襲撃2
瞼がピクッと痙攣し、奏真は目を覚ました。
頭が重い。
ズキズキする目を開けると、見覚えのある天井があった。
奏真はベッドの上にいた。
息を吸い込み違和感に気付く。硬いつっかえみたいな物が口に挟まっている。起き上がろうとしても手足が動かない。
奏真はさるぐつわを噛まされ、両手首を布で縛られ頭の上でひとまとめにされていた。足も動かない。上着はないが、制服は着たままだった。
まだぼやける頭で、部屋を見回す。
視界の隅になにかを捉え、見ればビデオカメラを回してる玉木がいた。その横にピチピチのビキニパンツを履いただけの、見るに堪えない格好の男が二人。
「お目覚めだね~。意識ない子を犯しても面白くないから、待ってたよ~」
玉木がケタケタ嬉しそうな声で笑う。
「現役高校生が、男優二人から犯されていく。センセーショナルで興奮するよね。しかも、高校生はすっごい可愛いんだよ。君には顔出しもしてもらおうかな? その方が高く売れるし」
「高校生ってバレちゃまずいよ。玉木さん」
男優が楽しそうに言う。
「奏真君が言わなきゃ分かんないよね? 警察に聞かれても僕じゃありません。って否定してくれればいいから。ね?」
「あははは。テキトーなんだから〜。ま、いいけど? 俺たちは覆面するし」
男達は目配せして、プロレスラーみたいなマスクを被った。
「じゃあ、始めようか。まず、二人でねっとりとした手つきで制服を脱がしてってくれ」
玉木の言葉を合図に裸の男達が近づいてくる。奏真は一瞬にして青ざめた。
こんな気色悪いおっさん絶対ヤダ!
「んっーーー! うぐぅっーーーーーーーー!」
もがき呻くが抵抗にすらならない。覆面男たちの腕が伸びてくる。身体をくねらせる奏真のシャツのボタンを上から太い指が一つ、二つと外していく。
奏真の全身が震え上がった。
ヤだイヤだ、嫌だっ!!
奏真は玉木を渾身の怒りを込め睨みつけた。四つ目のボタンが外された時、ピンポーンとインターホンの音が鳴る。
助かった!
奏真は瞬時に思い、バッとドアへ顔を向けた。
玉木が奏真を見て、時計を見る。
「六時……ちょっと早いけど、直樹も来てくれたよ。奏真君のショーを観たら、きっと直樹も興奮するだろうね」
一気に血の気が引く。直樹が来るという考えはなかった。
どうして直樹が……
そして思い出す。スタンドで玉木からのメッセージを読んだ瞬間怒りが跳ねあがり、気が付けば野球部のバッドを掴んでいた。
携帯は? あの場に落として……。ちくしょう!
直樹が携帯を見ていたとすれば、ここに来てしまう。
どうしようとパニックで固まる奏真を見ながら、玉木はニタニタと嫌な笑い方をした。
「ちょっと、ストップしてすぐ戻るから」
玉木の指示で男たちの動きが止まる。寝室を出て行く玉木を見送りながら、奏真は目をグッと閉じ訪問者へ「来るな来るな」と強く念じた。
突然、耳元に生ぬるい息が掛かる。
バッと目を開けると、男の一人が覆面の顔を近づけていた。
「めちゃくちゃ可愛いね。俺のふっといの入れたらお尻壊れちゃうかもしれないよ? 優しくするから、リラックスしてよ。あんまり抵抗しない方が身のためだからね?」
奏真は頭突きをくらわそうと頭を動かしたが、覆面はあっさり退いてしまう。奏真の頭突きは虚しく空振りした。
リビングのドアが開く。
来るなっ! 直樹……っ!
絶望的な気持ちで頭を上げると、玉木が太い腕に首を絞められながら泣きそうな顔で入ってきた。そのあとをサングラスとタオルで顔を隠した男たちがどやどやと入ってくる。
その数はざっと十五人ほどか。
軍手をした男たちは、皆が皆バットや、ハンマー、鉄パイプ等の物騒な物を手にしていた。
「えっ……」
マッチョ覆面の男たちは動揺した声を上げ、慌てて両手をホールドアップして奏真から離れた。物騒な男達の隙間から、細い影が飛び出す。
直樹っ!
