第 1 話 ──白の光と黒の影
高橋翔太は、夜の街を急ぎ足で歩いていた。
冬の冷たい風が制服の隙間から入り込み、体温を奪っていく。それでも足を止めるわけにはいかなかった。
妹の美咲が入院している病院へ向かう途中だった。
「……今日も残業か。バイト先、ほんと人手足りないな」
高校生である翔太は、放課後のほとんどをアルバイトに費やしていた。
美咲の治療費は高額で、両親は既に他界している。
翔太が働かなければ、美咲の治療は続けられない。
それでも、翔太は弱音を吐かなかった。
美咲の笑顔を守るためなら、どんな苦労も耐えられた。
──その瞬間だった。
視界の端で、光が揺らいだ。
「……え?」
街灯の光が歪んだのかと思った。
だが違う。
空間そのものが、まるで水面のように波打っている。
次の瞬間、翔太の足元が崩れ落ちた。
「うわっ──!」
落下感。
視界が白く染まり、音が消える。
息を吸おうとしても、空気がない。
(なにこれ……どこだ……?)
気づけば、翔太は真っ白な空間に立っていた。
上下も左右も分からない。
ただ、白い光が満ちている。
そして──その中心に、ひとりの女性がいた。
白い髪。
白い衣。
白い瞳。
まるで光そのものが人の形を取ったような、神々しい存在。
「……あなたは?」
翔太が問いかけると、女性は微笑んだ。
「恐れないで。私はアリシア。あなたを救いに来た者です」
その声は優しく、温かく、心の奥に直接響くようだった。
「救い……?」
「あなたは "次元の狭間" に迷い込みました。このままでは消えてしまうところでした。ですが、私はあなたを見つけ、こうして保護したのです。あなたを私の世界、"ニューヘイマー" へ向かい入れましょう。」
翔太は混乱しながらも、彼女の言葉に耳を傾けた。
だが、次の瞬間──
白い空間が、黒に染まった。
「……っ!」
翔太の視界が一瞬で暗転し、今度は漆黒の空間に立っていた。
白の光は消え、代わりに冷たい闇が広がる。
そして、闘の中に "それ" はいた。
黒い角。
黒い翼。
黒い衣。
悪魔のような姿をした男。
だが、その瞳だけは不思議なほど澄んでいた。
「驚かせてすまない。時間がない」
男は静かに言った。
「俺の名はダリウス・ノクターン。お前をここに引き寄せた "白の女神" とは違う存在だ」
「白の……女神?」
「そうだ。アリシア・ルミナス。あれは表向きは慈愛の女神だが、実態は違う。お前を含め、多くの者を "誘拐" している」
翔太の心臓が跳ねた。
「誘拐……?」
「お前たちの "感情" を利用するためだ。あの女神は、感情を "マナ" として収穫し、自分の力を肥やしている。お前がこれから行く世界にあるダンジョンと呼ばれる迷宮も、そのための装置だ」
翔太は息を呑んだ。
さっきの白い空間の温かさが、急に冷たく思えた。
「だが──お前には選択肢がある」
ダリウスは翔太に手を伸ばした。
「俺の力を授けよう。お前の体に "魔法をうまく扱える才能" を付与する。
その力でダンジョンを攻略し、マナを集めてくれ」
「……マナを?」
「そうだ。お前が集めたマナは、俺がニューヘイマーに "顕現" するための力になる。
俺が顕現できれば、白の女神の暴走を止められる」
翔太は迷った。
だが、ダリウスは静かに続けた。
「報酬は──お前の妹の病気を完治させる力。そして、お前を元の世界に帰す力だ」
翔太の心臓が強く脈打った。
「……本当に……妹を……?」
「約束する。俺は嘘はつかない
お前が帰宅していた、その瞬間に戻してやる」
その瞳は、悪魔の姿とは裏腹に、真っ直ぐで誠実だった。
翔太は拳を握りしめた。
「……分かった。やるよ。妹を救えるなら……どんな世界だって、戦ってみせる」
ダリウスは微かに微笑んだ。
「いい覚悟だ。では──始めよう」
黒い光が翔太の体を包み込む。
体の奥に、熱い何かが流れ込んでくる。
「これでお前は、ニューヘイマーで戦える」
光が収まると同時に、翔太の視界が再び白く染まった。
──そして、次の瞬間。
翔太は見知らぬ街──しかし見覚えのあるような街の中央に立っていた。
空には二つの月が浮かび、街並みは日本とほとんど変わらない。
だが、空気の中に微かなマナの流れを感じる。
ここが──ニューヘイマー。
翔太の新しい戦いが、今始まった。




