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ゼアミ  作者: がくぞう
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6 プロレスとの出会い

  ふと、腕時計に目をやると、午前三時を過ぎていた。

 そもそもの原因は、親父への反発だった。俺が物心ついた時から、親父はほとんど家にいなかった。久しぶりに帰ってきたかと思うと、数日でまたいなくなってしまう。おふくろはいつも「お父さんは仕事で日本中を飛び回っていて、時には海外にも行ったりしてるんだよ」と自慢げに言って台所で包丁を刻みながら鼻唄を歌っていた。

 俺は中学校に入学すると、柔道部に入った。いや、スカウトされたといったほうが正確だろうか。ガタイのよかった親父に似て、俺もその時には一七〇センチ以上はあった。そんな身体を見込まれて柔道部に入部したんだ。地区予選では敵なしだったが、さすがに全国大会ともなるとレベルが違った。強い奴はいくらでもいた。全国大会では一回戦で負けることもあったが、なぜか、負けても悔しくなかった。柔道なんて俺にとっちゃどうでもよかったんだ。あり余っていた体力や、やりきれない気持ちの憂さを晴らすために柔道をやっていただけで、柔道で強くなろうなんてこれっぽっちも考えてなかった。

 俺が中学生になって、六歳下の妹が小学校に上がった頃から、おふくろは病気がちになって、ちょくちょく家事がままならなくなった。どうにかならないのかと親父に訴えたが、親父は仕事があるからと俺たちを置いて出て行っちまう。俺はその頃から悪仲間とつるむようになった。鬱積した気持ちを晴らすように徹底的に荒れた。 

 そんな時だったかな、プロレスと出会ったのは――。

 毎週金曜、夜八時。ストロングジャパンのプロレス中継――ストロング闘鬼の闘魂ファイトが、俺のむしゃくしゃした気持ちを見事に発散させてくれた。

 その頃の闘鬼さんの必殺技の延髄斬りがさく裂した直後にテレビ中継が終わってしまい、翌日、試合結果にやきもきしながらスポーツ新聞を買いに走ったのが懐かしい。

 まさに闘鬼さんの全盛期だった。俺はNPF世界チャンピオンのベルトをかけて世界の強豪と闘っていた闘鬼さんに心から陶酔していった。ベルトにデザインされていた大きな鷲が印象的なチャンピオンベルト。闘鬼さんには、このNPFのベルトが一番よく似合っていた。いつしか、闘鬼さんの掲げたストロングスタイルっていう言葉が耳に残るようになっていた。その頃は、ストロングスタイルの意味なんか、一度も考えたこともなかったが、ただ単にストロングスタイルっていうプロレスに憧れ続けた。人をぶん殴って蹴り倒して凶器でボコボコにしても英雄になれる。こんなスポーツがあったのか。俺のすさんだ気持ちは、その頃からググっとプロレスに向かっていった。

 その後も、親父の無責任な不在とおふくろの病状は一向に変わらなかった。中学時代を柔道と不良とプロレスに明け暮れた俺にとっちゃ高校受験なんてのはどうでもよかったが、おふくろが青白い顔で高校にだけは行ってくれと涙ながらに訴えるので、とにかく行くしかなかった。頭の悪い俺は手に職をつけるためという、もっともらしい理由で工業高校に何とか滑り込んだ。

 しかし、そこはやんちゃ坊主たちの集まりだった。入学式の日に校門をくぐるなり、いきなり立派すぎるリーゼントにガンつけられたんで、俺はそいつを闘鬼さんばりのプロレス技と柔道技でボコボコにしてやった。しかし、すぐその後に、近くの河原に呼び出された俺は数十人の剃り込み、金髪、ボンタン野郎どもに囲まれてなす術もなく、河原に這いつくばった。おまけにとどめとばかりにプロレス技のボストンクラブで無理やりギブアップを言わされたのは最高の屈辱だった。ストロング闘鬼さんに、ホント、申し訳なかった。おふくろや妹には自転車で派手に転んで怪我をしたと、下手な言い訳をしていた。

 悔しくて仕方なかった。ボストンクラブでギブアップした後、口の中に無理やりすり込まれた河原の砂利をじゃきじゃきと感じながら、初めて「負けちゃいらんねえ」と心の中で叫んでいた。でも、それは単に相手を力でねじ伏せてやりたいという、どうしようもない暴力的な復讐心だけでしかなかった。


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