弟を優先する家で苦労する姉はなんとかしたいと足掻く〜身内がこちらを不幸にしたくてうずうずしているから逃げ出したい〜
良くある話ではない気がする。
欲しがり妹というのだったり、姉を虐げる妹だったりは、耳に入っては本で見たことがあると。
それはそれは、お茶会の話題に登り令嬢の場を盛り上げる一端として、好まれている。
対するエンヴィは、家族内にそれに該当する身内が居る。
しかし、妹でも姉でも母親でも義理のなにがしかでもない。
「あれ欲しい」
彼が一言魔法の言葉を唱えれば、エンヴィに与えられたばかりのものは掻っ攫われていく。
女物の持ち物でさえも「あれ、女の子が欲しがってたからあげる」とわざわざ私物から抜き取るのなんて序の口。
女の子はお古を貰ったって喜ばないと思うんだが。
内心思っていても言わなかった。
両親がメタメタに庇い、こちらを理不尽に叱るからだ。
そんなことを一々されていてはなにも言えなくなるのは順当。
エンヴィの弟と看做されているが、扱いは長男だ。
いや、次期当主。
女もなれるにはなれるが、次期当主の指名は現当主が決める。
女でありどうでも良い存在の己が選ばれることは万にひとつもない。
精々跡取り息子になにかあったときのスペア扱い。
今後、両親の進退にもよるけれどね。
ある日弟が友人に自慢された宝石が欲しいと言うので、買おうとしたがあまりの値段に両親は悩む。
そうだ、姉の婚約者にお金が潤沢にある相手を選べば弟の今後も好きなように欲しいものを買い与えられるわ、と。
そのような経緯で彼女の婚約は好き勝手に決められた。
そこには相性も、姉の幸せを考えることもなく。
お見合いと称したお飾りの出来レースでセッティングされたテーブルにて、両者はダンマリをしていた。
相手の男性は商家の子息。
「こんにちは」
「初めまして」
お互いの会話はこんなところだろうか。
2人の会話はやはりぎこちない。
初対面だろうと、今後もこれが続いていく。
今日は見合いの記念にと彼は箱を取り出す。
ここで開けさせて貰い、ゆっくりと包みを剥がして中を見るとパールのネックレスがあって、目が潤む。
人に物を贈られて手元にこんなに長く滞在したのが久しぶりだし、純粋に送られた気持ちが嬉しくて泣きそうになる。
男、ゼインはその様子に驚いていたが、すぐにその顔を引っ込めた。
「そこまで喜んでもらえるなんて」
「本当に嬉しいです。ありがとうございます」
奪われるかもしれないけれど。
また、弟に。
それとなく、弟に盗られて、ではなく自分のものではなくなるかもしれないことを匂わせる。
次の時につけてきてくれと言われたら、手元から無くなっていたりしたら叶わない。
「エンヴィさんと呼んでも?私も是非ゼインと名前で」
「ゼイン様」
「はい。今後とも末長く宜しくお願いします」
と、ぎこちなくもなんとか乗り切った。
色々話した結果、2人は品物の話がよく合うということを知った。
今日はそれだけで大収穫。
ゼインは優しく、手紙でも丁寧にこちらを気遣ってくれた。
お金を持っているからと目をつけられただけあって、毎回ここへ来るたびに有名店の高級なお菓子などを手土産にしてきた。
向こうへ行く時も、なんでも用意してあっていつもこちらを気遣ってくれる。
こんないい人と結婚できるなんて、夢みたい。
二人で少しずつ絆を深め合っていた。
それを見ていたらしい弟がニヤニヤした顔で「男に媚を売るなんて身内として恥ずかしい」などというのだ。
だれのせいで、婚約を締結させることになったのか、知っているくせにそんなことを言う彼の方が恥ずかしくて、誰にも紹介できまい。
エンヴィは弟のことなど無視して、食事をして、部屋へ戻る。
が、不安は胸を支配する。
弟は姉を不幸にすることに喜びを感じているらしく、いつ婚約者との仲を割かれるように親らに言いつけたりするのかという恐怖が張り付く。
簡単に婚約させたのだ。
破棄や解消も簡単にやろうとするだろう。
どうしたらいいのかわからない。
婚約者家に相談してみようか。
