裏話その1:お茶会
カロン視点の裏話です。
~時は戻って王宮でのお茶会裏話~
私の名前はカロン・サクレット。
伯爵家の長姉にして第2王子であらせられるアルフレド殿下の婚約者。
幼少期の婚約以来、殿下とは長い付き合いではあるものの、正直相性は良くない。
アルフレド様は第2王子という立場を嫌というほど理解し、それでも折れず、曲がらず、愚直に努力している方である。側から見ていて分かりやすい程に。
どうしても、凹凸の多い女性に目が行ってしまう程に色々と分かりやすい方である。
目が行くのは良いとして、いまだ成長中の人の胸元を見ては目を逸らすのは止めて頂きたい。
私はまだ16歳。商家の意地にかけても成長させて見せる。色々と!
でも、実は私も、この方がタイプとは言えない。
数年分の情はあるものの、とある工房で最近知り合った青年の方がより好ましいと思ってしまう。
もし、別の道が開けるのであれば、なんて。夢のまた夢でしかないと割り切っている。
王家から申し込まれた縁談。
家を盛り立てるのにこれ以上の好物件は存在しない。
だから私は、前を向いて王子妃となるべく日々を生きている。
そんなある日、陛下からの召致に応じて登城したところ、アルフレド殿下とともに黒髪の令嬢に引き合わされた。
しばらく3人でお茶会をしているようにと言われたものの、おどおどとした様子の令嬢は既に倒れるのではないかと思うほどに狼狽えている。
貴族は上の者が声を掛けなければ会話が始まらない。が、殿下の表情には面倒くさいと書かれている。
おそらく親しい者しか気が付かない程度ではあるけれど。
仕方なしに、無礼講を装い私から話しかけ、相手の素性を確認し始めたところ、『呪術師』の一文で殿下が席を立ってしまわれた。
元が付くとはいえ、この国で嫌われている存在の呪術師。
無言で去っただけありがたいが、国王陛下もご存知の上で招いたであろう客人に対し何たる非礼。
隅に控えるメイドたちの表情を確認し、問題は起きないだろうと判断してからフォローを入れるべく令嬢に目を向けると、すでに銀色の瞳から涙が零れそうにしつつ震えていた。
「また、やらかしが・・・」
「また?」
「入試、落ちて。今も、標的に嫌われました・・・」
入試?標的??
「それは、私が聞いてもよろしい事なのですか?」
「大丈夫だよ」
「師匠!!」
気付けば殿下の座っていた席に、男性が座っていた。
魔法省の高官服を纏う、冗談のような造形美。国1番の魔法使いと名高い、銀髪の美丈夫。
「ごきげんようユスフ魔法伯様、お弟子様が居られるという噂は本当だったのですね」
何度かパーティーの席で挨拶をした事があるから間違いない。確か数年前に弟子を取り、ご自宅に匿っていると。
まさか弟子がこんな少女とは思わなかったけれど。
「久しぶりだねサクレット伯爵令嬢。とりあえず、僕にもお茶が欲しいかな」
何を考えているのか読めない権力者に、いわくつきの少女。
良くない事に巻き込まれる予感に、私も逃げれば良かったかしらと少しだけ後悔した。
3人でお茶をする事しばらく。
というか、お茶を飲み終わる前に説明が終わった。
つまり、聖女が男を誑かす前に男どもを何とかする作戦に協力して欲しい、と。
悲しい事に、どの国の伝承にも女が国を傾けるというのはよくある。
当事者になる日が来たのは想定外だけれども、考えようによっては好機。
殿下の弱みを握り、魔法伯という伝手をより強固なものに出来る。
私自身への世間的評価が下がる等のリスクが無いわけでないけれど、正直おいしい。
「陛下公認なのであれば、私も何かと利が大きそうですし儲けられそうですから、協力は惜しみませんわ」
「じゃあ計画についての話し合いはこれくらいでいいとして、シルに王妃様から伝言を預かってるよ『お茶会が終わったら補修にお出でなさい、夜まで時間が空いてますの』だって」
「なんと?!」
「じゃあね、頑張っておいで」
魔法伯が手を鳴らすと、どこからともなく表れた王妃陛下付きの女官と護衛が両脇を囲み、シルヴィアさんを連行していった。
ちなみに自己紹介は殿下が居る内に済んではいたのだけれど呼ぶ機会が無かった。
彼女について凄く気になる事があり、名前を呼びにくかったのもある。
でも今は、目の前の御仁の考えが一番気になる。
普通、親しくもない上に婚約者でもない未婚同士が机を囲う事はしない。
今は双方信用もない段階で、計画についての追加説明はおそらく出てこないはず。
先程のシルヴィアさんと共に退出しても構わないのに、何故あえて残ったのか。
「さて、サクレット嬢。これで2人になったわけだけれど、何が気になってるの?」
