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ゼアミ  作者: がくぞう
49/52

49 オープン記念のドリームカード

 PWMS・匠の第六回大会の開催をマスコミ関係にファックスで送信したのは、その翌日だった。発表と同時に匠の事務所には問い合わせが殺到した。辰波さんと小太郎は対応に大わらわだった。

 プロレス風姿花伝とプロレス資料館の同時オープン記念大会ということで、入場料は前売りのみの一律五百円という格安設定だった。ただし二試合のみの限定試合で、事前に対戦カードは発表されなかった。この謎めいた大会にファンの興味はヒートアップして、前売り券は発売当日に即完売となった。

 そして、七月二十二日の町屋総合スポーツセンター――会場で発表された対戦カードは、


 第一試合 辰波馨(五二)×贋作・ストロング闘鬼

 第二試合 三刀屋新吾(四三)×般若ヒンコ(三七)


 という、オープン記念にふさわしいドリームカードだった。

 当日は、辰波さんが朝早くからストロングジャパンプロレスの若手連中を借り出して、会場設営から、もぎり、照明・音響、警備など、手作りの興行をすべて体験させていたのが印象的だった。

 その後、試合が始まると、ストロングジャパンの象徴である赤いジャガーのトレーニングウエアに身を包んだ若手連中がエプロンサイドに陣取って、第一試合の攻防を食い入るように見つめていた。普段は小太郎と一緒に道場で汗を流している連中だ。小太郎の贋作・ストロング闘鬼のプロレスをどんな思いで観戦するんだろうか。

 辰波さんとしては、プロレスの師匠であり、ストロングジャパンプロレスの原点でもある闘鬼さんとの闘いを通して、ファンやストロングジャパンの若手レスラーに純粋なストロングスタイルのプロレスを伝えたかったんだと思う。

 そんな辰波さんの気持ちに応えて、贋作・闘鬼は、第一試合でストロングスタイルプロレスのすべてを魅せつけてくれた。しっかりとしたレスリングとグラウンドでの攻防の中で、リバース・インディアンデスロックにコブラツイスト、そして延髄斬りと、往年の闘鬼さんの得意技が要所で繰り出された。一進一退の試合展開の末、気力を振り絞った贋作・闘鬼の卍固めを、必死の形相で振りほどいた辰波さんが時間切れ寸前の五十九分六秒、ドラゴンバックブリーカーからのフィニッシュホールド・ドラゴンスリーパーで、贋作・闘鬼からギブアップを奪い取った。試合後半は、辰波さんも小太郎もフラフラだったが、技と受け身の基本は一度もブレることなく、六十分近くを闘い抜いた。

 鍛えぬかれた肉体同士が、痛みに耐えながら必死になって相手の技を受け、相手に怪我をさせないように技を仕掛ける。プロレスこそが、心技体の極限の中でも相手への礼節を重んじて闘うことのできるキングオブスポーツなんだ。

 第二試合は、俺とヒンコの一騎打ちだ。

 まだ兄妹だと知らないファンからしてみれば、なんで今、この対戦なんだと首をかしげたことだろう。

 入場後の選手コールの時にケロリンからファンに向けて初めて、俺とヒンコが実の兄妹だってことが発表された。最初はみんな何を言ってるのかわからずにポカンとしていたが、そのうち、会場全体がどよめきに震え出した。その後の試合は、否が応でも盛り上がるだろう。

 試合のゴングが鳴った。

 俺はヒンコの繰り出す技をひたすら受け続けた。二十分が経過した頃、攻め疲れで動きが鈍ってきたヒンコを感じ始めた。

 どうすんだよ――技を出し続けながら隈取りの中の眼が困ったように俺に訴えかけていた。

 もうそろそろいいだろう。俺は、ヒンコのパイルドライバーをくらった後、コーナー付近で大の字に倒れた。心の中で「こいっ!」と叫んでいた。

 ヒンコがコーナーポストに登ったのが見えた。俺は、ヒンコの必殺技・殺人フットスタンプを待った。あっという間に、ヒンコのリングシューズが、俺の腹に突き刺さってきた。ヒンコが俺に覆いかぶさる。

 体固めだ。俺はカウント二・九で跳ね返す。大歓声となった。観客が足を踏み鳴らす重低音ストンピングが耳をつんざいた。

 体格の違う男子レスラーに果敢に立ち向かうヒンコの頑張りに、会場全体がヒンココールに包まれた。素顔の三刀屋新吾は、すっかりヒールになっていた。でも、してやったりだった。

 必殺技を返されて呆然としていたヒンコの背中に、俺は素早く回り込むと、プロレス技の芸術品・ジャーマンスープレックスホールドを決めた。四十を超えて柔軟性の無くなったどうしようもない不格好なジャーマンだったが、渾身の一発にスリーカウントが入った。

 悲鳴と大歓声が巻き起こっていた。

 俺は、ヒンコの殺人フットスタンプのさわやかな痛みの残る腹を押さえながらリングの中央に進むと、四方に手を振って大歓声に応えた。

 その時だった。スーツ姿の白髪のおっさんが、ガタイのいい外人連中を引き連れて、突然、リング上に乱入してきた。パンパンにマッチョな奴らが、グロッキー状態でマットに倒れていたヒンコを軽々と肩に担ぎあげると、白髪のおっさんの指示で、あっという間に花道の奥に連れ去っていきやがった。

 あれっ? 白髪頭の野郎――どっかで見たことがあるが……?

 あっ! お前、熱海のおっさんじゃねえのか。

 おいおい、なんでだよ。おっさん、こんなことしてねえで日本の政治を何とかしろよ。意味わかんねえや、ったく。

 でもよ、試合前に発表したばかりの実の妹が、試合後に兄貴の目の前でかっさらわれたんだぜ。プロレス的にこれ以上わかりやすくて興味深いストーリーはねえだろうな。

 その夜、品子から電話があって事の真相を知った。

 熱海のおっさん、地盤を息子に譲って般若ヒンコのマネージャーになるそうだ。たいしたカミングアウトじゃねえか。でも、元大物政治家が女子プロのマネージャーなんて、プロレス的には最高のアングルだ。さすがにブルジョワはスケールが違うよな。まあ、知り合いに金持ちがいるってえのも悪くないから、俺は心から歓迎するけどな。

 こうして、PWMS・匠の第六回大会は大盛況のうちに終わった。

 さあ、来週の土曜は荒川の河川敷公園でビッグジャパンのサマーナイトワンマッチに出場だ。一年前にオリエンタル・ケイジと組んで流血の海に沈めてやったアマ・コジタッグとの遺恨試合の再戦だ。


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