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ちっぽけな子供


 瀧本の家は、カレー屋から十分ほど走った住宅街の奥にある市営のマンションだった。駐輪場にバイクを停め、エレベーターで一気に九階まで上がる。部屋はエレベーターを降りてすぐ、角を右に曲がった先の最初のドアだった。


「ただいまぁ。……上がれよ」

「……おじゃましまぁす」


 瀧本の言葉に、誰かいるのかな? と少しビクビクしながら挨拶した奏真は、次の瞬間「ふがっ!」と奇妙な音を発した。

 レースの暖簾をくぐると、いきなり目の前に現れたのは、腿までしかないピンクのキャミソール一枚を羽織っただけのものすごい美人だった。

 美人はセクシーな格好で、腰に手を当て牛乳をごくごく飲んでいる。胸の頂が薄い布越しにうっすら確認できて、奏真は目を見開き、ガン見のまま完全に硬直した。


「おっ、おっ、おっ…....」


 オットセイのような声を発する隣で、瀧本が「おいーっ」と鬱陶しそうに声を上げた。


「その格好でうろつくのはやめてくれって言ってんだろ!」

「おはよ。なぁに怒ってんの? あら? お友達?」


 美人は瀧本の文句を気にする様子もなく、奏真に目を向けた。

 おっぱ……いや、お姉さんかな?

 瀧本を女性にして、更にスレンダーボディにした美人に圧倒される奏真に、瀧本が言った。


「……母ちゃんだよ」

「おかっ!」


 奏真は言葉を失った。

 世の中にこんなセクシーなお母さんがいるの? しかも……こんなデカい息子って……。

 奏真の知り得る母親とはかけ離れたビジュアルに唖然とするばかり。

 あられもない格好の美人は、とって付けたような母親らしい挨拶をしてきた。


「学校のお友達? いつも哲也がお世話になってます」


 ニコッと上品に微笑むと、台所の流しにコップを置き水を張る。


「あ、いえ、こちらこそ……というか、今日っていうか、さっきからすっごく僕がお世話になってます」


 自分でもなにを言ってるのか分からず、奏真はあたふたとお辞儀した。


「早く服着ろって」

「ん、もう。じゃあ、これ洗っておいてよ」


 瀧本の母親はそう言って奥の部屋へ入っていった。

 茶髪のカールした髪が肩でふわりと動く。寝起きのように乱れて、まるでハリウッドの女優みたいだと奏真は思った。

 とてつもなくセクシーダイナマイトなお母さんだ。

 瀧本の母を目で追ったまま呆然としていると、申し訳なさそうに瀧本が言った。


「わりーな。いつもあんな感じなんだよ。出勤前だからよぉ」

「すっ、すげぇーっす」


 奏真がポカンとしていると、瀧本は流し台に立ちスポンジをくしゅくしゅと泡立て、言われた通りグラスを洗い始めた。

 ……なんていい子なんだっ!

 瀧本の新たな一面に、また別の驚きと感動を覚える。


「こっちが俺の部屋」


 瀧本はさっき母親が引っ込んだ部屋の隣の襖を開けた。部屋は八畳ほどの和室。敷きっぱなしの布団に、コタツ。その上には当たり前のように置いてあるタバコと灰皿とライター。

 タバコにハッとした奏真だったが慌てて視線を外し、部屋の観察で気を逸らす。

 大きな家具と言えばテレビ、漫画本の並ぶ棚、その上には黒いフルフェイスのヘルメット。モノでゴチャゴチャとはしているが、ゴミだらけの汚部屋ではない。きちんと整った部屋だった。窓が網戸にしてあり、部屋の空気がひんやり冷たい。奏真が腕をさすると瀧本が言った。


「わりーな。部屋がタバコくせーとうるせーんだよ」


 常に窓の半分は閉め、もう半分は換気のために開けておく決まりらしい。

 瀧本はコタツのスイッチを入れ足を突っ込んだ。テレビをつけると迷うことなく再生ボタンを押す。録画されていたであろう漫才の番組が流れ出した。賑やかな観客達の笑い声。


「入れよ」


 奏真はペコッとお辞儀をして、ゴソゴソとコタツへ潜った。

 コタツに瀧本の大きな手が乗り、当たり前のようにその手がタバコとライターへ伸びる。


「…………」


 奏真が凝視すると、瀧本は慣れた手つきで火を点け、映画俳優さながら旨そうにタバコを吸い始めた。


「はぁ~~~。……吸う? って、中学生にタバコを勧めちゃマズイよな」


 ……俺が停学になった原因のタバコ。

 奏真の視線は瀧本の指の間に挟まれた、一本の煙草に注がれていた。

 奏真は生まれてこのかた、タバコを吸ったことがない。島田が来るまで副流煙すら経験がなかった。なのに、なぜか奏真の学校鞄からタバコが出てきた。ただ出てきたというだけで、それは奏真の所有物となった。一度も吸ったことがなく、触れたことすらなかったのに、奏真は学校から追い出され、友達にも会えなくなった。島田が出入りする家に一日中いなくてはならなくなったのだ。

 心底タバコが憎く思える。

 タバコなんて大嫌いだ。俺は中学生じゃないし。瀧本さんだってまだ高校生のクセに……。

 それは衝動に近いものだった。どうでもいいと思うヤケが半分、子供扱いされ張り合う気持ちが半分。タバコなんて! というタバコへの対抗意識が半分。タバコに興味があるわけでも、その振る舞いに憧れを抱いたわけでもない。もっと幼い、ただの馬鹿げた意地だった。

 瀧本が二本目のタバコを抜いた。

 トントンとタバコの吸い口を天板に落としている。手遊びをしているようだ。奏真はタバコの箱から少し出てる一本を見つめ、初めてそれに触れた。


「……いただきます」

「お? おお」


 スーッと箱から細長い紙筒を引き抜く。


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