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迷子の子犬  side瀧本


 しつこく鳴るアラームで目が覚めた。

 瀧本が寒がりな奏真のために買った布団の中で手足を大きく伸ばし、ムクリと体を起こした。窓の外はすっかり日が落ち、真夜中と思えるほど暗い。


「ふぁ……」

「おはよ」


 奏真の声に瀧本が目を上げる。奏真は隣の部屋にいた。ダイニングテーブルに座っている。暗い部屋に、奏真の持つスマホを伏せた光だけが見えた。


「おう。いたのか」


 ポリポリ髪を掻きながら思い出す。奏真が朝、出かけに言ったこと。

 ────今日学校終わったら、行ってくるね。


 去年の十一月末、奏真の弟が生まれた。

 家に居場所のない奏真が、ますますのけ者になったと感じないか。話を聞いた時はそう思った。あまり乗り気でなかった奏真。今日もどんな顔で戻ってくるだろうと心配していたが、知らない間に眠ってしまったようだ。


「うん。さっき帰ってきた」


 奏真の声は落ち着いていた。

 暗くて表情は見えないが、声に悲しんでいる気配は感じられない。


「どうした?」

「ううん」


 首を横に振るのがぼんやり見える。

 暗いまんまがいいのか……。


「奏真」

「ん?」

「こっち、こねぇのか?」


 瀧本が布団をめくり、あぐらをかいて手を広げる。

 いつもなら「うん!」と犬コロのように飛びついてくる奏真が、黙ったままそろりと腰を上げた。無言で瀧本の前までやってきてペタンと座り、鼻先を指先で掻くと、瀧本の手を握った。

 妙に遠慮がちな仕草だなと思いながら、瀧本はその手をギュッと握り返す。

 様子はおかしいが、機嫌は良さそうだ。


「会えたのか?」


 チラリと見上げる目は、ちょっと潤んでいるようにも見える。

 暗い部屋の中でも、かすかな光を反射してキラキラ輝いている。初めて会った時、つい奏真を助けたのは、この目に惹かれたからかもしれない。自分でもよくわからない、反射的な行動だった。

 根無し草のように居場所を探しているコイツは昔の俺のようだと思った。

 いや、俺には一緒にバカやれるダチがいたし、コイツと違い、あの親に鍛えられたメンタルは強靭だった。

 多分……子犬を思わせる黒目がちな目で見上げるコイツに保護してやらなきゃという気持ちになったのだと思う。最初はそれだけだった。コイツが変なやつらにそそのかされ道を誤らないよう、俺がそばにいてやらなきゃって。そうだろ? 誰だってひとりじゃ間違えることがある。


「うん。会った。ちっこかった」


 嬉しそうな響き。どことなく照れているような。

 どんなご対面だったのかわからないが、奏真的には会いに行ってよかったと思える時間が過ごせたのだろう。瀧本はそう思い、ひとつ頷いた。


「そうか。よかったな」


 奏真が嬉しそうに唇を軽くかんでコクンと頷いた。

 こいつは表情は豊かだけど、おしゃべりじゃない。心の中ではいろいろおしゃべりしているのかもしれないけど、全部を言わない。そういうやつだと分かってる。でもたまには聞かせてほしいもんだ。


「んで、どうだったんだ? 写真撮ったんだろ?」

「うん。見る?」

「おお! 見せてくれ!」

「まってね」

「おう」


 奏真は瀧本の手を離し立ち上がった。テーブルに伏せた携帯を取り、トタトタ戻ってきて、両手で持った携帯を胸に当て瀧本の前で足を止めた。


「ん? どした?」

「あ、うん……」


 なにか煮え切らない様子でモジモジしている。首を竦めてなにか迷ってるような顔。


「ん?」


 瀧本は奏真の腕を掴むと緩く引っ張り、抱き寄せた。奏真は抵抗することもなく、瀧本のあぐらにすっぽり収まると、嬉しそうに瀧本を見上げ、胸に当てていた携帯を開いた。そこにはふくふくした小さくて丸い赤ん坊がいた。頬はツヤツヤ膨らみ柔らかそうで桃色だった。そっと触れないと傷つけてしまいそうな、神聖な生き物に瀧本には見えた。


「ちっさいなぁ」

「すごいでしょ」


 奏真の呟きは瀧本へ向けてというより、心を揺さぶられ思わず漏れたようなトーンだった。


「かわいいでしょ?」

「うん。かっわいいなぁ。幸せそうな顔で寝てんな」


 瀧本の言葉に「ふふ」と微笑み、奏真はポツリと言った。


「ちょっと感動しちゃった。俺の弟なんだって。伸之って名前」

「のぶゆき? いい名前じゃねえか」

「本当はね……会うのちょっと怖かった」

「うん」


 瀧本の相槌に、奏真が少しづつ言葉を零す。


「一応血は半分繋がってるけど、アイツの子だし……向こうはちゃんとひとつの家族だから。俺はもうあの家も出ちゃったし……」

「うむ」

「でも、ノブさ。ぐずってたのに、俺の指、握って。そしたらさ、笑ったんだよね。初対面なのに。お兄ちゃんなんて、きっとわかってないと思うんだけど。母さんはね、わかるのよって言ったんだけどね」


 いつもの奏真と違う、不器用そうな喋り方は照れの裏返しなのだろうと瀧本は思った。奏真の低く、優しい声に胸が締め付けられる。


「なんか、構えてたのは俺ばっかりって感じ」


 はにかむ奏真が愛おしい。

 瀧本はギュッと逞しい腕で奏真を抱き寄せた。


「よかったな」

「抱っこしてって手伸ばしてくるからさ、抱っこもしちゃった」

「……そうか」

「もう、壊れちゃいそうなくらいちっこくって。フワフワしててすっごく可愛かった。アイツのことも母さんのことも全部どっかぶっ飛んでいっちゃって、なんかこう、すごく愛おしかった。天使みたいでさ。まだなんにも知らなくて、ただただ純粋で。ああ、守ってあげたいなって思った」


 心から湧きだすような言葉。奏真の横顔は穏やかに輝いている。

 こんな表情を見たのは初めてだった。


「守ってやらなきゃいけないな」


 瀧本の腕の中で、奏真が噛みしめるようにゆっくりと頷く。


「あ、アイツね? ノブの父親。仕事ちゃんと就いたんだって、怒鳴ったりもしないし、昔のアイツに戻ってくれたみたい」

「そうか。一家の大黒柱としての自覚ができたんなら安心だ」

「うん。良かったって思う。本当に」


 奏真は穏やかな声で呟き、画面の中の弟の頬を指先でそっと撫でた。



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