あの日の舞台裏
「奏!あの時どうやってワシの背後をとったのか教えてくれ」
そう言って肩をつかんできた祖父に
「失礼ですがどなたか別の方とお間違えじゃないですか?」
ニッコリと笑ってない笑顔でリデルはそう言った。
「ワシにとっては奏は奏じゃ!」
言い張る祖父をあっさりと振り払ってリデルはその場を後にしようとし、
「リ、リデル!」
ようやく足を止めたリデルは振り返ってため息をついた。
ギルド併設の酒場にて、ご飯を食べていた。内容は専ら闘いのことだ。戦闘民族めとぼやきつつ、苦笑する。
正直祖父との試合は楽しくないといえば嘘になる。リデルの相手になる者はそういないからだ。やはり持てる力を尽くせるというのは心地好い。
ーーー現実世界での名で呼ばれなければ。
アンジェと恋仲になってか?精神的に強くなったのか、“奏“と呼ばれたくらいでもう意識を失ったりはしない。多少動揺はするが。
しかし、“真実世界“の自分はリデルなのだ。“奏“を持ち込まれたくなかった。
「のう、か……リデル、あの時の動きについて教えてくれ」
とてもそうはみえない祖父の声で正気に戻る。
「はぁ、仕方ないなぁ」
☆★
「まず、やっちゃいけないのは真っ向から撃ち合うこと。体格差がもろに影響するからね」
祖父の頷く気配を感じとりながら説明を続ける。
「そしてこちらからは数合でけりを付ける必要があった」
この説明には納得がいかないようである。実のところこの世界で祖父を倒すだけならやりようはあるのだ。だが別に退場させたいわけではないし、殺めたいわけじゃなかった。むしろ圧倒的な敗北を刻むことで約束を守らせる、“現実世界“に無理矢理連れ戻されないようにすることの方が重要だったのだ。敢えて言わないけれど。
「そのために必要だったのは、お祖父ちゃんの能力差を把握することと、私の力量を測らせないこと。そのために防戦一方を演じてお祖父ちゃんの刀をいなし続けた。ある程度続けてお祖父ちゃんにも“こんなもんか“と思わせたところで敢えて木々の生い茂るところへ後ずさる振りをした」
「あれがわざとじゃとっ!?」
ひどく驚いた表情をする祖父に頷いて見せながら続ける。
「周囲に木々があれば横に薙ぐのは躊躇うはず。
……普通なら。
でも私やお祖父ちゃんなら構わず切り払えたはず。ところがお祖父ちゃんは直前までの攻防で、最速最強の振り下ろしが有効だと誤認した。その速さが逆に視野を狭めたのを利用したの」
あの時思っていたことをマルッと読まれていた、誘導されていたことを知り、祖父の表情は青くなる。
「普段意識していないけど、私たちが重力に逆らって立っていられるのは無意識で筋力が使われているから。余程姿勢が正しい人なら土踏まずの上に真っすぐ体重を乗せられるだろうけどね。そしてその力を意図的に断つことが私たちはできる。」
「うむ」
「あの時私は右足の力だけを断った。突っ張った左足と折れた右足の差に、上体をうまく“入れる“ことで、視野が狭まったお祖父ちゃんの、さらに見にくい角度へ倒れこみながら身体を回転させ、お祖父ちゃんの刀を回避すると同時に背後に回り込んだってこと。」
ふぅと息を吐いて背もたれに身体を沈めるリデル。言うは易し、実行難易度は非常に高い。
恐らくリデルが言ったように動いたのだろうが、実行したのは刃圏に入るか否かのぎりぎりのところのはずだ。極端に視野が狭まり最早リデルの動きを見てからでは対応がきかない瞬間。
それをものにしたのかと、背中に走ったのは冷たいものか歓喜だったのか。
「さて、と。これを話しちゃった以上もうお祖父ちゃんには勝てないから試合はもうしないよ」
顔を上げるといつのまにかからになっていたリデルの手元と冷めきった自分の前の料理である。
「まさか、あの時見せていた動きが2つ、いや3つも罠だったとはな」
「?まさか、動き全てが罠だったよ。それじゃごちそうさま!」
そう言って駆け出すリデルの先にはいつか自分の前に立ちはだかった勇敢な少女がいた。
「もう勝てない?はんっ。今日言ったことも囮にして闘えるんじゃろうが。」
結局、祖父から決闘を挑まれ続けるリデルだった。




