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エピローグ


「……ということで、今から進路希望調査のプリントを配るから、うしろに回して」


 奏真は手元のプリントの束をしならせ、六枚ごと一列ずつに配布していく。


「進路って言われてもなぁ」

「なんもわかんないんだけど」

「おまえどーすんの?」


 次々に生徒達からボヤキが上がる。


「まだ、一回目の調査だからなんとなくでいいよ。この調査でしたいこと、好きなこと、向いてることってなんだろうぐらいに頭の片隅にでも置いてゆっくり考えてくれたらいいから」


 プリントを配り終え、ガヤガヤと賑やかな生徒たちの声を聞きながら奏真は教室の窓辺に背を預けた。窓の外には淡い水色の空を飛行機雲が真っ直ぐに伸びていく。

 あの日の空と同じように。


 進路希望。

 当時の奏真にはあらゆる意味でそんな余裕はなかった。

 窓の外の青空から、教室でめんどくさそうに項垂れている生徒達へと目を向ける。

 みんなには、自分で限界を作って小さくまとまってしまわないで欲しい。無謀で、ハチャメチャでも、がむしゃらに大暴れして欲しい。

 ショートホームルームの終了のチャイムが鳴り響き、奏真は我に返った。


「奏ちゃん、これぇ、今出さなきゃダメ?」

「いや、親御さんや友達、周りの人たちに相談してもいいよ。提出は来週までだから」

「はぁーい」


 あれから八年後、奏真は現在、地元の高校で教職に就いている。

 担任としてクラスを受け持つようになって、はや三年。奏真は男女問わず生徒たちから「奏ちゃん」などの愛称で呼ばれ、親しまれる存在となった。

 目標に向かって駆け出すと決めた時の気持ちを、奏真は今も鮮明に心に宿している。

 高校時代の経験が今の己を作った。

 それは奏真の誇りでもある。

 あの頃のことを思い返す度、奏真の心の中に愛しい人の笑顔が浮かぶ。

 青い空を眺める奏真の、口元が綻んだ。

 ガタガタと席を立ち、記入を終えた調査票を教卓の上に無造作に重ねる生徒。奏真はそれをトントンとまとめ、顔を上げた。


「じゃあ、月曜な」


 帰りの挨拶を済ませ教室を出て、腕時計を確認した。十一時四十九分。早めに切り上げようと目論んでいた奏真は「しまったな」と唇を軽く噛み、職員室へ急いだ。

 今日はテスト最終日で部活もないし、職員会議もない。なので溜まっている有休消化を兼ねて、半日休みをとっている。珍しく午後からまるまるのフリータイム。しかも金曜。こんな貴重な時間を無駄にするわけがない。

 帰る準備を済ませ、担当教科である理科準備室へと向かった。

 授業用のシャツとスラックスを脱ぎ、履いてきたジーンズに足を入れジャケットを羽織る。ボストンバッグをリュックのように肩に担ぎ職員用の玄関でスリッパからブーツへ履き替えた。

 今回の二泊三日の旅行は奏真が五ケ月も前から予定を組みプランを練って楽しみにしていた。奏真は今晩ある告白をしようと心に決めている。ずっと抱えていた問題に決着をつけるのだ。

 緊張と喜びで駆け出したい気持ちを抑え、校舎を出た。

 正門へ向かって歩いていると、ダラダラ歩いていた生徒たちから突っ込まれる。


「あれ? 奏ちゃん? 超ラフじゃん?」

「これから旅行」

「えー? ずりー。ってか、その格好だとただの兄ちゃんだな」

「てか、俺らと変わんなくね?」

「うっせ」


 奏真は生徒の頭をワシワシとかき混ぜ、足を早めた。

 正門へ近づくにつれ聞こえてくる低いエンジン音。

 学校の敷地から数メートル離れた場所に佇む一台の大型バイク。真っ黒のボディにシルバーのパーツがキラリと映える。いかにも走るぞと言わんばかりの筋肉質なエンジン部分がカッコイイ。

 それに跨る長い足。黒革のジャケットの大きな背中。下校中の生徒たちが遠巻きに熱い視線を送っている。


「すげぇ、かっこいい。あれなんてバイク?」

「ねーねー、誰のお迎え?」


 男子生徒も女子生徒も興味津々だ。

 自分もあんな風だったなと懐かしい気持ちに奏真はクスリと笑った。


「おまたせ」


 振り返った瀧本はニヤッと笑い、奏真へ赤色のヘルメットを押し付けた。奏真はそれを受け取り装着すると、大型バイクの後ろへ足を掛け登るように跨る。タンデムシートは後部が少し高くなっていて、瀧本の背中に両腕を回すと肩ごしに前方の景色がよく見えた。


「いけるか?」

「うん」


 ゆっくり走り出すバイク。

 奏真は目を点にして見守る生徒たちへひょいと手を上げ、また瀧本へしがみついた。


 ────俺が本当に一緒にいたいヤツ。それは、あんただ。










 了

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