食べます。」
と篠ノ乃女 蓮は眉を下げながら答えた。
彼は「いってきまーす!」と少し声を張ってドタバタと葉山荘を出た。
* *
「今日はここまでにします。では。」
物理の授業が終わり、帰る準備を始めると隣の席の山田さんが声をかけてきた。
「神崎さん、私達今から市立図書館の近くにできたアイス屋さんに行くんだけど、榊さんも誘って一緒に行かない?」
山田さんの後ろに2人クラスメイトが居た。
鈴木さんと…もう1人の子名前が思い出せない。
「そこジェラートもあるお店よね。気になってたの。真衣に聞いてくるね。」と彼女達に言って席を離れると、スマホとにらめっこをする真衣の前に立った。
「真衣、山田さん達に最近出来たアイス屋に誘われたんだけど行かない?」
彼女はにらめっこを止め、時計を見た。
「2時間ちょいなら時間あるから行く!」
「じゃ、さっさと荷物まとめて行くわよ。」
「は〜い!」と返事をするといそいそと準備を始めた。
席に戻って真衣も行くと山田さんに伝えると、鞄を持ってみんなで教室を出た。
ちょうど図書館にも行きたかったし帰りに寄ろうと考えながら、靴に履き替えた。
道中は、何味を食べるか、授業についてなど話したが、1番盛り上がったのは真衣に彼氏が出来た話題だった。
この調子だと今日はもうこの話しかしないだろう。
質問攻めにあっている真衣を見ながら、そんなに恋バナは気になるものかしら。と1人ズレた事を考えているうちに目的地に着いた。
出来たばかりなお店だけあって、学校帰りの学生や、小さい子供を連れたお母さんが列をなしていた。
「平日だから大丈夫だと思ったけど、けっこう並んでるねー。」
と、山田さんががっかりしながら言った。
「そうだね。とにかく早く並ぼ!」鈴木さんは山田さんの肩を叩き、小走りで列に並んだ。
後に続くように私達も並び、40分ほど待つと順番が回ってきた。
キャップを被ったポニーテールの店員さんにそれぞれ頼むと、手際よくササっとコーンに盛ってくれた。
私はシチリアレモンのジェラートを。真衣はチョコのアイスクリームを頼んだ。
「おいしぃ〜‼︎」
「ちょっと榊さん、声でかい!」
山田さんが吃驚しながら笑って言う。
つられたようにクスクスみんなで笑い、彼女達と遊ぶのは初めてだったけど悪くないなと感じた。
それぞれのアイスを一口ずつもらい、5種類の味を楽しんだ。
少し得をした気分だ。
それからは相変わらず恋バナに花を咲かせ、ちまちまとジェラートを食べた。
あ、と気づいた時にはもう遅く、ポトっとスカートに小さくシミを作った。
レモンのジェラートだったのが幸いして、目立つようなシミではなかったが、早く処置するに超した事はない。
とりあえず水道はないかと辺りを見渡すがそれらしき物は見当たらず、勿体ないけど水を買うかと近くのコンビニをちらりと見やり溜め息を吐いた。
「ごめん。私ちょっとこぼしちゃったからコンビニで水買ってくる。
他に何か買って来てほしい物とかある?」
「えっ!シミになちゃうよね。んと、水道水道・・・」
「うん。水道ないみたいだし水買うわ。
勿体ないけど、少し使ったらあと飲むし。」
「そっか。あ、じゃぁ紅茶よろしく!」
「OK。他には?」
「私達は大丈夫。」
「じゃ、ちょっといってくるね。」
「いってらっしゃーい!」と手を振る彼女達を背に小走りで向かった。
* *
葉山荘の駐輪場にあるマウンテンバイクに跨がり、勢いよく漕ぎ出した。
「やべっ。急がねぇと昼飯食いっ逸れる!」
通学路にあるコンビニエンスストアの前に自転車を停め、早歩きで店内へ入った。
総菜パンと弁当が陳列された棚を行き来して、じっと眺める。
どちらかで迷っているようだ。
昼時とあって、品揃えはかなり寂しかった。
店内の時計を見て慌てて弁当をとり、レジへ向かった。
