12 小太郎と俺
旗揚げ戦の翌日――。
辰波さんの呼び出しを受けた俺は、池之端のストロングジャパンプロレスの社長室を訪ねた。
辰波さんは満面の笑みで俺を迎え入れてくれた。
「旗揚げ戦、大成功だったよ。本当に新吾と小太郎のおかげだよ」
辰波さんとがっちり握手を交わした後、俺は病院に運ばれた観阿弥の容体をまっ先に訊いた。
「本気で心配してたのか。与作さんにとっちゃ、あんなの朝飯前だよ。これまで前座で何十年も、プロレスのいろはも知らないような新人から想定外の無鉄砲な攻撃を散々受けてきたんだからな。むしろ、プロ中のプロであるゼアミのプロレスなんてすべてお見通しさ」
その通りだった。あれは喧嘩じゃない。プロレスの試合だった。馬鹿な質問をしてしまったと後悔した。でも、なぜか観阿弥の容体が気になってしかたがなかった。枯れ木のように軽かったあの身体。年のせいで肉が落ちただけだろうか。
そこへ、ノックもせずに社長室のドアが勢いよく開いて、小太郎が飛び込んできた。
「寝坊してしまいました! すみませんでした!」
深々と頭を下げる小太郎に、辰波さんは終始笑顔だった。
「おっ、期待の新人、現れたか。物まねプロレスの初出社は遅刻か。さすが、大物のやることは違うな。『ウイークリープロレス』の表紙を飾りそうだな」
小太郎は、社長室にいた俺を見るなりホッとしたような表情をした。
「あっ、新さん、いたんですか。ゼアミのおかげで最高のファイトができました。ありがとうございました」
辰波さんが、デスクの後ろの不忍池の景色を見ながら言った。
「小太郎の贋作シリーズは次も行くよ。もちろん、ゼアミのファイトにも協力してもらいたい。そこに、匠に所属している選手の試合を絡めて自主興行を打って出たい。新しくPWMS・匠のチャンピオンベルトも立ち上げて、タイトル化していきたい。もちろん、要請があれば様々な団体にも出場していくよ」
「おれも、匠の一員なんですね。最高です!」
小太郎が辰波さんにハグをした。
俺も小太郎のように無邪気に辰波さんに抱きつきたい心境だったが、どうしようもない理性が邪魔をしてできなかった。
素直になんでも自分をさらけ出せる小太郎がうらやましかった。プロレスラーとしての表現力は、ゼアミしかやってこなかった不器用な俺なんかよりも小太郎の方がよっぽど上なのかもしれない。