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迷子の子犬2  side瀧本



 翌朝、夜勤を終えた瀧本は、静かにドアを開け部屋に入った。

 布団に近づき、スヤスヤ眠る奏真の寝顔を確認して、風呂の湯を出し、また奏真の元へ戻る。

 奏真がいつもひとりで夜を過ごしていることを思うと、切ない気持ちになる。奏真は寂しいとは言わない。言わないが、寂しいと感じているのではないかと思う。


「ごめんな」


 起こさないよう奏真の素直な髪をそっと撫で、風呂に入る。

 湯に浸かりながら、今日はどうしようかと考えた。

 今日は土曜日で、明日はシフト休み。三時間ほど仮眠して、どこかへ遊びに連れてってやろうか。観たい映画があると言ってたな。夜はいつものカレー屋で……いや、たまにはスパゲティとか洋食の方が喜ぶか? あいつエビフライに目がないからな……。


 たっぷりかかったタルタルソースに目を輝かせる奏真が目に浮かぶ。

 あれこれデートプランを練り、風呂から出る。

 まぁ、起きてから奏真に聞けばいいか。

 眠っている奏真の隣に潜り込み、丸まって眠る体を背後から引き寄せた。つるんとしたうなじに口付けると、自動的に股間がムクムク膨らんでくる。

 奏真が振り向き、ボーッとした表情で微笑む。


「おかえりぃ」


 モソモソと寝返りを打ち、抱きついてくる。その仕草に瀧本の胸はキュンキュン締め付けられた。小さくて壊れやすい宝物を抱き寄せ、柔らかな髪に鼻先を埋める。奏真の匂いに股間はさらに固くなった。


「ただいま……眠いか?」

「寝起きだからね。でも、したい」


 キュッと口角を上げ、瀧本にチュッとキスをする。瀧本はキスを返しながら、奏真のモノを優しく揉んだ。半立ちだったモノがすぐに反応する。

 幸せそうな表情でうっとりする奏真は神聖なエロさがある。

 奏真の手がとっくに固くなってる瀧本のを握り宥めるようにスライドさせる。それだけで瀧本の腰はビクビク震えた。


「うっ、お前はしなくていいんだよ」

「あ」


 瀧本は体をずらし、奏真の小さな胸の突起を口に含み転がしたり、柔らかな腹の肉に吸い付いた。奏真がふふっと笑う。その小さな声を聞きながら、白い肌にうっ血した痕をつけていくと、小さな笑い声に甘い吐息が混じっていく。くねる体のあちこちにキスしながら服を脱がせ、濡らした指をうしろの蕾にゆっくりと潜り込ませた。


「ん……」


 一瞬キュッと締め付け、瀧本を迎える体。奏真の内部は濡れ、熱く熟れていた。感触にもう我慢できないくらいに瀧本のモノが張り詰める。解れたことを確認して、瀧本が指を抜き、猛ったモノの先端を小さな入口へ押し付けた。


「大丈夫か?」


 奏真が上気した目で瀧本を見上げる。


「うん。大丈夫」


 潤んだ目は瀧本を求め強請(ねだ)るように揺れる。やっぱ顔見ながらするのが好きだと思いながら、瀧本はゆっくりゆっくり慎重に己を潜り込ませた。


「……んあぁ」


 奏真が瀧本の背中に指を立てる。

 狭くて熱い。すぐにイってしまいそうになる。瀧本は奥歯を噛み体を倒すと、奏真の首に腕を差し込み肩を抱いた。ズズッと奥まで到達する。


「ふああ……っ」


 腕の中で奏真の背が反り、腰がピクピクと震える。奏真は快感をやり過ごそうと、はぁはぁと息を吐いたが、結局、乱れた吐息のまま瀧本の頬へ手を添えキスを始めた。瀧本の弾力のある唇に吸い付きながら「大好き、大好き」と繰り返す。そのたびに、奏真の中は瀧本のモノをキュッキュッと締め付けた。


