1-(8) 乙女の夢です。
昼休み、ヒロインが渡り廊下への角を曲がった時に、それは起こった。
「!」
「きゃっ?!」
教室に友達を残してきたからか、購買へ急ぐあまり廊下を小走りしていたヒロイン。
彼女は、渡り廊下を渡ってきた人影にぶつかってしまったのだ。
お相手は、
「大丈夫?」
生徒会長・九谷瑞希。
尻餅をついたヒロインに、九谷先輩は優しく手を差し伸べる。
慌てたヒロインは、わたわたしながらその手を取った。
「君、廊下を走ってはいけないよ」
さすが生徒の鏡、生徒会長。
その困った感じの顔で注意されると、反省せずにはいられないわ。
近くの木に止まりながら、私はそのイベントを見ていた。そう、“イベント”なのだ。
私が半日も待って待って待ちまくった出会いイベントなのだ!
しかも、ゲームでは一番最後に出会うはずの九谷先輩とは、ヒロインもなかなか運がいい。
九谷瑞希の出会いイベントは、廊下の角でぶつかるという、一番ポピュラーなものだ。他の攻略対象より会話も少なく、すぐに九谷が側を離れるということで、あまり印象に残らないタイプのイベントである。
しかし、夢見がちな女の子にとっては憧れのシチュレーションであり、一番リプレイされたという噂のイベントでもあった。
このイベントのとき、九谷は知り合いの後輩を訪ねるために渡り廊下を渡ってくる。
この学園では、学年ごとに教室棟が別々になっている。3学年の3つの棟が特別教室棟を囲んでおり、各学年は、他学年の教室に行く場合、隣の教室棟ごとを繋ぐ渡り廊下か、特別教室棟を通って各学年の棟に続く渡り廊下を探し、使うしかない。
購買は特別教室棟の1階にある。ヒロインと九谷先輩がぶつかったのは、特別教室棟と1年教室棟を繋ぐ渡り廊下でのことだった。
「あ、そうだ。君、組は?」
ヒロインを助け起こしてすぐにその場を離れようとしていた九谷先輩は、ふとヒロインに向き直り問いかける。
「ふぇっ?!1年A組小鳥遊優ですっ」
九谷先輩があまりにも勢い良く振り返るもんだから、ヒロインは驚いて聞かれていないことまで話していた。たぶん怒られると思ったんだろな。
そんなヒロインの返事に苦笑を浮かべた九谷先輩は、わずかに首をかしげてた。
「怒らないから安心して。……A組か。じゃぁ、S組の子に知り合いなんている?」
「いえ、いませんけど。誰かにご用事ですか?」
落ち着きを取り戻したのだろうヒロインの言葉に、九谷先輩は首を振る。
「いや、用事って訳ではないのだけど、櫛灘瑠那ちゃんって子に伝言を預かっていてね」
は?
いや、ちょっと待ちましょう九谷先輩。用事のお相手は私ですか?!
なんで?というか伝言は立派な用事では?
感覚同調でしっかり音声を拾っていた私は混乱する。
確かに、九谷先輩は“知り合いの後輩”に用事があってここまで来たのだろうけど、よりにもよってその後輩が私?ゲームでは「誰それ?」な名前が挙がるのに。それとも、後輩で知り合いなら誰でもいいのか?
「じゃぁ、僕はこれで」
うーん?と考え込んでいた私は、九谷先輩の声に我に返る。
見てみると、ペコペコと頭を下げるヒロインに手を振って、九谷先輩はその場を離れていくところだった。
九谷先輩の行く先はもちろんS組。でも、私は今日登校していない。わざわざ来てくれた九谷先輩には悪いが、大切なことなら大和兄が連絡してくれるだろう。
そう考えて、私は今日はもう帰ろうとロッカーに向かおうとした。
「瑠那っ」
呼び止められたが。
うぁ、皆さんどうお過ごしですか。熱にやられて熱中症予備軍の波斗夜です。
暑いですねぇ。尋常じゃないほど暑いですねぇ。34度って何ですか!そんな暑さじゃ、部屋がサウナか蒸し風呂になりますよ!!
さて今回は、「乙女の夢」です。といっても、今時冒頭で主人公とヒロインがぶつかる漫画なんてそう無いですが。まぁ、小さい頃の妄想的なものですよね。
作者自身は、女にもかかわらずちっとも可愛げが無かったので、小学生で普通に「少女マンガより少年マンガの方が好き!」とか言っていましたが。バトルものとか、超能力とか魔法とか、いいですよねぇ。そういうの。
現実味が無いからこそ惹かれるところがあるといいますか、現実に混同できないからこそ現実的に生きていけるというか。
変なことを語ってしまいましたが、次回!!
瑠那を呼び止めたのは誰なのか。果たしてその用は?
九谷先輩の伝言とは。
まぁ、いつも通り期待しないで待っていてください。
いいですか、期待しないでくださいよ。作者はあがり症ですから期待なんてされた翌日には知恵熱を出しますよ!(大げさ)
ではでは次回。