第 7 話 ──装備を整えろ
Fランク探索者になって翌日。
翔太は探索者組合のロビーで、リナと向かい合っていた。
「さて、翔太。探索者になったはいいけど、まだ何も装備がないわよね?」
翔太は自分の服を見下ろした。
来たときに着ていた高校の制服は、さすがに戦闘には向いていない。
「そうですね……ダンジョンに入るには、ちゃんとした装備が必要ですよね」
リナがうなずいた。
「そういうこと。Fランク探索者には初期支度金が支給されるの。
それを使って、最低限の装備を揃えなさい」
リナが差し出した封筒を受け取ると、中にはずっしりとした重みがあった。
「十万マール。これがFランク探索者の支度金よ」
「十万……マール?これって、どのくらいの価値なんですか?」
リナは翔太の疑問に丁寧に答えた。
「ニューヘイマーでは、世界統一通貨『マール』を使ってるの。
昔は地球と同じように各国でバラバラの通貨を使ってたんだけど、ダンジョン資源の取引が世界経済の中心になってからは、世界政府が主導して統一したのよ」
「へえ……」
「この辺りは元々『日本』と呼ばれてたエリアでね。移行のとき、1マール=1円で換算されたの。
自販機のペットボトルが150マールくらい、って言えば分かるかしら」
(すごくわかりやすくて助かった)
「あ、なるほど。じゃあ十万マールって結構な額ですね」
「そういうこと。大事に使いなさいね」
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リナに連れられ、翔太は「探索者通り」と呼ばれる商店街にやってきた。
通りの両側には、武器屋、防具屋、道具屋、薬屋などが立ち並んでいる。
探索者たちが行き交い、活気に満ちていた。
「ここがニューヘイマーで一番大きな探索者向けの商店街よ。
だいたいのものはここで揃うわ」
翔太は周囲を見回した。
ショーウィンドウには、剣や槍、弓などの武器が並んでいる。
だが、よく見ると現代的なデザインのものも多い。
「あれは……ナイフ?」
「タクティカルナイフね。魔力を込めて強化できるタイプ。
ニューヘイマーでは、伝統的な武器と現代的な武器が混在してるの」
翔太は興味深そうに見つめた。
「まずは防具屋に行きましょう。体を守るものが最優先よ」
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防具屋 「鋼鉄の盾」 の扉を開けると、革や金属の匂いが鼻をくすぐった。
壁一面に鎧や防具が並んでいる。
フルプレートのような重装備から、軽量なプロテクターまで様々だ。
「いらっしゃい。探索者さんかい?」
カウンターの奥から、がっしりとした体格の男が現れた。
「ええ。この子、新人のFランクなの。初期装備を探してるのよ」
店主は翔太を上から下までじろじろと見た。
「ふむ……体格は普通。前衛タイプか?」
「はい。前に出て戦うことが多くなると思います」
店主はうなずいた。
「なら、軽装鎧がいいだろう。重すぎると動きが鈍るからな」
店主は奥から一着の防具を持ってきた。
それは、黒いアンダーウェアの上に装着する軽量プロテクターだった。
胸部、背部、肩、肘、膝にプレートが配置されている。
現代のボディアーマーに近いデザインだ。
「これは "軽装戦闘服セット"。魔力強化素材を使っていて、見た目以上に頑丈だ。
動きやすさと防御力のバランスがいい。Fランクにはおすすめだな」
翔太は手に取ってみた。思ったより軽い。
「値段は?」
「三万五千マール」
リナがうなずいた。
「妥当な値段ね。Fランクの定番装備よ」
翔太は決断した。
「これ、ください」
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次に向かったのは武器屋 「陣工房」 だった。
店内には様々な武器が陳列されている。
剣、槍、斧、ハンマー。そして銃のようなものまで。
「銃もあるんですか?」
「魔導銃ね。魔力を弾丸にして撃つタイプよ」
リナは銃のコーナーを指差しながら説明した。
「銃自体に術式が組み込まれてるから、術式を構築するのが苦手な人でも魔法攻撃ができるの。
ただ、弾を魔力で生成するから魔力の消費が激しいし、威力も術式魔法には劣るわ」
「じゃあ、僕には向いてないですね」
「そうね。翔太は術式魔法の才能があるんだから、自分の魔法を磨いた方がいいわ」
「じゃあ、僕には向いてないですね」
「そうね。翔太は術式の才能があるんだから、自分の魔法を磨いた方がいいわ」
翔太はリナの言葉に頷いた。
「はい、分かりました」
「それじゃあ、近接武器を選びましょう。何か使いたい武器はある?」
翔太は考えた。
「剣は……正直、使ったことがなくて」
「当然よね。じゃあ、扱いやすいものを選びましょう」
店員が声をかけてきた。
「初心者の前衛なら、ショートソードかコンバットナイフがおすすめですよ。
取り回しがよくて、訓練も短期間で済みます」
店員は二つの武器を並べた。
一つは、刃渡り五十センチほどのショートソード。
もう一つは、刃渡り二十センチほどのコンバットナイフだ。
翔太は両方を手に取ってみた。
ショートソードはリーチがあるが、少し重い。
コンバットナイフは軽いが、間合いが短い。
「翔太の戦い方だと……」
リナが考え込んだ。
「魔力放出を主体にして、接近戦は補助的に使う感じよね。
なら、軽いナイフの方がいいかも」
翔太はうなずいた。
「僕もそう思います。これをください」
「コンバットナイフ、八千マール。あと、予備にスローイングナイフもどうですか?
