1-3面
集まった五人で、材料の買出しに自転車で向かう。
自転車通学以外のメンバーは友達に借りているらしい。
高校からは10分位の距離に位置する、所謂普通のスーパーだ。
到着後、部長と副部長、雨川君、私と千裕君の三組に別れ、リストアップされている食材を購入していく。
千裕君というのは、雨川枠外のメンバーである一年生の「藤間 千裕」君だ。
制服を着崩すことなく腰周りの裾もINした清潔感溢れる子で、髪も黒くやや右よりにセンター分けてしている髪が若干目に掛かる程度だ。背は私より若干高いくらいの大きさだ。
ちなみに部長と同じ苗字だが、赤の他人だ。
紛らわしいので名前で呼んで下さいと言われたので、そうしている。
「ナナ先輩は、料理はできるんですか?」
野菜コーナーでキャベツを物色しながら二人で喋る。
「出来なくはない。だが、出来るともいえない」
「どっちなんですか」
今日の料理は、お好み焼きだそうだ。
考えるだけでお腹が空いてきた。
「千裕君、君は具材は何が好きかね?」
「僕は豚玉です。しかも餅とチーズが入れば最強です」
「分かっているじゃないか! じゃあ、リストには無いが、チーズを購入しよう」
「ダメですよ。部長に怒られます」
「大丈夫だ、バレなければ問題ない」
「嫌ですよ!」
私は渋る少年を置いて、さっと乳製品コーナーに行き、そっとチーズを籠に入れた。
ふう、正義は勝つ!
心の汗を一拭きしたところに、部長チームがやって来た。
「部長! ナナ先輩がチーズを購入しようって聞かないんです」
驚愕の表情で振り返る。
裏切ったなっ、少年!
目ざとく籠の中のチーズを見つけた部長は、さっと取り出し、そっと元のコーナーに戻した。
ああ! 私の正義が!
そして、部長が拳を握り締め、私の米神をぐりぐりする。
「予算つーもんがあるんだよっ、余計なことするな」
「ら、らめ! 部長許してください、これ以上は、ら、らめー!」
「黙れっ」
ぐぅで脳天を殴られた。
頭をさすりながら、渋々残りの食材を籠に入れて購入した。
学校に帰ると、先ほど行った家庭科室の隣の部屋が、がやがやしていた。
隣の部屋も調理ができる部屋になっている。
もしや、この人たちが雨川枠の人たちだろうか?
「お前はこっちだ」
部屋の中を覗こうとしていたら、部長にシャツの首根っこをつかまれ、元いた部屋に引きずって行かれた。
反対に、雨川君が部屋を出て行く。
「あっちの部屋は、雨と雨枠の女子専用なんだよ。俺達はこの部屋で調理だ」
「料理は誰が教えるんですか」
「雨が教える。以前は俺も手伝ってたが、誰も聞いちゃくれないからな」
「そうそう、みーんな雨ちゃんしか見てないからね。私なんてちょっと手を繋いでみただけで、物凄い視線で睨まれたの」
設楽副部長が頬を膨らませなが、エプロンをつける。
「そうなんです。しかも、うるさいし、雨川先輩に構ってもらおうと、わざと失敗したりして大変でした」
そんなことがあちこちで起こる部活風景は、なかなかにカオスだ。
「ナナはキャベツ担当だ」
部長が私にキャベツを一玉手渡す。
私は困惑した表情で、部長とキャベツを交互に見やった。
そして、ゴクリと喉をならし、恐る恐る申告した。
「藤間部長。私、箸より重いものを持ったことが無いので、包丁は持てません」
「馬鹿なことを言ってないで、さっさとやれっ」
「いや、大真面目っす」
「やったこと、ないのか?」
「聞いてください。あれは10年以上前のことです」
遠い目をして、過去を思い出す。
「思い返せば、そこはいつも血の海でした。なぜか、完成した料理は全てケチャップ色合い風になり、一生懸命つくたそれを家族は一口も食べることなく、ゴミ箱の前で私はいつも涙を流していました」
「……ナナ、お前」
部長が私を静かに見下ろす。
仮想の涙を拭くふりをして、悲しげに笑ってみせる。
「するとある日、杖を持った魔法使いが、かぼちゃの馬車を用意して、お前も舞踏会へお行きなさいと、痛っ!」
ぐぅで頭を殴られた。
「つまり、不器用なんだな?」
「そうとも言います」
料理好きが高じて料理研究家になった母は、子供達も料理をさせようと、幼い頃から私は英才教育を受けることになる。
しかし、包丁を持てば、血を流し、ピーラーを持てば、血を流し、挟みを持てば……。
刃物が私の天敵だった。
そのほかの工程は難なくやって見せるものの、ある意味、料理の基本である『切る』という行為が出来なかった。だから、母は早々に一人で作らせることを断念し、母や他の兄弟達のお手伝い役として今も活躍している。
「刃物が絡まなければ、任せてください」
えっへんと、小さい胸を張る。
部長は、ため息をつき、切る以外の調理の指示をだしてくれた。
「よっと」
フライパンに流し込んだネタが良い感じに焼けてきたので、空中でひっくり返す。
「ナナちゃん、ほんとにうまいじゃない!」
設楽副部長に拍手をされて、えへへと笑った。
藤間部長も千裕君も、驚いていた。
刃物以外であれば、出来る子なんです。
「まだまだいけますよ!10枚でも100枚でもかかって来なさい!」
「残念だけど、それでお終いよ」
「えー。見てください。この有り余った力を!」
ぶんぶんとフライパンをバットのように振って見せる。
「わかったわかった、後でお姉さんが高い高いしてあげあるから、大人しくしようねー。食べましょう」
もう食べれるというのであれば、大人しくしてしんぜよう。
四人で席につくと、各々ソースなどトッピングを乗せていく。
私もあつあつのお好み焼きに、鰹節を振りかける。
ぐははは、鰹節よ! 踊るがいいわ!
