2-(6) 『黄昏の悪魔』との邂逅
大和兄達が情報を聞きに来た次の日。
黄昏の時間が来る前に、私は志斗に連れられて商業区にやって来ていた。
無論、『黄昏の悪魔』と話すためである。
ゲーム内の櫛灘瑠那は、この『黄昏の悪魔』事件で犯人と話すエピソードがあるのだ。持ち前の情報収集能力で犯人の正体に思い当たった瑠那は、これ以上被害が広がらないように忠告をしに現れる。
これはゲームのシナリオで、実際に私が守る必要は無いのだが、私はいつも通りの気まぐれでシナリオを守る事にした。
一般人に知られないよう、志斗に抱きかかえてもらって商業区の建物の屋根を飛ぶように移動する。自立型の志斗はその手足に魔法陣が紋様として刷り込まれていて、普段は見えないが使うときだけ青く光るというハイスペックな人形なのである。
黄昏に近づき、とある建物の屋根に腰掛けていた私は、周辺に張り巡らした感覚の糸に目的の人物が触れたのに気づいた。
同時に、その人物に近づく知り合いの気配も。
「志斗、商業区B-12に向かうよ。あなたは私を降ろした後、大和兄達の足止めに向かいなさい」
「はい」
志斗に抱えられて現場を目指す。
犯人がここに来ることは知っていたが、その微弱な魔法の気配を大和兄達が捕らえるのは予想外だった。もしかしたら四見先輩の知覚を私と同じように張り巡らしていたのかもしれない。
「ストップ志斗。ここでいい」
「では僕は大和様方の足止めに向かいます」
「ちゃんと顔は隠しておいてね」
「了解です」
志斗が身に纏っていたローブのフードを被るのを見て、私は犯人のいる場所を目指した。
◆ ◇ ◆ ◇
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。……」
黒ずくめの格好をした少女は、肩に下げたバッグにサイボーグのパーツを採取していた。
先程から何度も何度も意味の無い謝罪を繰り返し、自分の行動に自己嫌悪する。
ものを入れ終わったバッグを肩にかけ、最後にもう一度呟いた。
「ごめんなさい」
「謝るくらいなら最初からやらなきゃ良いのに」
謝罪の言葉に返ってくる否定の言葉。
すぐさま振り向いた少女は、細い路地の先にいる人物を見つけて目を見開いた。
杖をついた1人の少女。
「誰!」
「櫛灘瑠那っていうの」
誰何の声にそう名乗った少女は、1歩づつ近づいてくる。
その雰囲気に本能的な恐怖を刺激されたのか、漆黒の少女は懐からナイフを取り出し逆手に構えた。
その瞬間ピタリと足を止める瑠那。
「私に刃を向ける?」
呆れたような声音で問う瑠那は、漆黒の少女に向けて言葉の刃を向けた。
「私を殺したら、もうこちらには戻ってこれなくなるよ。ねぇ、小鳥遊優さん?」
「っ?!」
名前を呼ばれた少女が身を固くする。その様子を見ても、眉一つ動かすことなく瑠那は独白のように続けた。
「別に私はあなたを捕まえたいわけじゃないよ。一つ、忠告に来てあげたの。『これ以上被害を増やすな』って」
「あなたに私の何が分かるっ」
「分かりたくも無いわそんなもの」
瑠那は優の叫びをバッサリ切り捨てる。そしてゆがんだ優の顔を見てわずかに肩をすくめた。
「助けてくれとも言わないくせに、自分のことを分かってくれないと許せないの?悲劇のヒロインぶっちゃって。あなた、案外つまらない人なのね」
「助けてくれと叫んだら、あなたは助けてくれるの?」
わずかに希望を滲ませた優の言葉に、瑠那は首を振る。
「私は助けない。でも、そうね。教えてはあげる。あなたがそこから帰って来たいのであれば、生徒会を頼りなさい。きっと助けになってくれるから」
「生徒会?」
「そう」
ちょっと希望を見出したらしい優に、瑠那は笑う。と、ふいに耳元に手をかざして耳を澄ますような仕草をし始めた。
「な、なによ」
「足止めが突破された。あなたも捕まりたくなかったら早くこの場から去りなさい」
