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直樹の隠し事


「ん〜。今日はあったかいねぇ。小春日和っつーの? ぽかぽか。十一月の気候じゃないよねー」

「うんうん。気持ちいいね!」


 放課後。

 奏真と直樹は雑草が生え放題になっているスタンドに座り、野球部が元気に部活に励んでいるのをバックネット越しに眺めていた。

 今日は直樹の塾もなく、奏真のバイトもない。今の直樹にとって、奏真とこんなふうに穏やかに過ごす時間が、大げさではなく、唯一の安らぎになっていた。だから暗い顔は見せない。楽しく過ごせるよう常に意識していた。

 もう奏ちゃんに心配をかけたくないし、巻き込みたくない。

 奏真が身体を張って直樹を守ろうとしたように、今度は自分が奏真を守るのだと直樹は決めていた。

 もちろんそんなこと、奏ちゃんには言えないけど……。


 二人は小学生の時、同じ野球チームに入っていた。まだ奏真の父親が生きていた頃の話だ。

 仲良くなったきっかけはキャッチボールだった。学校が終わったあとも、ヒマさえあれば二人でキャッチボールをしていた。

 奏真の父親が他界したと同時に奏真はチームをやめてしまい、奏真がいなくなったことで、直樹もしばらくしてやめてしまった。

 中学に上がり、元から体を動かすことが好きだった直樹は、恵まれた体型を生かすためバスケ部に入った。 それでもふたりが野球好きなことに変わりはなかったし、夏休みになれば奏真が直樹の家に行き、高校野球の中継を楽しむのが常だった。


 マウンドでは、長身のピッチャーが大きく振りかぶり、腕をしならせ速球を投げる。直樹が指さし、奏真へ説明した。


「あ、奏ちゃん! 今、投げた子、一年生なんだって。百三十キロとか出すらしい。すごいよね。もうエースだよ」

「マジ? へー。そんなマンガみたいな子、ホントにいるんだねぇ。……あ、そうだ」

「ん?」


 奏真は呟くと、携帯を取り出し両手で弄った。ほどなく直樹の携帯がポケットの中でブーンと振動する。画面を開くとメールが届いていた。「コーポ戸三山 一〇五」というアパート名と住所が載っている。


「これって?」

「俺、引越しした。それ、新しいアパートの名前と住所ね」

「え? おばさんとあの家から引越したの?」

「なんでだよ。母ちゃんがあいつを置いて出るわけないでしょ。お腹だってあんなに大きいし」

「あ……そか……」


 もうすぐ奏真の弟が生まれてくる。

 そのことを聞いた時、奏真の顔は無表情で沈んだようにも、興味がないようにも見えた。あまり嬉しそうじゃなかったことだけは確かだ。

 父親が違う弟。しかし奏真と血は繋がっている。それを聞いた時、直樹は改めて理解できた。「だから奏ちゃんは家に帰りたくなかったのか」と。

 奏真が毛嫌いしている島田も今は真面目に働いている。自分の子供ができたことで、島田の気持ちにも変化があったようだ。


「じゃあ、この引越しって?」

「自立したってこと」


 奏真は直樹の質問にニコニコ得意気な顔をして言った。


「え、一人暮らし?」

「なんで?」


 ……ああ。

 直樹はカクッと首を落とし一瞬うつむいたが、「なんでもないよ」と口元をキュッと上げて見せた。


「一緒だよ。瀧本さんも」

「瀧本さんが、アパートを引越したんだね。了解」


 平静を装うとしても、皮肉めいた言い方になってしまう。

 奏ちゃんはくっついてるだけなんだから、自立してないじゃん。

 内心そう思っていると奏真が言った。


「ううん。今度は違う。俺にもちゃんと家ができたんだよ」

「どういうこと?」

「俺の家。もう、居候じゃない」


 奏真は顔を上げてキッパリと言ったが直樹にはチンプンカンプンだった。自立でもないと思った。しかし瀧本と一緒に住む、という奏真の強い意志だけは十分伝わってきた。


「ふーん。そっか。どんな感じなの? 前より住み心地いい?」

「うん、抜群だよ。部屋のなかにお風呂もトイレもあるしフローリングだしね。オシャレっしょ!」

「おー。前はボロボロの畳だったもんね。そりゃすごいや」

「また遊びに来てよ」

「うん……。あ、奏ちゃんのゲーム、俺もダウンロードしたいな。やってくんない? ジュース買ってくるから」


 もう限界だった。一刻も早く話を切り上げたくて、直樹は奏真に携帯を渡し立ち上がった。

 奏真は携帯を受け取り「りょ〜かい」とニッコリ笑う。

 直樹はバックネットのスタンドから下りてグランドの横を通り、体育館の横の自販機へ向かった。

 奏ちゃんは俺のせいで玉木さんに酷い目にあった。だから、これでいいんだよ。元々、自業自得だもん。瀧本さんと一緒に暮らせて、居場所ができて……本当に良かったよね。


「…………」


 滲んだ涙をグイと手の甲で拭き、小銭を入れペットボトルを二本買う。

 またグランドの横を通り、奏真が座っているはずのバックネットへ顔を向けて気付いた。

 ……あれ?

