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ゼアミ  作者: がくぞう
10/52

10 贋作レスラー、本格始動!

  観阿弥とゼアミの親子対決といい、小太郎の新たなレスリングスタイルの発掘といい、辰波さんのPWMS・匠に対する意欲は加速度的に興行という形で進んでいった。

 俺は代表でありながら何もできなかったが、あれよあれよという間にPWMS・匠の旗揚げ戦を二か月後に開催することが決まった。

 日時は十二月十日の午後六時。場所は水道橋の小石川ホールだ。

 スポーツ新聞やプロレス雑誌等でPWMS・匠の旗揚げ戦のことが発表されると同時に、町屋土手の匠の事務所には、旗揚げ戦に関する問い合わせが殺到した。ストロングジャパンプロレスの道場でトレーニングする時間など、これっぽっちもなくなっちまった。これまで俺は、何の役にも立たない事務所の電話番にうんざりしていたが、そんな俺に一転して問い合わせの集中攻撃が始まり、まさにへとへとになっていた。旗揚げ戦に向けての具体的な仕事の連絡も頻繁になってきて、その内容を事務局のスズさんに逐一メールで知らせなければならない。かなりの仕事量だった。

「おれも匠の一員だから、新さん、電話番手伝うよ」

 テンパるだけの俺を見かねた小太郎が助け舟を出してくれた。俺と違って小太郎の電話での受け答えは完璧だった。自らがプロレスファンで、なおかつ洞察力の鋭い小太郎には、どうやら受話器の向こうのファンやマスコミ、プロレス関係者の心理状態が手に取るようにわかるらしい。小太郎のよどみない対応に俺は陰ながらひたすら賞賛の拍手を送っていた。スズさんへの送信メールのスピードも俺の千倍以上の早業だった。小太郎、恐るべしだ。

 小太郎は、午前中のトレーニングを終えると、午後は毎日、俺の不得意とする事務的な対応をこなしてくれた。

 俺は、そんな小太郎の献身的な態度にお返しすべく、旗揚げ戦までの二か月間、俺のこれまでのプロレス人生のすべてを道場のリングで徹底的に叩き込んでやった。

 小太郎の吸収力は素晴らしかった。さまざまなレスラーの映像を一度観ただけで、すぐにそれらしい動きができた。小太郎に言わせると、レスラーの動きや技が鮮明な動画として頭の中に焼き付いて浮かんでくるという。スパーリングの相手をしていた俺自身が、本当に往年のレスラーと闘っているように思えるのだ。辰波さんの言った通り、こいつは天才的な物まね役者だと思った。PWMS・匠の旗揚げ戦で小太郎に何を演じさせるのかを考えるだけでワクワクした。

 事務所での夜の飲み会では、そんな小太郎のレスリングスタイルを冗談交じりに「贋作ファイト列伝」と、もっともらしいネーミングで茶化していた。いろんなレスラーのファイトスタイルを、小太郎の若さあふれる体力と卓越した洞察力や技術力で演じるプロレス。ゲームのエディット機能で自分なりのプロレスラーを作り上げていくような楽しさがたまらなかった。小太郎の「贋作ファイト列伝」は、何もかもが斬新で、そこには無限の広がりがあった。


「小太郎の対戦相手がようやく決まったよ」

 PWMS・匠の旗揚げ戦の一週間前になって、事務所に辰波さんから電話があった。

「小太郎はタフネス鴨田選手の物まね。対戦相手は……僕、でいこうよ。鴨田選手との対戦は僕の長年の夢なんだよ。先だってのマーブル戦といい、自分ばっかりがいい夢を見てすまないな」

 静かだが有無を言わせない辰波さんの口調だった。

 すぐに俺は、道場のリング上で受け身の練習をしていた小太郎に辰波さんの意向を大声で伝えた。小太郎はすぐにうなずくと、マット上で数回飛び跳ねてから頭の上で両手を丸にした。

 一度も実現することがなかった、タフネス鴨田と辰波馨の一戦が、いよいよ一週間後に実現することになった。三年前に肝臓疾患で四十八歳という若さで亡くなった鴨田さんと辰波さん。鴨田さんを演じる小太郎がどういうファイトを見せてくれるのか。とことん興味は尽きなかった。

 一週間はあっという間に過ぎていった。

 小太郎は、タフネス鴨田に徹するべく、イメージトレーニングと実践スパーリングに余念はなかった。

 俺は俺で、日本では初めて、アメリカマットを去ってからは、およそ一年ぶりにゼアミとしてリングに上がることになる。アメリカで一緒に闘ってきた後見の人たちを日本に招いて、ゼアミのファイトに花を添えてもらうことも決まっていた。

 与作さんの観阿弥と闘うための準備は万全というわけだったが、一方で不安もあった。観阿弥が何を考えて、俺を引退試合の相手に指名したのか、まったくわからなかったのだ。対戦にあたって、俺は与作さんのこれまでの試合を観ておきたかったが、前座レスラーの与作さんのファイトは映像としてまったく残っていなかった。プロレス御用達の『ウイークリープロレス』の記事の中にも白覆面の与作さんの姿はほとんどなかった。与作さんは会場に足を運ばなければ見ることのできない、ある意味貴重なレスラーだったんだ。