親が地雷など、そんな家と関わり合いになどなりたくないのが人の心。
話したとて、うまくいく保証もない。
エンヴィはゼインに思い切って相談することにした。
心臓が早鐘のように打ち、体中の細胞が悲観に震えている。
恐らく、めんどくさい家族と女だと切り捨てられるかもしれない。
打ち震えた。
きっと、捨てられる。
体が後ろへ行きそうになった。
しかし、なんとか足を地面につける。
「そうなのか。大変だったね」
でも、ごめんね。
そう続くのだと俯く。
「なら、結婚を早めようか?」
「……えっ?あ、あの?」
ぴしりと固まる。
恐る恐る顔を上にあげた。
彼は春の花が似合いそうな儚い笑みで、こちらを見遣る。
「君のクソな弟が君を貶めようとしているみたいだね。いけないよそれは。君は僕のなのに」
「ぜ、ぜいん様?」
言葉は舌足らずに回る。
腕を組み、口元を覆う彼の目は怪しく光を放つ。
「僕のものを壊そうとするなんて、いけない弟くんだ」
独り言のように呟く。
こちらの問いかけは、耳に聞こえていないのかもしれない。
数ヶ月後、弟は顔面も体にも青あざを作りボロボロになって三日後に保護されるようなことが起きた。
誘拐事件らしい。
よく、わからないけれど。
「無くなったらしいね?」
弟が見つかった五日後に、経過報告のためにと尋ねてきた婚約者。
「はい……後継者が私に変わりそうなのです」
暗い顔で伝える。
しかし、相手は気にしてない。
「構わないよ。すでに婚姻に関する契約書は作成しているから。君の子供が当主になる。でも、育てるにはここは環境が悪いからご両親達に渡す事はない」
「ほ、本当ですか!?よ、よかった」
安堵している理由は深刻で。
弟は誘拐期間の三日間の間にどうやら永遠の相棒を失ったらしかった。
男の名誉云々の前に貴族なので、当然己にも伝えられた。
その時の両親の顔は悲観に暮れていたが、こちらもどう言えばいいのか。
笑えばいいのかな。
「弟はもう無理なので私の子供をうちで育てると言われて怖かったのですが、そうですか。あの両親に渡したくなかったのでよかったです」
「うん。僕も流石にクズを育てた人達に、息子達を預けるのはしたくないからね」
エンヴィはゼインに何度もその通りだと、同意。
「それにしても、弟がああなって、君にまだその態度ができる親は将来誰が面倒を見てくれるのか、真に理解してないねぇ」
「はい。弟はとてもではないですが、精神的にも動けなくなっていますから」
働く以前に、動けそうにない。
目が虚だ。
ワガママな弟は普通になった。
姉のエンヴィからしたら弟だが、怪物にしか見えなかったのに。
不思議なものだ。
「悲しむか、嬉しがるかと思っていたけど。淡々と受け止めてるね」
「そうですね。家族の情など姉弟で育んでないんです。私はあの子の玩具でしたから。遊ばないおもちゃは動く事など、なくなる。そんな感じではないですか?」
首を傾げた。
「そうだね。もう駄々を捏ねられることはない」
ゼインは笑って、隣に座り直すとエンヴィの頬を摩る。
こちらに目を向けて笑いかけた。
「壊されては直されて、ツギハギにされた部分は直らない。けど、僕はそんなところも好きだからね」
彼は愛おしい目を向けてきて、囁く。
「ゼイン様」
「なにかな」
「壊れたら捨てるのって普通ですよね?実は、うちのお人形達も古くてボロボロなのです」
「新しく用意してあげる」
「本当ですか?ありがとうございます」
この家を出る時、きっと世間体を気にする親達は、お見送りしてくるだろう。
振られる手は彼女を通した時、糸が千切れて。
今にも取れそうになった、フェルトが揺れているように感じるかもしれない。
エンヴィ、エンヴィ、と数ヶ月前にはなかった、己達を助けにきてくれるわよね、という視線を向けてくる目は飛び出したボタン。
彼らは忘れている。
汚くほつれた身の行く先を。
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