 さっきまで座っていた場所に奏真の姿がない。

 トイレかな……? すれ違ってないけどな。

 そう思いながら、さっきまで座っていた場所へ戻る。やはり奏真の姿は無い。直樹の携帯だけが無造作にポツンと置いてあった。


「んだよぉ。無用心だなー」


 腐った気持ちでドサッと座る。

 ペットボトルを傾けゴクゴクとジュースを飲みながら携帯を手に持ち、画面をタップした。


「……え……」

 

 明るくなったディスプレイは受信メールの画面だった。

 一番上のメールが『玉木』になっている。しかも開封済み。直樹はギョッとしてメールを開いた。


『こんにちは。急だけど今日これる? 七時にマンションね。前回話した男優も二人用意できたから。待ってるよ』


 うわ……なんで、なんで……奏ちゃんこれ、見ちゃったの?

 直樹は慌てて立ち上がり、奏真の姿を探した。

 怒って帰っちゃったのかな。もう会わないって約束したのにって……。

 頭の中で耳鳴りのような音が響いた。顔からは一気に冷や汗が噴き出し、背中を冷たい水がいく筋も流れ落ちる。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。せっかく友達に戻れたのに……。

 目眩がする。

 バックネットからどうにかフラフラ降りると、野球部員達の大きな声がした。


「オイッ! ココに置いといたバットどこいった?」

「あれ? 俺のもねーぞ?」

「お前使ってない?」

「俺、自分のだよ」

「おいおい。誰が持ってったんだよ。買ったばっかだぞ!」


 耳に飛び込んできた会話に、サーッと血の気が引く。

 まさか……奏ちゃん?

 直樹は慌てて奏真へ電話した。

 約束を破った俺に呆れて、怒って帰ってしまったならまだいい。

 電話はすぐに留守電へ切り替わる。

 ……出ない。どうしよう!





 ラブホテルで奏真と約束した翌日、直樹は玉木に呼び出されて、マンションに来ていた。

 本当は玉木のマンションには二度と上がるつもりは無かった。奏真と約束をしたからだ。しかし「もう会えません。ごめんなさい」と玉木に電話で告げると、玉木が気になることを言った。


「直樹君がダメなら、奏真君にお願いするしかないかな」


 マンションに上がり、いつもと同じように玉木にシャワーを勧められた。

 直樹はそれを断り、奏真にも会わないで欲しいとお願いした。そしてもう一度、「もう会えない」と伝えた。すると玉木は直樹をソファに座らせ、テレビのリモコンを手に取り、電源を入れた。


「っ!」


 画面に現れたのはベッドの上、一糸まとわぬ姿で寝転がる奏真の姿だった。

 直樹の顔面が硬直する。


「な、なんで……」

「奏真君に頼まれたんだよ。僕が相手するから、もう君とは会わないで欲しいって」

「うそ……嘘だ……」

「嘘じゃないよ? ほら、気持ち良さそうだろ? 無理やりしてるわけじゃないよ?」


 奏真は眠そうに目を閉じていたが、玉木の愛撫に悶えていた。気持ち良さそうな表情。情けない話だが直樹の体はすぐに反応し熱くなった。


「君たちは親友同士で、互いを本当に想い合ってる。僕はそれに感動したから、君と会わないようにしようと思ってたんだよ? でも……僕は君が好きなんだ。君に夢中なんだよ」

「玉木さん……」

「でも、君に会えないとなると、寂しくて奏真君に連絡してしまいそうだ。一体どうしたらいいんだろう」


 直樹の頭は酷く混乱していた。しかし、すぐにおかしいと思った。

 なんで、撮影してあるの?