「奏ちゃん!」
直樹が駆け寄り、口のさるぐつわを外す。
「っ、ぷはっ! 直樹どうしてっ!?」
奏真の手首の拘束を、直樹は必死の形相で解いた。しかしなかなか解けない。奏真は待っていられずバッと両腕を持ち上げ、直樹の首に被せると直樹をグッと引き寄せた。
「バカ直樹っ!」
罵倒し、ギューッと思いっきり直樹へしがみつく。
「ごめん。ごめんね。奏ちゃん」
直樹は涙声を震わせた。
「さーて。どれがどれか分かんないから、全部壊しとくか」
その声にビクッと体が硬直する。
「たっ……」
声を聞いて思わず名前が出そうになった。
直樹の肩からパッと顔を上げると、玉木も覆面男たちも目隠しされ、パンツまで脱がされた全裸で床に膝を突いている。しかも男たちの体は古いゴムホースできつく縛り上げられていた。
瀧本の指示でサングラスにタオルで顔をほぼ隠した男たちが、無言で部屋の中をガンガン音を立てながらめちゃくちゃに破壊していく。ノートパソコンにビデオカメラ、天井に吊るしたカメラ、ありとあらゆる高級な録画機器が鉄パイプで呆気なく粉々になっていく。
その音を聞き、玉木たちは全裸で震えていた。
瀧本はポカンとしている奏真と直樹の肩をポンと叩き、小さな声で言った。
「お前ら、ここから出て表通りのファミレスでなんか飲んでろ」
「い、一緒に……」
離れたくない。
奏真はすがる思いでお願いした。
「俺たちはこれから、こいつらにホントのお仕置きをするから」
瀧本はサングラスをオデコまで上げ、情けない顔の奏真を安心させるつもりなのか下手くそなウインクをして見せた。その瀧本の背後で、顔を隠した男が玉木の目隠しをむしり取る。
「お前、息子切られるのと、玉潰されるのとどっちがいい?」
「ひっひぃぃぃぃぃ!」
低いドスの効いた声。しかしその声は確かに、いつも行くカレー屋の店長だった。唖然としながら奏真は、瀧本と目を合わせ頷いた。
顔は隠しているが、体格と髪型で吉雄も来てくれたのが奏真には分かった。他の男たちも以前、一緒に遊んだ暴走族の人たちだ。注意して見れば、なんとなく記憶に残っているみんなの顔が蘇ってきた。怖い顔が一変して優しい笑顔になる、あの男達だった。
どんどん視界がぼやけ、鼻の奥がツーンと痺れてくる。
奏真は鼻水をすすり、助けに来てくれた男たちへ頭を九十度に下げた。直樹の手をしっかりと握り、マンションを出る。
二人は無言でずんずんと歩き、大通りにあるファミレスへ入った。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
ウェイトレスの女性が笑顔で尋ねる。
素朴で明るい声に気持ちがふわっと緩んだ。
信じられないくらい普通の世界がここにはある。
奏真は口を一文字にして、右手でピースを作った。「二名様ですね。こちらへどうぞ」と窓辺のソファ席に案内され、ほどなくおしぼりと水が二つ運ばれてくる。
目の前のコップを掴むと、奏真は自分の手が今になってぶるぶる震えているのに気づいた。チャプチャプ揺れる水が零れないようグッと力を入れ握り、持ち上げ傾ける。コップの水を半分まで喉に流し込み、テーブルへ戻した。
「直樹、来てくれてありがと」
「……ううん。……危険な目に遭わせて……ごめん……」
直樹はコップを両手で持ち、俯いて唇を噛み締めていた。奏真はコップから手を離し、直樹の手を掴むとギュッと握り、頭を左右に振った。
「俺の方こそ、ごめん」
「奏ちゃんはなにも悪くないよ。全部、俺が悪いんだ。俺が、玉木さんと知り合いにならなかったら、奏ちゃんまで、こんな怖い目に遭わずに済んだのに……」
俯く直樹の前髪から、ポタポタと涙が落ちる。
直樹だって、あいつらにいっぱい怖い目に遭ったのに……。嫌な思いをたくさんしたのに……。
奏真は込み上げる感情を押し殺し、ゆっくりと口を開いた。
「俺、いつも守られてばっかり。直樹にも会うなって約束させてそれだけ。……それだけで安心してた。ガキ過ぎるよね。そんな簡単な問題じゃないのに。なにも知らないで安心してたんだ。それに、元々……俺のせいだもん」
俺が直樹の話をちゃんと聞いてたら、向き合っていたら……あんなやつを頼ったりしなかったよね?