三本セットで二千マール」
「じゃあ、それも」
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最後に向かったのは道具屋 「ファイン・グッズ」 だった。
「ここでは消耗品や便利グッズを買うわ。
ダンジョン探索に必要なものは意外と多いのよ」
店内には、ポーションや道具がずらりと並んでいた。
リナがテキパキと商品を選んでいく。
「まず、回復ポーション。小サイズ三本で三千マール。
これは必須よ。怪我したときに飲むの」
「次に、魔力回復薬。小サイズ二本で四千マール。
翔太は魔法をよく使うから、これも必要ね」
「解毒薬、一本千マール。Fランクダンジョンでも毒を持つモンスターがいるから」
「あとは……」
リナは棚から小さな袋を取った。
「マジックポーチ。見た目より多くの物が入る魔法道具よ。
これがあると荷物の持ち運びが楽になるわ。一万五千マール」
翔太は計算した。
防具:35,000マール
コンバットナイフ:8,000マール
スローイングナイフ:2,000マール
回復ポーション×3:3,000マール
魔力回復薬×2:4,000マール
解毒薬×1:1,000マール
マジックポーチ:15,000マール
合計:68,000マール
「残り三万二千マール……」
リナがうなずいた。
「いい感じね。残りは予備費として取っておきなさい。
ダンジョンに入れば報酬が入るから、それで装備を充実させていけばいいわ」
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買い物を終え、翔太は組合の更衣室で新しい装備に着替えた。
鏡に映る自分を見て、翔太は息を呑んだ。
黒い軽装戦闘服に身を包み、腰にはコンバットナイフ。
太ももにはスローイングナイフのホルスター。
背中にはマジックポーチ。
(これが……探索者の姿か)
日本にいた頃の自分とは、まるで別人のようだった。
更衣室を出ると、リナとレオンが待っていた。
「あれ、レオンさん?」
翔太は驚いた。さっきまでリナと二人だったはずだ。
リナがにやりと笑った。
「翔太が着替えてる間に呼んでおいたのよ。
装備を見せたかったし、ちょうどいいかなと思って」
「おお、様になってるじゃない」
レオンは翔太を上から下まで見て、うなずいた。
「悪くない。だが──」
レオンは翔太の腰のナイフを見た。
「武器は持っているだけじゃ意味がない。
明日から、ナイフ術の基礎を教えてやる」
「え、いいんですか?」
「当たり前だ。武器を持って戦い方を知らないのは、丸腰より危険だ」
翔太は頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
リナが手を叩いた。
「じゃあ、明日からはナイフ術の訓練ね。
翔太、ダンジョンデビューまであと少しよ。頑張りなさい」
「はい……!」
翔太は新しい装備を身につけた体に、力がみなぎるのを感じた。
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その夜。
翔太は一人で夜の街を歩いていた。
二つの月が空に浮かび、街を青白く照らしている。
(装備も揃った。あとは訓練を重ねて、ダンジョンに挑むだけだ)
妹の顔が脳裏に浮かぶ。
(美咲……待っててくれ。必ず帰るから)
ふと、翔太は立ち止まった。
路地の奥に、誰かがいる気配がした。
「……誰かいるんですか?」
──沈黙。
翔太は警戒しながら、路地の入口に近づいた。
すると、暗闘の中から声が聞こえた。
「……すごいね、君」
女の子の声だった。
「転移者なのに、もうFランク探索者になったんだ」
翔太は目を凝らした。
路地の奥に、小柄な影が見えた。
短い茶髪に、大きな瞳。
年齢は翔太と同じくらいか、少し下だろうか。
「君は……?」
少女はにっこり笑った。
「私はミア・ハーヴェスト。Fランク探索者よ。
リナ姉から話は聞いてるの。──よろしくね、翔太くん」
翔太は驚いた。
「リナさんの知り合い?」
「そう。今度、一緒にダンジョンに行くことになるかもね」
ミアはひらひらと手を振って、路地の奥へと消えていった。
「また会おうね──!」
翔太は呆然と立ち尽くした。
(なんだったんだ、今の……)
だが、不思議と悪い気はしなかった。
翔太は首を振って、宿への帰路についた。




