第 5 話 ──壁を越えろ
訓練三日目、
「遅い!もう一回!」
レオンの怒号が訓練場に響く。
翔太は息を切らしながら、再び走り出した。
体力トレーニングは二日目から始まったが、その厳しさは想像以上だった。
「はあ……はあ……」
走り込み、腕立て、腹筋、背筋。
さらに魔力放出の訓練が加わる。
「魔力放出は安定してきたな。だが──」
レオンは翔太の前に立った。
「次の段階に進むぞ」
「次の段階……?」
「魔力制御だ。放出するだけじゃなく、魔力を思い通りの形に留める訓練だ」
翔太は首を傾げた。
「形に……留める?」
レオンは手のひらを上に向けた。
そこに淡い光の球が現れた。完璧な球体だ。
それがゆっくりと形を変え、剣の形になった。
「こういうことだ」
翔太は目を見張った。
「すごい……」
「これが出来れば、術式を通して魔法を発動する準備が整う。
だが──お前にはまだ早い」
「えっ……」
「まずは魔力を球体にして維持することからだ。
手のひらの上に、綺麗な球を作れ」
翔太は手のひらを上に向けた。
「球体……やってみます」
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翔太は意識を集中し、手のひらの上に魔力を集めた。
──ぼわっ。
淡い光が現れた。だが──
「……なんだこれ」
それは球体とは程遠い、歪な塊だった。
いびつに膨らんだり、凹んだり、ぐにゃぐにゃと形が定まらない。
「ひでぇな」
レオンが率直に言った。
「くっ……」
翔太はさらに集中した。
だが集中すればするほど、魔力は暴れて形を崩す。
──ぷしゅっ。
光が霧散した。
「三十秒も持たなかったな」
翔太は肩を落とした。
「難しい……放出するのとは全然違う……」
レオンはうなずいた。
「当たり前だ。放出は "出す" だけでいい。
だが制御は "留める" 必要がある。
力の入れ方が全く違う」
リナが横から助け舟を出した。
「コツは、押し出すんじゃなくて包み込むイメージよ。
風船を膨らませるんじゃなくて、水を手で掬うような感じ」
「包み込む……」
翔太は再び挑戦した。
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その日だけで、翔太は五十回以上挑戦した。
だが結果は惨憺たるものだった。
歪な塊が、歪な塊のまま崩れる。
それの繰り返し。
「今日はここまでだ」
レオンが告げた。
翔太はうなだれた。
「すみません……全然ダメでした。球体どころか、形にすらなってない……」
レオンは首を振った。
「焦るな。こういうのは一日で出来るもんじゃない。
毎日続けることで、少しずつ形が整っていく」
リナも笑顔で言った。
「最初から綺麗な球を作れる人なんていないわよ。
私も最初は翔太よりひどかったんだから」
「リナさんより……?」
「そうよ。ぐちゃぐちゃの光の塊で、レオンに "それ何?" って言われたわ」
翔太は少しだけ気持ちが楽になった。
「……明日も頑張ります」
「その意気だ」
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翌日、翔太は再び魔力球の形成に挑戦した。
手のひらの上に光が灯る。
相変わらず歪だが──昨日よりは少しだけマシに見えた。
「おっ……」
少なくとも "塊" ではなく、"球に近い何か" になっている。
「十秒……二十秒……」
リナがカウントする。
「三十秒──」
──ぷしゅっ。
崩れた。
「三十五秒。昨日より伸びたわね」
レオンがうなずいた。
「形も少しマシになった。続けろ」
翔太は拳を握った。
(明日は一分……!)
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「五十二秒!」
リナが声を上げた。
翔太の手のひらには、昨日より丸みを帯びた光が灯っていた。
まだ完璧な球体ではない。
どこか歪で、表面が波打っている。
だが確実に "球" に近づいていた。
「形が整ってきたな」
レオンが認めた。
「はい……! でもまだ歪で……」
「当たり前だ。まだ五日目だぞ。
お前の成長速度は普通より速い」
翔太の目が輝いた。
「本当ですか?」
「嘘は言わん。だが──」
レオンは厳しい目で続けた。
「速いからって油断するな。
素質がある奴ほど、壁にぶつかったとき折れやすい」
「……はい」
翔太は気を引き締めた。
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夕方。
翔太の手のひらには、光の球が浮かんでいた。
まだ微かに歪みはある。
だが──遠目には綺麗な球体に見えるほどになっていた。
「五十秒……」
リナが息を詰めて見守る。
翔太は集中を切らさなかった。
(もっと丸く……もっと安定して……!)
「一分──」
──光の球が、ふわりと安定した。
「一分達成!!」
リナが飛び上がって喜んだ。
翔太は力が抜けて、光を消した。
「やった……やったぞ……!」
レオンは満足そうにうなずいた。
「よくやった。これで魔力制御の基礎は完成だ。
次は形を変える訓練に入れる」
翔太の目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……レオンさん、リナさん……」
レオンは背を向けた。
「泣くな。これからが本番だ」
だが、その声には優しさが滲んでいた。
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その夜。
翔太は一人で訓練場に残り、魔力球の練習を続けていた。
「もっと……もっと綺麗に……」
手のひらの上で、光の球がゆらゆらと揺れる。
ふと、翔太の意識が深く沈んだ。
(光……もっと光を……)
そのとき。
──パァァッ!!
手のひらの光が、突然眩い白に変わった。
球体が弾け、まばゆい光が訓練場を照らす。
「なっ……!?」
翔太は驚いて手を引っ込めた。
光はすぐに消えたが、手のひらの下の地面には焦げた跡が残っていた。
「今の……なんだったんだ……?」
翔太は自分の手を見つめた。
普通の魔力とは明らかに違う。
あれは──光そのものだった。
(僕の中に……何かあるのか……?)
翔太は首を振った。
「……考えても仕方ないか。今度、レオンさんに聞いてみよう」
彼は訓練場を後にした。




