9 物まねレスラー誕生
翌日、俺は辰波さんに呼び出されて、池之端のストロングジャパンプロレスの社長室にいた。
来客用の黒革貼りの椅子に座らされると、辰波さんは立ったまま社長机に寄りかかりながら言った。
「小太郎、いいね。一徹さんからはかねがね、いい若手がいるから一度会ってほしいと言われていたんだが、それが小太郎だったんだな。昨日の試合は、新人とは思えないような度肝を抜くファイトだったよ」
辰波さんは上機嫌だった。
「小太郎が言うには、ゼアミの部屋とかいう場所で自分自身のプロレスを注入されたとか」
「……」
あいつ、そんなこと辰波さんに言っていたのか。
「ゼアミの部屋か。わざわざ新吾の部屋の押入れを改修した甲斐があったってわけだな。まあ、いいや。新吾が聞きたいことは、僕がなぜ小太郎と闘ったかということだろう。そう思って今日はわざわざ来てもらったんだ」
図星だった。
辰波さんは、興奮気味に小太郎のことをしゃべり始めた。
「小太郎は何日か前に、僕のところに直訴に来たんだ。もちろん、事前に一徹さんから連絡があってのことだが。小太郎はここに来るなり、物まねだったらできる。自分がゼアミに変身したらみんなを納得させるファイトができると懸命に訴えてきた。さすがに、ゼアミは新吾の手前無理だろう。そう言ったら、ミック・マーブルのファイトだったら今すぐにでもいけると、自信たっぷりの顔で言ってきた。いったい、どういうことなんだ? そう問いかけると、小太郎は、あやふやな自分自身のファイトは組み立てられないが、自分が見てきたレスラーの試合なら、いつでもいける、絶対まねできるとぬかした。本当にそんなことが可能なのか。僕は、その時の小太郎のあまりにも自身に満ち溢れた顔に、なんだか賭けてみたくなったんだ。だったら、ミック・マーブルのファイトスタイルで僕と闘ってみろ、と。実は僕は、APA世界チャンピオンのマーブルと一度でいいから対戦してみたかったんだ。体格的にも同じで、スピードがあり、レスリングもうまいマーブルとなら、きっと好勝負ができたと思う。当時、APA王座をめぐってマーブルと対戦していたビッグジャパンのタフネス鴨田選手よりも、僕の方がスイングするんじゃないかとひそかに思っていたんだ。マーブルとの対戦は、僕の夢でもあったんだ。昨日の試合で小太郎が自らマーブルのファイトを演じてくれたことで、僕は本当にマーブルと試合をしているかのような、そんな感覚の中で気持ち良く闘えた。小太郎には、これまでのプロレスの常識を超えた新しい可能性があるように思うんだ。自分自身のファイトじゃなくて、過去の名レスラーたちを器用に演じられる役者としての力量っていうんだろうか。まさに、プロ・レスリング・マスターズ・ショップ・匠のコンセプトにぴったりの選手なんじゃないかな。例えば僕が、ビッグ邪馬さんと闘いたいと思ったら、小太郎はビッグ邪馬としてリングに上がって十六文キックを出してくれるかもしれない。タフネス鴨田選手と闘いたいと思ったら、ジャンピングニーパットやテー・ルーズばりのバックドロップを体感できるかもしれない。考えただけでもワクワクするだろう。小太郎との闘いの中には時代を超えたプロレスの醍醐味みたいなものが詰まっているんだよ。小太郎にはそれを開花させてほしいんだ」
辰波さんは、大きく何度もうなずいていた。辰波さんの話す小太郎の可能性については、俺も大いに納得するところだった。
ゼアミの部屋がさっそく役に立ったってわけだ。
その日、辰波さんから正式に、小太郎をPWMS・匠のレスラーとして育成するように依頼された。同時に、辰波さんが一徹さんに電話で、小太郎のストロングジャパンプロレスへの正式な入門を許可するので手続きを済ませるように伝えていた。
電話の向こうで、一徹さんがホッとしている姿が思い浮かんでうれしくなった。