直樹は無言でブンブンと頭を横に振った。
「……俺たち、弱いよね」
直樹は奏真の言葉に黙ったまま頷き、それから震える声で言った。
「……本当は……すげぇ、怖かった……」
「うん。……俺も」
お通夜みたいなテーブルへ大きな影が現れる。
「おう。待たせたな。帰るぞ」
顔を上げて瀧本を見ると、瀧本はすっかりいつもの姿に戻っていた。
その姿にホッとして、奏真はニッコリと頷いた。
「うん」
「あの……ご注文はお決まりでしょうか?」
帰る気満々な奏真たちにウェイトレスが「待った」と言うように声をかけてきた。
「あ」
奏真は直樹と顔を見合わせ、一緒にププッと肩を小さく揺らして笑った。
「まだ、お茶してないんです。注文してからでもいい? あ、みんなは?」
瀧本は渋い表情を見せる。
「お前な。お茶じゃねーぞ? 帰ったら説教だからな! 分かってんのか?」
お叱りモードの瀧本に奏真は小さく首を竦めた。瀧本は直樹の肩をポンと叩いて、財布から五千円札を取り出すと直樹へ渡した。
「また、改めて礼はさせてもらうよ。わりぃな俺、これから仕事なんだよ。これで好きなもん食って、タクシーで帰ってくれ」
「あ、はい……ありがとうございます」
直樹は両手でお金を受け取り、恐縮したように頭を下げた。
「あ、そっか……お仕事……」
そうだよ。瀧本さんも、店長さんもお友達さんもみんな仕事を持ってる……なのに……。
奏真は皆に申し訳ないと思いつつも、瀧本が仕事へ行ってしまうことが寂しくてションボリしてしまう。
そばにいてほしい。
そんな自分を奏真はやっぱりガキだと思った。いくら平気なフリをしようとしても、己の感情まで誤魔化せない。
「おう。じゃあな。今日は早めに帰れよ」
奏真は気持ちが表に出ないよう、コクリと頭を落とすように頷いた。
瀧本を見送りながら考える。
他の助けに来てくれた人達も仕事中だったり、仕事が終わって疲れて帰ってきた所だったり、瀧本さんのようにこれから仕事だったり。それぞれの生活があるのに駆けつけてくれたんだ。カレー屋の店長さんなんて今の時間明らかに仕事中だっただろう。きっと瀧本さんのお友達がカレーを食べてるところに「瀧本の弟が拉致された」って連絡が回って……それが店長さんの耳にも入ったのかもしれない。きっと仕事をバイトに押し付け、出てきてくれたんだろう。もしかしたらお店を閉めて出てきてくれたのかも……。
全部、奏真の想像だったが、確かにあの部屋に皆が現れた時、カレーの匂いがしたような気がするのだ。
奏真は自分の頬を両手のひらでバシバシと叩いた。
「瀧本さんも……瀧本さんの仲間のみんなも……すげぇカッコよかったよ」
直樹も店を出て行った瀧本の背中を見つめながら言った。
「うん。すっごくカッコよかった」
ファミレスを出て二人でタクシーに乗る。
瀧本のアパートまで着いて奏真は降りた。直樹は降りない。
「じゃ、また学校で」
「大丈夫?」
奏真の問いに、直樹は無理に笑顔を作ってみせた。
「大丈夫。おやすみ」
「あ、明日は? 明日、ヒマ?」
慌てて声をかけた奏真に、直樹の笑顔がちょっと歪んだ。
「塾ある」
「あ、そっか……うん。じゃぁ、月曜?」
「うん。また学校で」
「……うん」
本当は直樹をちゃんと家まで送り届けたかった。いや、泊まっていって欲しかった。ひとりぼっちにさせたくなかった。
しかし、引き止めることができなかった。
今回の結果はいつもの奏真なら十分予測できることだった。冷静さを失い感情に走ってしまったことで、多くの人に心配と迷惑を掛け、直樹には後悔とその両方の痛みを負わせてしまった。
安易な行動に走るべきじゃない。行動には結果が伴う。よく考えないといけないんだ。
直樹を乗せたタクシーが走り出す。
奏真は見えなくなるまでそれを見送り部屋へ戻った。
シャワーをして着替え、布団の上で小さく膝を抱え布団を被る。
今回のこと、直樹のこと。この先どうすべきなのか、考えても考えても、今の奏真に浮かぶのは後悔だけだった。




