エビフライと瀧本さん
supesyaru
店長の勧めてくれた席は大きな窓の前だった。六人掛けのボックス席だ。広々としたソファに瀧本と向かい合い、ゆったり座る。瀧本がメニューを広げてくれた。
「あー腹減った。好きなもん選んでいいぞ。なんにしようかなぁ。唐揚げとぉ、チーズとぉ、イカリングと~……あ、メンチカツも」
「あの、それって……?」
「おお、奢ってやる。食え食え」
奏真の目が二倍になり、表情がパーッと華やいだ。
今日知り合ったばかりの自分に気前よく奢るという。さっき小銭をたかろうとした男どもとは大違いだ。
またもや奏真の心臓がドキドキと高鳴った。
メニューを眺めている瀧本の顔がとても逞しく見える。
「決まったか?」
見惚れていると瀧本が奏真を見た。慌ててメニューに視線を移す。ズラリと並ぶメニューに視線が止まる。カレーと白米二色にまたがるハの字に重なったエビフライ。奏真は一瞬にして釘付けになった。
父親が生きていたころはよく食卓にあがっていたエビフライだったが、葬式を最後に父の好物だったエビフライが食卓にあがることはなくなってしまった。
仕方がない。値段といい、手間といい。コストパフォーマンスが悪すぎるのだ。
「えぇーっとぉ……エビフライカレーで」
久しぶりのエビフライに少しドキドキしながら言うと瀧本はかっこよく微笑み、店長を呼んだ。
瀧本がエビフライカレーともりもりスペシャルカレーのライス六百グラムを注文した。
さすが体がデカいだけのことはある。
しばらくして現れた瀧本のカレーに奏真の目はまん丸になった。
富士山のごとく堂々とそびえ立つライスは、どう見ても六百グラムの域を超えている。そしてそのふもとにはたっぷりのルーと、揚げ物三種にチーズ。さらにオーダーしてないウインナーやゆで卵、温野菜までゴロゴロ乗っている。
……これ一体、全部でおいくらなの?
呆気にとられる奏真をよそに瀧本から威勢のいい声が上がった。
「うおっ! すげー! あざーす!」
「野菜残すなよ」
「はい! 全部食います!」
明るいやり取りが目の前をポンポン飛び交う。
聞いてるだけで、奏真はまた胸が弾むような気持ちになった。
「初代の頭なんだよ。あの人。いい人だろ? ほら、ウインナーやるよ。卵も食うか?」
何も言っていないのに、奏真のエビフライの横にウインナーと、スライスしたゆで卵が半分乗せられる。
「あ、ども」
一気に華やかになったエビフライカレーを見つめ、呟く。
奏真の中でストンと呆気なく納まるところに何かが納まった。
初代の頭……やっぱ、入ってんだぁ……暴走族。そっかぁ。
エビフライスペシャルカレーを食べながら、奏真は改めて緊張してきた。
奏真の通う学校にも暴走族に入っている生徒がいるのはぼんやりと噂で聞いたことがある。しかし自分の知らない場所でなんとなく存在していたモノと、実際本人を目の前にするのとでは話が違う。
奏真がファンになった人物は、ギターを掻き鳴らしカッコよく歌うだけじゃなく、デカいバイクに颯爽と跨り、かっこいいと可愛いを往復するギャップキャラで、そして暴走族に入っている。
聞かなくても分かる。きっと、瀧本さんは現リーダーなんだろう……。
エビフライを食べながら感傷に浸りたいところだったが、それどころではない。奏真はカレーを口へ運びながら状況や気持ちを整理しようと試みるが、簡単にできるものではなかった。ひとつ言えるのは、かなりビビっているのと同時に、すごくワクワクしていることだ。
チラッと上目遣いで瀧本を見る。よっぽど空腹だったのだろう。店長の言いつけ通り野菜も残さず大口でガツガツ食べている。富士山のライスも三分の一の高さだ。
置いてけぼりにならないよう、奏真も口の中へカレーを掻き込む。
こんな食べ方はまったく奏真らしくない。普段はコンビニのパンひとつで満足する胃。いつもはもっとモソモソと食べ物を喉へ通していた。
直樹が見たらビックリするだろうな。
奏真はそんなことを思いながら、瀧本と同じようにカレーを平らげた。
「あーうまかった! 店長! ご馳走様でした!」
「すごく美味しかったです。ご馳走様でした」
滑舌のいい瀧本に習い手を合わせる。
瀧本は約束した通り、店長の好意以外の二人分の会計を済ませてくれた。
店長に頭を下げ店から出る。バイクの横に立ち、瀧本が振り返った。ポンと奏真の胸に赤い半ヘルを当てる。
「ほら。で、お前、どうすんの? 家に送っていこうか?」
「瀧本さんは? これからどっか行くんですか?」
「俺は家に帰って昼寝するだけだけど。帰りたくないのか?」
「……帰ったってなんにもないし」
なにもないどころの話ではない。
島田がいつ帰って来るか分からない。パチンコに負け、とっくに家にいる可能性もある。
自分の部屋に閉じこもったところで、暇つぶしに容赦なく入ってくるかもしれない。そうでなくても、襖を挟んだ向こうで酒ばかりのうのうとかっくらい、テレビを観ながらバカ笑いしている島田と同じ屋根の下になど、奏真は一秒もいたくなかった。
「なんもないのは一緒だけど、来るか? ……お、お、俺んち」
頬を少し赤らめ、言葉を噛みながら瀧本が誘う。奏真は目を輝かせた。
「お邪魔してもいいんですか?」
「お、おう……。じゃ、じゃあ、行こうか」
「はい!」
奏真は破顔して、半ヘルを掴み素早く被った。かっこいいバイクへと跨ると、瀧本の腰へ腕を巻きつけギュッと脇を締めた。