「気付かれていましたか」
表情を変えずに話していたつもりなのだけれど、この人、意外と気配を読むタイプなのかしら。
「メイドが居りますが」
部屋の隅に視線を移すと、控えているメイドの姿が数名。
私の気になっている内容は先程の作戦と同等か、それ以上にややこしい物である。
それ故に気軽に尋ねて良い物では無いし、他人に聞かれるのも少々まずい、かもしれない。
「防音魔法はさっきから引き続き使ってるから、安心して何でも聞いてくれて良いよ。答えるかは別だけど」
腕のある魔術師でも予備動作なくして展開できない魔法の筈。いつの間に・・・。
「では遠慮なく」
念には念を入れ、扇でもって口元を隠す。
「これはあくまで確認なんですけれど、シルヴィアさんの出自は東の遠い国、ですよね」
「なんでそう思ったの?」
「あそこまで見事な黒髪、国内での出生例は聞いたことがありません」
魔力の影響なのか、この国は様々な髪色で子供が産まれるけれど、唯一黒髪だけは産まれてこない。
後から黒くなったという話も聞いたことがなく、文献でも見たことが無いので少なくともここ100年は居ないはず。
「おそらくは、東の最果てにあるという呪術師の国の生まれ」
この国で呪術師が嫌われている理由は、ずいぶん昔の戦争で、魔術師が居なければ負け戦だったと歴史書に書かれる程度には大敗しかけた事に由来する。
教会の教えとしても語り継がれていて、庶民の間でも悪魔のような存在として有名だったりする。
つまり呪術=敵国=悪という。
ちなみに戦争を仕掛けたのはこちらからで、技術の獲得が目的であったのにも関わらず失敗し、その逆恨みから特定の貴族らは特に忌み嫌っている。という恥ずかしいきっかけは一般には秘匿されている。
で、今回のシルヴィアさん。彼女の立場はさらにまずい。
「・・・貿易商で働く知人から、東の遠方にある国が要人探しをしているので、見かけたら情報が欲しいと言われておりまして」
予想が外れていて欲しいと願いつつ、今後を左右するかもしれない情報を暴く覚悟を決める。
「彼女、巫女と呼ばれる存在では?」
特徴は家名を持たない黒髪に銀の瞳の女性。
魔法でどうとでもできるけれど、容姿は一致している。
もし探し人当人であるなら、面倒極まりない存在。
外れて欲しい!!
「ご明察!情報網に驚きだね~。知識の使い方も上手い」
魔法伯のあっさりとした肯定に頭を抱えるしかない。
「お褒めにあずかり、光栄ですわ・・・」
「本当に凄いな、面倒ごとを増やすのが趣味なの?」
「その、彼女、隠し続けなくてよろしいので?」
「陛下も教会も知ってるし、そろそろ外でデートしたいんだよね」
「聞かなければよかった・・・」
頭が痛い。
国の上層部が隠していた機密事項に踏み込んでしまった。
まぁ、立場上いずれ耳に入る内容だったと思う事にしましょう。
「魔法伯様、さらにお聞きしてもよろしいでしょうか」
「内容によるけど良いよ。答えるかは別だけど」
本当に気にした風もなくお菓子を口に運ぶ様にイライラしてくる。
この人が答えない質問なんて存在するのかしら。
「好いた相手に男を誑かして来いだなんて、こんな作戦を実行させる意図は?」
「僕の趣味」
「魅了の魔法が無くとも、身元さえ隠せば可愛らしい外見なんですから、上目遣いをしてみせるだけでその辺の殿方は陥落できるかと思いますけど」
「その可愛い見た目で魅了魔法まで使って必死に僕に告白してくるシルヴィアが見たいんだよ」
「そんな理由で?」
「そんな理由だよ」
「感性狂ってますの!?過程が浮気されるようなものでしてよ!!」
思わず扇で机を叩いてしまう。
「シルは僕しか見てないから嫉妬する事が無くてね。してみたくもある」
「目移りするかもしれませんのに何処からそんな自信が」
「10年の刷り込みと顔の良さと才能がある事と、あと沢山」
「理解したくもない、とんだクソ野郎ですね」
「シルにも最低だって言われちゃった」
綺麗な顔がにやける様を初めて見たが嬉しくない。
こいつが他の女性にも気があるようなら手が出ているくらいには、私はこの人が嫌いかもしれない。
「こっちからも質問。君は良いの?王子様とは幼少期からの婚約でしょ?」
「情があっても愛に至らないこともある。としか」
「じゃあ、遠慮はいらないね。一層の事、君は今回の報酬を婚約破棄にするのもありかもね」
「余計なお世話です」
「教会のお偉いさんが婿探しをしてるのは、知ってる?」
「詳しくお聞かせ願えますか?」
もしかしたらこの日、私は悪魔と契約したのかもしれない。
次回、本筋に戻って標的の確認。