瑠那の台詞で、今まで目の前にいる少女によって、自分にとって敵と言える人間が足止めされていたことに気づいたのか。優はお礼を言う暇もなくその場を去った。
◆ ◇ ◆ ◇
時は少し遡る。
その日の授業を終え、大和達生徒会メンバーはパトロールに向かった。2人1組でパートナーを決めた見回り。異変を察知したらすぐに連絡を取り合う事になっている。
今日の大和のパートナーは三海で、2人はときに商業科の生徒に尋ね、彼らしか知らないような裏道まで細かく調べていった。
幾度もの増改築によって入り組んだ商業区は、1歩裏道に入ると容易に出られない迷路と化す。大和も三海と協力して、所々目印を付けつつ奥へ進んでいく。
「大和せんぱーい、こっち異常ありませんー」
「こっちもないよ」
別の路地を覗いていた三海に、大和も頷きを返す。それを見た三海は忌々しげに携帯端末を取り出した。
「大和先輩、もう表通りに戻りましょうよ。ここらへん増改築のせいでマップに記されてないですし、そろそろ戻らないと迷子になりますよ」
「そうだね、そろそろ戻ろう」
建物の間から見える空を見上げた大和は、これ以上暗くなるとわずかに残してきた印が見えなくなると判断した。連日のパトロールにすっかり飽きた雰囲気の三海を促し踵を返す。
2人が表通りに出た直後、大和の端末が自己主張を始める。
「はい、大和です」
『商業区B-12に向かってくれ。智也の知覚に害意が引っかかった』
名乗りもせずに端的に指示を出したのは九谷だ。
2人はすぐさま走り出した。
商業区の形は、正方形に近い形に整備されている。縦横一定の距離で作られた道によってエリアが分けられていて、縦の行でABC横の行で123というように分類される。
商業区B-12とは、主に喫茶店や服飾関係の店が並ぶ区画だった。
待ち合わせによく使われる有名な喫茶店の前で集合した4人は、そのまま四見を先頭に裏路地に入っていく。
3回ほど角を折れ、特徴のいっさい無い方向感覚が狂いそうな壁を睨みつつ歩いていくと、ふいに四見が足を止めた。
前に立っているのは1人のローブを纏った人物。
その人物は一言も発することなく、道の真ん中に突っ立っていた。
「そこをどいてくれないか」
九谷の言葉に返事は無かった。ただその人影は先頭に立つ四見に向けて地を蹴っただけである。
こちらの意識を刈り取ろうと言うのか。すばやい動きで繰り出された手刀に、四見が辛うじて反応する。人影は数回四見と打ち合うと、間合いをとって動かなくなった。
これには大和達も困惑する。様子を見るに、人影は大和達を害そうとしている風には見えない。
ならばなぜ。
そう考えた大和は、そもそも自分達が何のために見回りをし、先程呼び出されたのは何のためだったかに思い至った。
「足止めか?」
大和の呟きに九谷達が反応する。
人影は何も答えず、ただその場に立ち尽くすだけ。
大和は四見の前に出ると、人影に向かって小手調べに軽く魔法を放った。
「大和!」
「相手は敵です」
九谷が上げた避難の声に淡々と返し相手の出方を見る。
人影は、ただただ手刀を地面と水平に薙いだだけだった。身体強化の類か、はたまた違う魔法か。それだけで小手調べに放った魔法は掻き消える。
相手の技量は。じりじりと間合いを計る大和は、人影がふいに肩を揺らしたのを見咎めた。次いで人影が勢い良く振り返る。まるで何かの危険を察知したように。。
大和はその隙を見逃さず大きく踏み込むと、相手の肩に向けて掌底を打ち込みながら魔法を発動した。手加減なしの魔力の爆発に、人影のローブが破れ腕がおかしな方を向く。
人影はもう1度何かを気にする様子を見せ、姿を消した。
その後大和達が現場にたどり着いたときには、すでにサイボーグが壊されていて、その周りに人の気配は無かった。
やっと出てきました『黄昏の悪魔』。
正体は優ちゃん。この子ヒロインだけど悪役サイドです。
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