と、恒例のお好み焼きの儀式が済めば、後は食べるだけ。
「お前ら手を合わせろ。よし、頂きます」
部長に続き、私たちも頂きますと続けた。
箸でお好み焼きを割り、ふうふうしながら口に入れる。
ソースのいい香りとマヨネーズの酸味が、食欲をそそる。
もっちりした生地に、キャベツの甘みやたまに出てくる紅しょうがの尖った辛み、そして、カリカリに焼けた豚の食感。
美味しい。
「ナナちゃん、幸せそうだねー」
「ええ、美味しくて幸せです!」
「やっぱり作ったものを美味しそうに食べてもらうのが、作った僕達にしても幸せな瞬間ですよね」
「だな」
美味しいご飯だと、おしゃべりも弾むものだ。
今日始めて会った私たちは、あれこれと途切れることなく会話を重ねる。
それは、とても幸せな時間。
雨川君がここにいないのが残念だ。
時計が18時半を過ぎ、千裕君と最後の一枚を賭けてじゃんけんをし、無事獲得した私は大変満足してお腹を擦った。
「ナナ先輩、そんなに食べて夕食入るんですか?」
愚問だ、少年。
私の燃費の悪さを侮るなよ。
「夕食は別腹だから」
「そんなに食べて、こんなに細いなんて羨ましい」
設楽副部長が私の腰周りを撫でる。
くすぐったいです、ぐふ。
「ナナ。明後日は部活の詳しいことを教えてやるから来るといい。あと、エプロンもってこい」
「はぁーい」
片づけが終わり、鞄を手にすると雨川君が戻ってきた。
「部長、解散しました」
「雨ちゃんお疲れー」
「いつも通り、報告書は来週提出させろよ」
「分かってますよ。永嶋さんは今から帰り? 一緒に帰ろ?」
なんと、望むところだ!
私の通学時間は自転車で片道20分程度だ。
この高校の最寄駅の先にある商店街を抜けた、更に先の住宅街が住まいだ。
雨川君は電車通学だ。
最寄り駅から五つ隣の駅で降りるらしい。
取り合えず、駅前を目指して二人で歩く。
15分足らずの道のりだ。
陽は落ちて、街灯の白い灯りが私たちの道を照らしてくれた。
「女の子達の対応も、雨川君大変そうだね」
「でも、僕がきっかけで料理を好きになってもらえたら嬉しいから」
その高い志は素晴らしいですな。
「永嶋さんは部活楽しかった?」
「楽しかったし、美味しかったし、お腹も一杯になった」
「良かった」
そういえば、何で彼は私を部活に誘ったのだろう。
しかも、枠外で。
「朝や昼にさ、いつも美味しそうに食べているのを見てたんだ。あんまり幸せそうに笑うから、永嶋さんだったら、作るのも好きになってくれるに違いないって思ったんだ」
そんな風に思ってくれていたのか。
嬉しくて、思わずスキップをしたくなる。
「それに、枠外で考えると今年で三年生の二人が抜ければ、千裕と僕の二人になるから、部員も欲しかったし」
なるほどお役に立てたようで、何よりです。
しかも、帰り道までご一緒できるなんて思わぬ特典付だ。
「雨川君、誘ってくれてありがとう。料理は好きだし、部員のみんなも良い人たちだから出来る限り続けようと思うよ」
駅に着き、自転車の籠に乗せていた雨川君の鞄を渡す。
ありがとうといわれたが、自分パシリなんで荷物持ちは当然っす。
「あ、そうだ。でも、今日みんなと食べてて、雨川君がいないのは寂しいなと思ったよ」
あの時の寂しさを正直に雨川君に伝えた。
もっと美味しいものを一緒に食べたいな。
鞄を受け取った彼はふわりと笑って、首を傾げていった。
「僕も君の幸せそうな顔が見れなくて寂しかったよ?」
また明日ねと言って、雨川君は改札口の奥に消えていった。
雨川君の言葉にドキドキした私は顔まで真っ赤になり、立ち漕ぎの猛スピードで自転車を走らせて家に帰った。
家族に指摘された顔の火照りは、急いだせいだと言っておいた。
【小話】ナナとお好み焼き
******************
部長と副部長、そして千裕君とお好み焼きを食べる。
雨川君がいないのは寂しいな。
ちょっとだけ、廊下に出て隣の部屋を伺った。
楽しそうに雨川君を呼ぶ声が聞こえる。
とぼとぼと戻ってきた私を見て、千裕君が言った。
「先輩元気ないですね、僕のお好み焼き食べますか?」
こくり。
少年の気が変わらない内に、お皿から一枚かっぱらう。
しかし、すぐさま取り戻された。
「嘘ですよ。てか、先輩は何枚食べるつもりですか!」
「私は吸引力が変わらない、ただ一人の人間なのだっ」
「掃除機かよ!」
「よし、じゃあ。最後の一枚を掛けて私と勝負しろ、少年!」
「受けて立ちますよ。泣きべそかかないで下さいね」
じゃんけんの5番勝負。
5対0で、私の勝ちっ。
「先輩じゃんけん強すぎ!」
「くくく。食べ物に関して、一切の妥協はしないのだよ!」
こうして、無事獲得した私は大変満足してお腹を擦った。(そして本文へ戻る)