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襲撃


『こんにちは。急だけど今日の夜、七時にマンション来てくれる? 例の男優も二人用意出来たから。待ってるよ』


 メールを見た途端、奏真の怒りは沸点に達していた。

 なんだよあれ……なんなんだよっ! 約束したのに。もう行かないって言ってくれたのに!

 絶対なんかある。行かなきゃいけなかった理由があるんだ。全部アイツが仕組んでる。


 奏真の怒りは、ゆるい表情で善良な人間のお面を被っている男に集中した。

 大通りでタクシーを拾う。

 ウインカーを出して停まった車のドアが開いた。乗り込もうとした途端、タクシーの運転手が慌てた声を出す。


「ちょ! お客さん! なんでバット持ってんの」

「え? あぁ、野球部の忘れ物です。届けに行かないと。試合に間に合わなくなる」


 奏真は怪しまれないよう怒りを抑え込み、穏やかに話した。皮肉にも奏真の家庭環境で培われた技能が役に立つ。それでも運転手は怪訝な表情を崩さない。


「じゃあ、うしろ開けてよ。トランクに入れとくから」


 そう言うとやっと運転手は了承してくれた。

 運転手に怪しまれないよう玉木のマンションの近くの通りで降りる。

 トランクからバット二本を取り出し、タクシーが走り去るのを確認してからバット二本を片手に持った。

 マンションの前まで歩き、バットを両手に持ち替え、上からブンッと振り下ろし気付く。

 二本はやっぱり重い。片腕ずつじゃ力も半減だ。万が一、一本奪われたら逆に不利になる。

 奏真はマンションのゴミ置き場にバットを一本投げ捨て、ロビーへ向かった。


 玄関ドアの前まで来て目を閉じ、奏真は静かに短い深呼吸をした。玉木を警戒させないよう、闘志を沈める。インターホンを押すと、奏真はバットのグリップをギュッと握り直し、うしろへ隠した。

 モニターへ顔を向ける。

 ドアがそっと開いた。


「奏真君。どうしたの? 一人?」


 玉木は笑顔でドア開けて奏真の背後をチラッと確認した。


「ひとりだよ」

「そうなんだ。なんか話があるみたいだね? 上がるかい?」

「うん」

「ちょっと待ってね」


 玄関には男物の靴が乱雑に脱ぎ捨ててあった。それを玉木が屈んで揃える。

 その体勢で奏真の足元を見たのだろう。バットに気付いた玉木が顔を上げる。同時に奏真はバットを振り上げ、目を見開いた玉木めがけて振り下ろした。

 ガコッ!

 重い音がして、叩きつけたバットが床を割る。


「ひえっ!」


 玉木が間抜けな声を上げ、尻餅をついた。

 狼狽え腰を抜かした玉木の姿に、奏真の怒りが沸点を超える。

 こんなヤツにっ……!

 奏真は押し殺していた怒りを一気に解放した。煮えたぎった腹の底から声を張り上げる。


「直樹に手ぇ出すなやっ!」

「え? なんのこと? 奏真君落ち着いて……」

「うるさいっ! 直樹を脅したんだろ! 」


 奥の扉から、ピチピチのTシャツを着た色の浅黒い男二人がなにごとかと出てきた。玉木が尻餅ちをついた体勢のまま後ずさる。


「ちょ、助けて」

「なんだこいつ」


 のそのそと歩み寄ってくる男たち。そいつらの頭に照準を合わせ、奏真はバットを振り上げ構えた。


「直樹を脅してる物を出せ! ここに全部もってこい!」


 玉木は二人の男に支えられ立ち上がると、引きつった笑顔で猫撫で声を出した。


「奏真君、なにか誤解してるよ? 直樹くんはバイトしてるんだ。脅されてしてるわけじゃない。ビデオ一本につき十万だよ? 彼に聞いてごらんよ……」


 奏真は全身の血液が頭に濁流のごとく押し寄せるのを感じた。血管がビキビキ波打つ。破裂しそうだ。今度は怒りに任せ力の限りバットを横に叩きつけた。バキッ! と壁に穴が開く。


「ひえっ!」

「っざけんなっ! お前がやらせてんだろ!」

「本当に誤解だよ」

「持って来い!」

「玉木さんこれ……」


 気色の悪い男優らしき男が玉木になにかを手渡す。


「本当に誤解なんだけど……はい」


 玉木はそう言いながら、ディスクを差し出してきた。


「お前だけでこっちに持って来い!」


 体をうしろに引きながら、腕を伸ばし近づいてくる。

 玉木の手からディスクを取ろうとした時、いきなりシューッ! という音と共に目の前が白くなり目に激痛が走った。


「うわっっ!」


 ギュッと目を瞑り手で瞼を抑えると、口を覆われ息が吸えなくなった。

 みるみる体から力が抜けていく。

 カランカランと金属音のあと、まるで空気の抜けた風船のように奏真の体が崩れ落ちた。目がぐるぐるまわり、吐き気が込み上げる。次の瞬間、膝裏に激痛が走った。


「はがっ!」


 ドサッと奏真の頭は床に落ちた。

 白くなっていく視界。


「……たく。とんだやんちゃ坊主だな……」


 遠くで玉木の声がして、それも霞むように小さくなり聞こえなくなった。




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