旅立ちの時
瀧本に自分の進路を伝えた奏真は、一か月後にモコモコを辞めた。
店長は拗ねた表情で「バイト募集のチラシでも貼るか」と言いつつも、それから一ヵ月経ったシフト最後の日になっても募集の広告を貼らなかった。 奏真がバイトを始めた頃も、バイトを募集していたわけではない。
この人もまた、自分を支え、居場所を作ってくれた。
奏真は柄になく鼻の奥をツーンとさせ、店長に深く頭を下げ店を出た。
直樹は高校を卒業し、地元の私立大学へ進学。大学で新しくできた友達やサークル仲間とワイワイ遊んでいても、奏真にちょくちょく連絡を寄越し顔を見せに来る。
瀧本も変わらず、警備会社で真面目に働いている。
あの一件後、奏真は大人のお仕置きのことを密かに心配していたが、瀧本はクビになるどころか働きぶりが認められ、警備主任に昇格した。
奏真は現在、夕方から居酒屋。そのあとは深夜のコンビニで働き、通信大学に通っている。朝に帰って睡眠を取り、昼に講義を受けに行ったり、家で勉強したりという生活。
奏真が一晩考え決断した時点では、分からないことだらけだった。改めて調べると、通信大学の入学は、春と秋の年二回行われ、必要書類と願書の提出で可能とのことだった。願書の提出期間も長めに設けられておりギリギリ間に合う。 配布されるテキストできちんと自宅学習し、レポートの提出やテストを受け単位を取れば、教員免許も取得できる。奏真は慌てて手続きをすませた。
現在、バイトで授業料を稼ぎつつ、教員を目指し日々勉強に励んでいる。
瀧本と出会った頃の奏真は誰のことも信じていなかった。
家族のことも、親友のことも、自分自身のことすらも────。
ちっぽけな自分が足掻いたところで、世界の流れを変えることなんてできっこないと思っていた。未来や夢など思い描いたところで、虚しいだけだと。人生なんてものは決められた法則の中で、クルクルと回るだけで、なるようにしかならないと。
でもそれは間違いだった。 なんでもかんでも諦めただけの、ただの子供じみた言い訳だったのだと気づいた。
奏真は教員の道を選んだ。
それは瀧本への憧れと、感謝。瀧本のようになりたいという奏真の意思が導いた答えだった。 迷子相手に居場所を作ってやることなどできないかもしれない。でも、なるべく多勢の子供たちに寄り添って寂しくないようにしてやりたい。そう考えた。 昔の自分がそうだったように。
現在、奏真は一人暮らしをしている。
引越し前に住んでいたようなオンボロアパートだ。
なぜ瀧本のいるあの二人の家から出たのかというと、新しい生活に慣れ始めてきた頃、瀧本に言われた一言がきっかけだった。 それは「別れよう」とかそういう言葉ではない。「お前が本当に一緒にいたいと思うヤツは誰なんだ?」というようなこと。
本当に一緒にいたい人。
それは奏真の中にずっとあった問題でもあった。
瀧本さんが大好きだし、直樹も大事。
この思いは、どれだけ考えたところで変わらない。 直樹からその後、そういうアプローチをされたわけでもなかったが、だからいいという問題でもない。
奏真は結局、答えを出すことができず、独りを選んだ。
でも、これは諦めなんかじゃない――と奏真は思った。
家を出たからと言って、付き合わないからと言って、関係が終わってしまうような仲じゃないことを奏真は知っている。受け身じゃダメだということも瀧本から教わった。
人を信じきれず、全てを投げ出していた奏真はもういない。
瀧本も、直樹も、心から信頼できる絶対的な存在だという自信も今はある。
離れていても、怖くも寂しくもない。
永遠の別れではないからだ。
今はまだ成長過程。出ない答えは己が未成熟だからだと思った。
だから成長するためにも、自分が求めるものに向かって、精一杯努力する。回転木馬はもうやめた。奏真は自分の意志で駆けだすと決めた。
もちろん軌道なんてクソ喰らえ。
意志さえあればどこにでも、どこまででも行けるのだ。