「うう……」


 瀧本が獣のような唸り声を出す。


「くそっ……可愛すぎんぞ」


 瀧本の腕が奏真をもっと引き寄せた。

 膨れた先端がもっと奥を突いてしまう。


「ひあっ!」


 ギュッと目を瞑りゆっくり開くと、奏真はニコッと微笑んだ。


「ずっとこうしていたいね」

「してたい。すぐイっちまうけど」


 奏真が腕の中でクスクスと笑う。

 幸せそうな笑みに瀧本も幸せになった。

 ずっと、この時間が永遠に続けばいい。いつまでもこの笑顔が見ていたい。そう思えば思うほど、この時は一瞬で、貴重なのだと感じる。真夜中にバイクを走らせ、頬に感じる突き刺さるような風より、気持ちのいいものなどこの世にないと思っていたのが嘘のようだ。

 この時間が有限であっても、悔やまないよう大切にしたい。

 瀧本はそう思いながら、腕の中の宝物を大切に抱いた。


「……そういや、直樹は元気か?」


 後処理を終えても裸のまま、ふたり寝転がりながら奏真へ尋ねた。


 去年の騒動のあと、瀧本は奏真と直樹を連れてカレー屋へ行った。

 恐縮していた直樹だったが、瀧本達に頭を下げたあと、店長や吉雄、みんなに快く迎えられ奏真とふたりでテーブルに着きリラックスした表情でカレーを食べていた。奏真もそんな直樹を見ながら嬉しそうにカレーを頬張る。

 瀧本達といる時とはまた違う顔。

 幼馴染で、いつも一緒にいた親友。奏真が親を亡くして辛い時、直樹が心の支えになっていたのだろう。ふたりに見えない絆があるように思えて、隣に座る吉雄を見れば、吉雄も「うんうん」と頷いていた。


「大丈夫そうだな」

「おう。マジで助かったよ。ありがとうな」

「んだよ。みずくせぇ」

「店長も、迷惑掛けてすみませんでした」


 あとになって瀧本が吉雄から聞いた話では、電話をした時、ちょうど吉雄は仲間達と溜まり場であるカレー店に集まっていたのだという。吉雄の受け答えに状況を把握した店長はすぐに店を閉め、誰よりも早く店を飛び出した。元総長が激怒して動いた。顔つきが現役時代に戻っている。それを見た吉雄達も慌てて店長のあとを追った。吉雄達はギリギリ未成年だが、店長は違う。捕まればただでは済まない。

 瀧本が深々と頭を下げると、カウンター越しの店長が「あぁん?」と振り返った。


「なんのことだ? 俺は知らねぇな」


 とぼける元総長は、今はすっかりカレー屋の店主の顔でデザートの入ったカップをふたつカウンターに置いた。


「ほら、あいつらに持ってってやれ」

「ありがとうございます! これなんすか?」

「マンゴーラッシープリンだよ」

「おお……なんか、エロいっすね」

「なんでだよっ!」


 瀧本達の会話に奏真と直樹がクスクス笑った。

 肩を寄せ合って笑う姿は兄弟のように見える。瀧本の中で、あいつらがもっと一緒にいられる時間が必要だとぼんやり浮かんだ。と同時に胸が苦しくなり、背中を伸ばして胸をさすった。




 その時の妙な感傷が蘇り、瀧本は奏真の髪を撫で、額に唇をつける。


「うん。塾がね、大変みたいだけど。元気だよ。またカレー屋でみんなに会いたいって」

「そうか。また連れて来いよ。カレー食うくらいの息抜きはしたっていいだろ」

「うんうん。誘っとく」

「んで、お前はどうするんだ?」

「どうって?」


 奏真が顔を上げ、キョトンと小首を傾げる。


「就職だよ。高校でなんか紹介されてんだろ?」

「ああ、うん。でも、やっぱモコモコかなぁ。相変わらず店長一人じゃ忙しそうだし。寂しそうだし。とりあえずは契約社員枠を検討してもらってる」

「寂しそうだしって! おいおい……」


 瀧本が苦笑いする。

 エプロン姿の奏真はとても可愛かったが、バーガー屋の店員は一生できる仕事ではない。あれは高校生がバイトでやる仕事だ。忙しいわりに他のバイトを雇おうとしない独身三十歳の店長も気になる。そちらの不安について奏真に話したことはないが……。

