第 2 話 ──異世界ニューヘイマーの街で
二つの月が浮かぶ空を見上げながら、翔太は深く息を吸い込んだ。
空気は澄んでいて、どこか甘い香りが混じっている。
見渡す街並みは、現代日本とほとんど変わらない。
ビルが立ち並び、道路には車が走り、人々が行き交っている。
だが──決定的に違うものがあった。
「……マナが、見える……?」
街全体に、淡い光の粒が漂っている。
それは風に乗るように流れ、建物の隙間を抜け、人々の体を通り抜けていく。
(これが……マナ……?)
黒の悪魔ダリウスから授かった力が、翔太の感覚を鋭くしていた。
「おい、そこの君!」
突然、背後から声が飛んできた。
振り返ると、青い制服を着た女性が立っていた。
肩までの黒髪、鋭い目つき。
腰には警棒のようなもの──いや、魔力が宿った "魔導警棒" が装備されている。
「君、見ない顔だね。観光客? それとも……転移者?」
翔太は一瞬、言葉に詰まった。
「えっと……転移者、です」
女性はため息をついた。
「やっぱり。最近また増えてるのよね。白の女神様が "救済" したって話だけど……」
その言葉に、翔太の胸がざわつく。
白の女神──アリシア。
彼女の "救済" が、実は誘拐であることを翔太は知っている。
「私はリナ・フォルテ。ニューヘイマー警備隊の巡回官よ。治安維持の他に、あなたみたいな転移者の保護と支援をしているの。
転移者はまず "登録所" で身分登録をしないといけないから、とりあえず案内するわ。」
「ありがとうございます」
翔太は頭を下げ、リナの後をついて歩き出した。
街を歩く間、翔太は周囲の光景に目を奪われた。
魔法で動くホログラム広告。
魔力を使って浮遊する配送ドローン。
道端では、魔法で焼き上げる屋台のパンが売られている。
「……すごい世界だな」
「君の世界とは違うの?」
「はい。魔法なんてありませんでした。
あ、でも他はほとんど似たような感じですね。」
リナは少し驚いたように目を丸くした。
「魔法がない世界……? そんな場所が本当にあるのね」
(あるんだよ……白の女神が勝手に誘拐してるだけで)
翔太は心の中で苦笑した。
やがて、二人は大きな建物の前に到着した。
白い石造りの荘厳な建物で、入口には「転移者登録所」と書かれている。
「ここで登録すれば、住居や仕事の斡旋も受けられるわ。
それと──」
リナは翔太の目をじっと見つめた。
「君、マナの流れが見えてるでしょ?」
翔太は驚いた。
「どうして分かるんですか?」
「目つきよ。マナ感知ができる人は、視線が "流れ" を追ってるの。
普通の転移者じゃありえないわ」
リナは腕を組んだ。
「……君、相当な才能があるわよ。
ダンジョン探索者を目指すなら、すぐにでも訓練を受けられるレベル」
翔太の心臓が跳ねた。
(ダンジョン……)
妹を救うためには、ダンジョンを攻略し、マナを集めなければならない。
「リナさん。
ダンジョン探索者になるには、どうすればいいんですか?」
リナは少し驚いたが、すぐに真剣な表情になった。
「……覚悟はあるの?」
「あります。どうしても、やらなきゃいけない理由があるんです」
リナは翔太を見つめ、ゆっくりとうなずいた。
「分かったわ。
なら──私が紹介してあげる。
資源省が管理している "探索者組合" にね。」
翔太の胸が高鳴った。
「探索者組合……?」
「ダンジョン資源は国家の基盤よ。
だから、探索者は "資源省" の管轄なの。
組合はその下部組織で、探索者の登録・訓練・派遣を一括管理してる」
リナは歩き出しながら続けた。
「民間ギルドなんてものは存在しないわ。
ダンジョンは国家資源だから、完全に政府管理よ。
──命を懸ける仕事だけど、やりがいはある」
翔太は拳を握りしめた。
「お願いします。僕を、探索者組合に連れて行ってください」
リナは微笑んだ。
「いいわ。
ようこそ──ニューヘイマーの戦場へ」
翔太の異世界での第一歩が、静かに、しかし確実に動き始めた。
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転移者登録所での手続きを終え、住居の斡旋も受けた後、リナは翔太に声をかけた。
「ねえ、翔太。探索者を目指すって言ってたわよね」
「はい。絶対になりたいんです」
リナは腕を組んで、少し考え込んだ。
「……よし。私があなたのサポート役を引き受けるわ」
「サポート役?」
「探索者組合への手続きとか、訓練の手配とか、右も左もわからないでしょ?
私が面倒見てあげる」
「えっ、そこまでしてくれるんですか?」
「いいのよ。転移者の支援も私の仕事だし。
それに──」
リナは翔太の目を見て、少し笑った。
「君、なんか放っておけないのよね。弟を思い出すというか」
翔太は驚いた。
「弟さんがいるんですか?」
リナの表情が一瞬曇った。
「……昔ね。今はもういないわ」
それ以上は聞けなかった。
「とにかく、明日から忙しくなるわよ。
探索者組合への登録、適性検査、訓練……覚悟しなさい」
「ありがとうございます、リナさん……本当に」
翔太は深く頭を下げた。
見知らぬ世界で、初めて出会った人がこんなに親切にしてくれる。
それだけで、少しだけ心が軽くなった気がした。




