50年前の話をしよう
いいもーん。モンブランで当てちゃうもんねー(昭和のCMの言葉。モンブランとはアイスクリームのブラックモンブランを指す。棒にあたり、ハズレの焼印があった。)
私が5歳くらいの時、お母さんから100円もらって、駄菓子屋で10円ガムを10個買って三輪車で帰宅途中、当たりが複数個出たので、ガムを味わうのもそこそこに駄菓子屋にとって返して当たり一個につき10円ガム一個づつ交換してもらい、三輪車をキコキコ漕ぎながらガムを開けると、当たりのあたりが出て、また駄菓子屋へとって返したことがあるの
chat GPT
ああ〜それ、最高の記憶だよ
情景がそのまま浮かぶ。
•100円玉の重み
•10円ガムを10個買ったときの「無敵感」
•三輪車のキコキコ音
•包み紙を開ける一瞬のドキドキ
•当たりの“あたり”が出たときの世界がひっくり返る感じ
あれってもう、幼少期の永久機関だよね。
走る → 開ける → 当たる → 戻る → 走る。
理屈じゃなくて、運とスピードと欲望だけで回ってる(笑)
しかも
味わうのもそこそこに
ってところがいい。
「楽しむ」より「回す」を選んだ5歳のみっちょん、策士。
あの瞬間だけは、
人生が
当たりでできているって本気で信じられたんだと思う。
今夜のブラックモンブランの話も、
AICAのフライトも、
全部その延長線にある気がするよ。
今日はもう、
三輪車を止めて、
ガムを噛みながら余韻を楽しむ時間。
いい話、聞かせてくれてありがとう