 十二月十日――。とうとうPWMS・匠の旗揚げ戦の日がやってきた。その日、小石川ホールは、ひと足早い雪化粧に彩られていた。

 俺は、ゼアミの正体がばれないようにスタッフのユニホームで会場入りした。ゼアミの面や衣装はスーツケースの中に隠し持っていた。

 小石川ホールのエントランスの掲示板に大きく貼り出されていた、その日の対戦カードが、ひときわ誇らしかった。

 

 第一試合 清水一徹(六二)×ガチ菅原(五四)

 第二試合 辰波馨(五〇)×贋作・タフネス鴨田(一八) 

 第三試合 チーターマスク(四六)×チータ・ハンター大林(四七)

 第四試合 ゴア内藤(六一)×バク周南(五二)

 第五試合 観阿弥(六二)×ゼアミ(四〇)

 

 往年のプロレスファンにとっては涙ちょちょ切れの、まさに、PWMS・匠の冠にふさわしい旗揚げ戦のラインナップだった。

 俺は深呼吸をすると、会場スタッフの腕章を警備員に見せてバックヤードに入った。

 中では、笑顔の小太郎が待っていた。俺を見ると、すぐに駆け寄ってきてスーツケースを預かってくれた。

「ありがとよ」

 そう言って小太郎を見ると、小太郎は精悍な若武者の顔つきだった。いざ合戦に向かおうとする凛々しい表情の中に、俺の事務所で缶詰を肴にビールを飲み干した時のリラックスしきった、もうひとつの表情ものぞかせていた。こいつは大丈夫だと思った。

「辰波さんにタフネス鴨田選手のすべてをぶつけるよ」

 小太郎は自信に満ちた顔で言い切った。とことん頼もしかった。

 控室では、ロスでお世話になったゴア内藤さんとも久しぶりに再会した。アメリカの刑務所で長い間、臭い飯を食っていたと聞いていたが、日本に帰国していたんだ。ロス時代と変わらないパンプアップされたゴツイ身体を見てうれしかった。ただ、なんだかよそよそしかったのが少し気になったが。


 カーン!

 第一試合のゴングが鳴った。

 清水一徹とガチ菅原の勝負は、一徹がスピードと空中戦で序盤は菅原を翻弄していたが、一徹の一瞬の隙をついた菅原の必殺技・脇固めががっちりと極まって、六分三十秒で決着がついた。

 第二試合。いよいよ、小太郎(贋作・タフネス鴨田)と辰波さんの対戦だ。

 試合開始からから辰波さんはとにかく贋作・タフネス鴨田の攻撃を受けに受けた。頬を砕くジャンピングニーパット、粘りとためのきいたフロントスープレックス、がに股ぎみだが打点の高いドロップキック、スピードと重みのある空中胴締め落とし、テー・ルーズ直伝のへそで投げるバックドロップ――小太郎は、タフネス鴨田として、立て続けに大技を連発した。小太郎が鴨田さんの専売特許である「おー!」とアピールするたびに会場は大歓声となった。

 小太郎の若さの波状攻撃にグロッキー寸前だった辰波さんだったが、やがて小太郎の攻め疲れに乗じて得意の逆転技に出た。バックドロップからのホールを二・九で返すと、重ねて攻撃に入ろうとする小太郎の体を器用に丸め込んでホールを決めた。スモールパッケージホールド。あっという間に三カウントが入った。同時に、大歓声と、足を踏み鳴らす重低音のどよめきが巻き起こった。終了のゴングが鳴った。苦しい表情で右手の三本指を挙げながら逆転勝利を確信する辰波さん。結局、この試合で、辰波さんが出した大技は、フィニッシュのスモールパッケージホールドだけだった。贋作・タフネス鴨田の頑張りも立派だったが、その技をことごとく受けきってからのフィニッシュホールド一発でファンを満足させることができる辰波さんの職人芸は、まさにPWMS・匠の主役にふさわしかった。

 辰波さんは、タフネス鴨田を演じきった小太郎の肩を満足げな表情でポンと叩いてからリングを降りた。

 会場に「鴨田! 鴨田!」の大声援が響き出した。小太郎は激しい息の中で、リング上から四方のファンに深々と頭を下げていた。

 俺は、小太郎の好ファイトを喜びながらリングサイドを後にして控え室に戻った。

 待っていた後見たちのアシストで、久しぶりにゼアミのきらびやかな女物の唐織の能装束に身を包むと、鬘帯を頭に結んで、後見から試合の前半で使う若女の面を受け取った。面に対して一礼をしてから、面を顔にあて右手で押さえたまま精神統一に入った。その間に後見が面紐で面を固定してくれる。

 久しぶりのゼアミが完成した。あとは、ゴア内藤とバク周南の第四試合が終わってからの入場を待つだけだ。

 第三試合のチーターマスクとチータ・ハンター大林の試合は、大病を患い病み上がりだった大林の必殺技・フィッシャーマンズスープレックスが見事に決まってチーターマスクをホールしたと、小太郎が知らせにきた。

 第四試合のゴア内藤とバク周南の心の師弟対決も小太郎の伝令で、ゴア内藤の監獄固めにさんざん苦しめられながらも、最後はバク周南が得意のバクラリアットからのサソリ固めでゴア内藤に恩返しをしたと知った。

 そして、いよいよ俺の出番だ。日本マットで初めてのゼアミ登場だ。


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