 

「まぁ、若いうちはやりたいことやればいい。がむしゃらに努力できるのも今のうちだからな。自分にはなにが向いてるのかちったぁ考えた方がいいぞ」

「向いてるって言われてもなぁ~。うーん……」

「接客業がしたいのか?」

「そういうわけでもないけど」

「今すぐじゃなくていい。一生の仕事にしたいことが見つかったらいいなくらいに考えとけばいいさ」

「うん」


 なにも考えていないような奏真だったが、高校を出たら社会人として働くことになる。瀧本は今はまだハッキリと見えない、遠くて近い未来を見据え思った。

 今はまだ保護してやらなきゃいけないけど、そのうち……。

 こいつにひとりで生きる力がついたあと、奏真が行きたい方へ行けばいい。俺はそれを見守るし、ビビってるなら背中を押す。弟が生まれ、こいつにも守る存在ができたんだ。弟に定期的に会えば嫌でも自覚するだろう。きっと、こいつはこれからも成長していく……。


「瀧本さん寝ちゃった?」


 それまでは、ここに……。

 瀧本は目を閉じたまま、奏真の体をそっと引き寄せた。



 ◇ ◇ ◇



 三月はあっという間に来た。

 奏真は西高を卒業し、結局モコモコで働くつもりでまだバイトを続けている。

 弟に初めて会ったあの日、奏真の中でなにかが確かに動いていた。

 あの時の表情は未来を見つめ輝いていた。その時の気持ちに奏真自身が早く気が付けばいい。そう思っていた矢先のことだった。


 休みの日、瀧本と奏真は千葉までバイクで出かけ、遊園地で一日遊んだ。

 奏真はとても楽しそうだった。長身でガタイがよい瀧本が、フワフワのピンクの猫耳がついたカチューシャをつけて園内を練り歩くたび、他の客が笑顔で視線を送る。奏真はそれにクスクスと笑っていた。


 都内に戻ってきたのは夜の九時頃。一旦アパートへ戻り、土産を置いて近くのコンビニへ向かう。朝食用のパンと奏真の大好きな特製肉まんを買って出た時だった。奏真の持つコンビニの袋がすれ違った人間にぶつかった。