「410円になります。こちらは温めますか?」
「いえ。あとこれで。」
とQUOカードを差し出す。
「お預かりします。」とカードと弁当が交換された瞬間、
バッとビニールの取っ手を掴んで自転車へ向かった。
「え。お客様ー!まだこのカード400円残ってますよ!」
しかし、彼はすでに居らず車道の端を走っていた。
大学に着くと学生ホールの空いている席に腰を下ろし、コンビニ弁当をかき込んだ。
校内に設置された自動販売機の方が割安なため、飲み物をここで買う学生は多い。
彼も例外ではなく、500mlペットボトルの緑茶を買いに立ち上がった。
財布を手にして小銭を漁り、QUOカードを忘れた事に気づく。
あからさまにしまった!と顔をしかめ、溜め息を吐いた。
「帰り、取りに行かなきゃ。」
* *
彼女は店内に入ると迷わず飲料水コーナーへ向かった。ミネラルウォーターと頼まれた紅茶を持ち、レジへ並ぶ。
来店を知らせるベルが鳴る。
客は商品を見ることなく一直線に事務作業中で閉じているレジへ向かった。
「すみません、昼間QUOカード忘れちゃったんですが。」
と、申し訳なさそうに店員に話しかけた。
引き継ぎはちゃんとされていたようで、店員はにこやかに「こちらですか?」とカードを見せ客に渡した。
「ありがとうございます!」それを受け取り、少し店内を見渡した後、すぐに店を去った。
「お次のお客様ー」の声に彼女は反応し、ペットボトルを差し出した。
財布を開きながら、先ほどの客のあとを目で追い、すぐに戻した。
* *
目的の物を買い、早歩きで来た道を急ぐ。
横断歩道で信号待ちをしている最中、QUOカードを忘れたらしい客を思い出していた。
長身で整った容姿の青年だった。
格好からするにサラリーマンではないだろうし、大学生だろうか?
同じ高校生には見えなかった。
会計しながら、ふと目で追った時、自動ドアを挟んで彼と瞳が合った気がした。
それもほんの一瞬だったため、気のせいかもしれないが。
などと考えてるうちに信号は青になり、駆け足で渡る。
「ごめん、お待たせ。」
顔の前で手を合わせて軽く謝った。
彼女達は全く気にした様子もなく「大丈夫よ」と笑った。
「はい、真衣お茶。」
「わ〜ぃ!凛ちゃん有難う!シミ大丈夫そう?」
「うん、もともと目立たなかったし。」
私は真衣に頼まれた紅茶を渡し、ミネラルウォーターをハンカチに含ますと、トントンと軽くシミを叩いた。
色も薄く、小さなシミだったため上手いこととれてくれた。
時間が経つと抜け切れてない部分が分かってしまうだろうが、さほど目立たないはずだ。
これでいいかと手を動かすのを止め、終わったと彼女達に知らせた。
「あ!そろそろ時間だから私行くね!」
「榊さん何か用事あるの?」
「うん。明日弟の誕生日だからママとケーキ予約しに行くの!」
「へぇ〜!弟いたんだ!いくつ?」
「明日で14!中2なの。」
そういえばこの間プレゼントの買い出しに付き合わされたけど、明日だったのか。
今朝の彼氏出来ました報告ですっかり忘れてた。
次、真衣の家に行く時お菓子でも持ってってあげようか。
「日も暮れて来たしお開きにする?」と山田さんが言った。
「じゃ、みんなで駅行こう〜!」
「うん、一緒に帰ろ。」
「あ、私そこの図書館寄りたいから先行って。」
「凛ちゃん図書館に用あったの?」
「ええ。だからここでバイバイ、また明日学校で。」
「そっか、また明日ね!ほら、みんな帰るよ〜。」
「神崎さん、お先に!」
「うん。今日は有難う。それから真衣、ゆきさんに宜しく。」
「OK!ママに伝えとくねぇーーーー!」
真衣は叫びながら大きく手を振って駅へと歩いて行き、山田さん達も手を軽く振ってそれに続いた。
彼女達の姿が見えなくなったところで振り返していた手を下げ、図書館に向かった。