職場での挨拶
精一杯おめかしして(髪を梳いたり服を悩んだり)、教えてもらった場所へと来たのだ。
一旦息を吐き切って、すぅ~っと息を深く吸い、思い切って入り口をノックした。
「た、たのも~!」
数秒の沈黙の後、入り口が開いて、
「うちは営業は昼からだよ!出直してきな!」
の声とともに無情にも再び閉じられたのだった。
怖る怖る入り口に手をかけてゆるやかに開ける。
「あ、あの~お役所からの斡旋で伺ったんですけど~」
しかし、答える声は無く、静まり返ったままである。
仕方なくソロリソロリと店の中へと入る。
食堂っていうんならやはり厨房だろうか?
恐らく厨房があると思われるほうにいくと、すごい筋肉質の男性が―恐らく仕込だろう―をしていた。
腕を曲げて力を入れてみるが全く盛り上がるようすはない。
私の腕の2倍くらいの太さがあるんじゃないだろうかーっと。
「あ、あの!」
思わず叫ぶように声を出してしまったところでようやく私がいることに気づいたようで、手を止めて男が振り向く。
「ヒィっ」
男性の鋭どい視線に射られて思わず尻もちをついてしまう。
「なんだい!?」
べつの声が聞こえてきて思わず助かった、と思ってしまったのだ。
「私はレイダ、そして旦那のオプシだよ。顔は怖いかもしれないが、取って食いやしないから安心しな」
とガハハと笑ってオプシさんの背中を叩くレイダさん。
「リデルです、お役所からの斡旋できました。」
「あーうん、料理はできるのかい?」
「いいえ。で、でも雑用でもなんでもしますのでよろしくお願いします」
「食堂の掃除に給仕に雑用ってところだね。一応まかないを出すよっていうか、下働きの仕事のひとつだね」
「わ、私、全然つくれませんよぅ」
「そのへんは様子を見てだね。あんた!とりあえずなんか出してやりな」
「え?え?」
「歓迎会なんてやってる暇はないからね。うちの味を覚えてもらうのもかねてね」
オプシさんが無言で渡してくれたのを
「ありがとうございます!」
といって受け取る。
パンにサラダに目玉焼き、かりかりベーコンにスープだ。
普段テキトーにジュールメイトとかをとりあえず口に入れるだけの朝食だったので見ただけでちょっとお腹がいっぱいになりそうだけど、
手を合わせて
「いただきます」
をすると、一緒に席に着いたオプシさんとレイダさんは不思議そうにそれを見た後目を閉じて呟き、食べ始める。
お、おいふぃ
半熟のとろける目玉焼きはシンプルに塩をふりかけたものだが絶妙の日の通りで、甘味の増した黄身とプルプルの白身のコンビネーションがたまりません。
カリッカリのベーコンの香りとサラダも野菜がいいのでしょうか、シャキシャキの歯ごたえと味の濃さが病みつきになりますね。
スープは丁寧に漉してあり、なめらかな食感と優しい甘味です。
本当は目玉焼きは醤油をチーっと垂らしてご飯と食べたいところですが
しかたないですね、と贅沢を言いつつ、パンをちぎってかじりつきます。
「「あっ」」
ガキっ
パンをかじって出るはずのない音がして、口から全身にかけて振動が私を駆け巡ったのでした。