「あ、すみません」


 高校生くらいの男の子だった。ジーンズにオーバーサイズのパーカー姿。ぐるぐるに巻いたマフラーに寒さそうに首をすくめ、目を伏せたまま少しだけ頭を下げすれ違う。

 奏真はハッとなにかに気付いた表情になり、コンビニに入った男の子を振り返った。


「どした?」

「うん。今の子……」


 男の子はそのまま雑誌コーナーに直行して立ち読みしていた。


「知り合いか?」

「ううん。そうじゃないんだけどね」


 奏真は口ごもり、それきりなにも言わなかった。

 部屋へ戻り、お笑い番組を見ながらに特製肉まんを食べる。奏真のお気に入りの芸人が出てきたが、ただボウと見ているだけ。

 風呂に湯を張り、いつものように背中と頭を流し合い湯船に浸かる。瀧本の胸に背中を預け、ようやく奏真が口を開いた。


「コンビニですれ違った子さ……」

「ん? おお」

「なんか、ちょっと懐かしい匂いがした」


 懐かしいと言いながら、奏真の表情は悲し気で、しょんぼりと眉は垂れていた。奏真は振り返り、さらに体を傾け瀧本の肩に頭をくっつける。

 懐かしいとは決していい思い出ではない。瀧本と出会った頃のことを言っているのだと分かり、瀧本は奏真の髪を撫でながら頷いた。


「そうか」


 奏真が瀧本に腕を回し、頬をピタリと肌に当てしがみつくように抱きつく。

 布団に入ってからも、奏真はいつも以上に瀧本にしがみついていた。なかなか寝付けないらしい奏真の背中を、瀧本は大きな手で撫で続けた。



 翌朝、瀧本が目を覚ますと、布団の中に奏真の姿はなかった。こたつに入り、携帯を触っている。


「よお。もう起きてるのか」

「あ、うん。おはよう」


 振り向いた奏真の表情は憑き物が落ちたようにサッパリしていたが、目の下にはうっすらクマができていた。

 眠れなかったのか?

 瀧本がのっそり布団から出て、こたつに足を突っ込むと、奏真は立ち上がり、熱いお茶を淹れた。引越しの時、洗濯機とは別で吉雄からもらったペアのマグカップへ緑茶を注ぎ「はい」と瀧本の前に置く。


「サンキュ」


 こたつに潜った奏真はマグカップを傾けひとくち飲み、瀧本へ顔を向けた。


「俺ね、モコモコやめようと思って」


 突然の宣言だったが、瀧本は「そうか」と静かに頷いた。


「なりたいものが見つかったから」

「なりたいもの?」


 奏真は改まった表情で瀧本を見て俯き、こたつの天板の一点を見つめて口を開いた。


「すごく、今更なんだけどさ。……先生になりたいなって」

「ほお」

「就職組だったのに、急に教師にっていっても難しいってわかってる。でも、通信の大学で教員免許取れるみたいなんだ。学費もだいぶん安く済むみたいでさ。でね、バイトしながらしっかり勉強して、通信の大学を目指そうかなって」

「そうか。なんで急に?」


 奏真は迷うような表情で、ポツポツと話しだした。


「うん……俺、さ。いろいろあったじゃん。みんなにも、瀧本さんにもいっぱい心配かけて、迷惑かけて。とんでもない酷いこととかもあったけど、そういうのひとりぼっちじゃきっと、瀧本さんに出会う前の俺だったらって考えたら無理だったなって思って。とっくに壊れてるか……う~ん、もっともっと酷いことになってただろうなって。瀧本さんも言ってたじゃん。ひとりじゃダメだって。でも、直樹もだし……悩みはみんなそれぞれ違うと思うけど、実は俺みたいなヤツ結構いっぱいいるのかもって思ったんだよね。俺には瀧本さんがいてくれたから。それに、ノブのことも。生まれたては誰もがあんなにまっさらだったんだなって思ったら、俺も、誰かを守れる……誰かに寄り添える強さが欲しくなったって言うか……」


 恥ずかしそうに頬を指先でポリポリと掻く。

 自分と同じ匂いを感じたと言っていた昨夜の子のことを、一晩考えて出した奏真なりの結論なんだろう。

 奏真の神妙な表情に、瀧本は「うん」と頷いた。

 瀧本が奏真の頭をポンポンと叩く。

 奏真は「へへへ」と照れくさそうに笑い、お茶をすすって仕切り直したように具体的な未来のプランを話し始めた。


「でね、調べたんだけど。通信っていっても教育実習とか、どうしても朝や昼に出席しないといけない授業があるから、やっぱり昼間に働くのは難しそうなんだよ。だから瀧本さんみたいに夜働く仕事に変えて昼間は勉強に当てようと思うんだ。みんなが大学受験だって頑張ってるときにずっと呑気にしてたから、何年かかるかちょっとわからないけど。でも、頑張ってみたい」

「お前が決めたことだ。応援するから何年かかってもいい、頑張れ」

「うん! ありがとう」


 奏真の瞳は未来を見つめ輝いていた。

 今までの奏真と違う。

 ひとり、眠れず出した答えを、自分の考えを、ありのまますべて話した。それは瀧本を信じているからこその行動だった。

 殻を破り、一歩踏み出そうとしている。

 巣立ちの時は案外、近いのかもしれない────


 瀧本は静かに思った。



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