もう一つの現実
町に入るための門が既に視界に入っている街道の脇で一人の少女が泣いていた。
足を横にペタンとつけた、いわゆる女の子座りで、自身の身体を抱くようにしながら。
横を通る商人や旅人が「金をスられて町に入られねぇのか、かわいそうに」とか、「町の外に出て盗賊にでも犯されたのか」と少女を横目に呟きながら町へ、または町から移動する。
「嬢ちゃん、大丈夫かい?何があったかわからねぇが、こんなところで一人でいちゃあ悪いやつらにさらわれちまうぞ」
ついに見かねた一人の男が少女の肩を叩きながら声をかける。
あーなんか、俺が人さらいだと思われちまうんじゃと思ったのは声をかけた後だった。
頼むから悲鳴を上げたりしないでくれよ、と祈りつつ顔を視界に入れる。
薄い金の髪に新緑の瞳に白磁の肌。
泣いてぼろクシャの顔は判断に困るが胸を締め付けるナニカがある。
動揺していたのが治まりはじめて、気づく。
これは悲しくて泣いてるんじゃなくて、嬉しくて泣いてしまったのだと。
迷子だったのが町に無事着くことができたから?
いや、違う。ああそうか、町外れはスタート地点の一つだった。
「ああ、感極まって泣いちまったのか。わかるぜ。俺も他のやつらも初めてこの地に立ったときは1時間近く立ち尽くしちまってたからなぁ。いや、俺は泣いてなんかいねーからな。でもよ、町に入ってうまそーな臭い嗅いで、うめーもんでもまずいもんでも口にして、または風呂に入ってその度に感動して泣いてたらミイラになっちまう。ここは仮想世界なんかじゃない、もう一つの現実さ。ようこそ、エイセスセニスへ。落ち着いたら町の中に入るんだぞ。」
そう言って男は少女の頭をポンポンと撫でると背を向けて立ち去った。
VR(仮想現実)という技術が不完全ながらも登場し始めてきた時に、名前も知られていない小さな組織から発売された機体は他を引き離して完全に現実と同じように感じさせるものだった。
プレイヤーは他のものと別格のものとして”SR(Second Reality《もう一つの現実》)”と読んだ。
その呼び名の最初の名付け親は頑として知れない。
何故ならどのプレイヤーも皆同じようにそう読んだからである。