 しかも映し出されている映像は、ホームビデオのものではない。画面はカットで四方からの映像に切り替わる。まるで配信動画を観ているようだった。


「玉木さん、本当のこと言って下さい。奏ちゃんのこれ……どうするつもりなんですか? まさか……」

「ボカシなしの裏ビデオ? ああ、そうだね。こんなに綺麗な子だし、かなり高値で取り引きできるだろうね。もしかして、伝説の裏ビデオって言われちゃうかもしれない」

「な……」

「でも、直樹くんが、奏真君の代わりになってくれるなら、これは消去するよ? もったいないけど、ちゃんと約束しよう」


 約束なんかじゃない。これってテイのいい脅迫だ。

 ここにきてやっと気付く。

 こんなに優しそうに話してるけど、こんなに優しい顔をしてるけど、この人……すごく怖い人だ。

 奏ちゃんはきっと、こいつになんかされたんだ。睡眠薬とか飲まされたのかもしれない。もしかして俺も知らないうちに盗撮されてて、奏ちゃんはそれを観て、俺から手を引くことを条件にこいつの相手をしたのかも……。


『アイツ、全然いい人なんかじゃなかった』


 奏真の言葉を思い出す。直樹の身体が怒りとショックで震えた。

 瀧本さんがいるのに。奏ちゃんはなにも悪くないのに。俺が、こんな奴と知り合ったばっかりに。


「どうする? 決めるのは直樹だよ? 僕は、無理強いは嫌いなんだ」


 直樹は俯いたまま、声を振り絞った。


「俺が、すれば……奏ちゃんのは消してもらえるんですね?」


 玉木は直樹の横へ座り、震える肩を抱き寄せながら耳元で甘く囁いた。


「本当に君はいい子だね。大好きだよ。君もとっても綺麗だ。奏真君とは違う繊細さがある。それにね……裏ビデオと言っても君は高校生だから、ちゃんと顔に加工入れるから、なんにも心配しなくていいんだよ? 学校にバレることもない。しかも、一回撮影する毎に、君にはお小遣いとして十万円あげよう。悪いバイトじゃないだろ?」


 なにかが壊れる音が聞こえた。

 奏真と笑いあった学校生活も、昨日流した涙も、全てが遠のいていく。

 玉木を汚いと思っているけど、直樹はなんとなく悟った。

 ……もう、俺も、こっち側の人間なんだ。

 男とエッチして、金を稼ぐ。きっと、すぐに麻痺してしまうだろう。いい小遣い稼ぎだって。気持ちいいし、ラクして金貰えてラッキーだって……そう思うようになるんだ。


「じゃ、シャワー浴びておいで?」


 玉木の声に我に返った。

 直樹はヨロヨロと立ち上がり、バスルームへ向かう。

 シャワーを浴びていると、ドアが開いた。玉木がカメラを構えている。脱衣所に三脚があって、カメラはその上に固定された。


「あけっぱなしだけど、寒くないよね?」


 直樹は浴槽に両手をついて、バスルームで犯された。

 撮影されているのも、途中からどうでもよくなる。快感に身を委ねてしまえばいい。なにも考えないでいい。呪文のように唱える。

 玉木のモノが自分の中を出入りする度に、喘ぎ声を出した。

 シャワーのお湯に混じり、しょっぱい水が口に入ってくる。でもそれも、どうでも良かった。





 もし……、もし、奏ちゃんが玉木にブチ切れてバッドを二本持って殴りこみに行ったら?

 この前の撮影の時、玉木は言っていた。


「次は、マッチョな男優を二人用意するから3Pを撮ろう。お礼も十万じゃなくて、ちゃんと二人分の二十万あげるよ」


 ……メールの内容からして玉木のマンションには男が三人がいるんだ。そんな所に殴りこみに行ったら……奏ちゃん捕まって酷い目に遭うかもしれない!


「ヤバイ。ヤバイよ……どしたら……」


 警察? ダメだ。警察になんか電話したら、学校にバレちゃう。暴行事件になったら、奏ちゃんだって退学になっちゃうかもしれない。でも、早くしないと奏ちゃんが……!


 直樹はなにかいい方法はないかとメールを見た。

 奏ちゃんから貰ったメール……新しい引越し先。

 瀧本さん。そうだ。瀧本さん……瀧本さんなら!

 直樹は学校を飛び出し、タクシーを捕まえた。運転手へ新居の住所を告げ「急いでます!」と伝える。瀧本の連絡先は分からない。アパートにいるのを捕まえるしかない。

 いるだろうか? 瀧本さんはいつも夜勤で夕方は寝てるって言ってたよね?

 時計を見る。もうすぐ五時。玉木からメールが届いたのが四時四十分。

 奏ちゃんはまだ、玉木さんのマンションへ到着してないかもしれない。

 速く速くっ!


「アパート戸三山……ああ、ここだねぇ」

「ありがとうございます!」


 直樹は金を払い、釣りも受け取らずにタクシーから飛び出した。

 一階の五号室。駐輪場には大型のバイク。

 きっとこれ、瀧本さんのだ!

 鍵はもちろんかかっている。直樹はドアの横にあるチャイムを連打した。その返事も待たずにドアをドンドンドン! と繰り返し叩いて叫んだ。


「瀧本さん! 瀧本さんっ! いませんか!」


 お願いだから、起きてっ!






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