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お引越し3


 電話に出た瀧本の口調からして、友達からだろうと奏真が黙る。


「おお。マジか? え? 貰っていいのか? おお。助かる。今から電気屋行こうと思ってたんだ」


 話しながら、瀧本が奏真に向かって親指を立てた。

 得意気な顔。電話が終わりポケットに携帯を突っ込むと瀧本が言った。


「洗濯機、貰えることになったぞ」

「マジっすか! じゃぁ、やっぱりテレビ!」

「そうだな。今からツレんちに洗濯機取りに行って、電気屋行って、ホームセンターも九時までやってるから、布団も買えるな」

「じゃ、残りの荷物運んじゃいましょ」

「おお。おお」


 二人はエンジンをかけ直し、荷物運びに精を出した。運び入れが終わると軽トラへ乗り込む。車は十五分ほど走り「有限会社ヨシカネ鉄工所」という古い看板のついた灰色の建物がある敷地へ入っていく。


「降りるぞ」


 車から降り、奏真はポカンとその建物を見上げた。


「鉄工所?」


 瀧本が工場の真っ暗な入口に入って行く。

 開いたままのドア。静まり返った冷たい空気。奏真は「おじゃましまーす」と小さな声で挨拶しながら足を踏み入れたが、工場内には誰もいないらしい。照明の消えた薄暗い通路を行く瀧本のシルエットがどんどん遠ざかっていく。勝手知ったるなんとやら、なのか。

 奏真は妙に気後れしながら、ちょこちょこ足を動かして瀧本を追った。

 工場の奥まで行くと、茶色のアルミドアが見えた。そこを開けて、外へ出る。


「おーい。吉雄(よしお)! 来たぞー!」


 工場の裏は普通の民家だった。庭先に洗濯機が一台ドンと置いてある。玄関がガラガラと開いて顔を出したのは、五十代くらいの丸顔に笑顔をたたえた人の良さそうな女性だった。


「あら、瀧本くん。久しぶりねー! しばらく見ないうちにしっかりしちゃって~」

「おばさん、今日もチャーミングですね!」

「あははは! 相変わらず、おかしなこと言うねー!」


 女性と目が合い、奏真はお辞儀だけの挨拶をした。


「こんにちは。瀧本くん、この子誰?」

「俺の弟です」

「えー? ウソでしょ? 全然似てないわよ?」

「血は繋がってないっす!」

「あら……まぁ。そうなの? 色々あるのね〜。うんうん」


 女性はそれで全てを理解したとばかりに、頬に丸々した手を当てて頷く。

 瀧本は堂々としていたが、奏真は苦笑いしてもう一度頭を下げた。


「母ちゃん! フライパンから煙り出てんぞ!」


 女性にそっくりな丸顔で眉毛のない若い男が出てきた。奏真はその顔をじーっと見つめ、首を傾げる。

 なんか、確か……どっかで見たことが……。

 記憶をたどっていると、女性が大きな声を上げた。


「あら! しまった! じゃあ、これ、持ってって頂戴!」

「いいっすか? ありがとうございます!」

「あ、ありがとう……ございます」


 バタバタと家の中に入ってしまう女性に、奏真は瀧本に続いて慌てて礼を言った。代わりに出てきた眉毛のない男が、ニヤニヤしながら瀧本の肩をポンポン叩く。


「吉雄〜。マジ助かったよ。おばちゃんに礼言っといてくれ」

「いいって。新しい洗濯機を買うって、あいつが言い出したんだから。持ってってくれて助かるよ」


 吉雄と呼ばれた男は奏真を見て「よ! 久しぶり」と声を掛けてきた。


「あ、ども……」


 やっぱり会ったことあるんだ。と記憶の引き出しを片っ端から開ける。そして、ハッといきついた。

 そうだ! 瀧本さんと一緒にカツアゲトリオから助けてくれた人! いつも黒いマスクをしてるから分からなかった!


「ご無沙汰してます」

「相変わらず可愛いねぇ〜。瀧本は優しいか?」

「おまっ! ちょっ! やめろよぉぉぉ~!」


 真剣に照れて、クネクネしている瀧本の横で奏真は満面の笑みで答えた。


「はい、すっごく」

「いいなー。俺も、男でもいけそうだなー」


 えっ……!

 吉雄の言葉に奏真の全身がピキンと音をたて固まってしまう。

 ……し、知ってたんだ……。


 瀧本のでっち上げた兄弟の再会物語を聞いて皆が涙していた。吉雄も号泣だった。だから奏真はてっきり鵜呑みにしていると思っていたのだ。

 瀧本がいきなり吉雄の胸ぐらを掴み、ドスの利いた低い声で唸るように言った。


「お前、コイツには手ぇ出すなよ」

「じょ、冗談。冗談だって」


 瀧本がパッと手を離した。


「なーんだ冗談か! あははは!」

「……たくも、ラブラブ過ぎだろ」

「ちょっ! おまっ! そんなこたーねーよなー?」


 さっきの凄みはどこへやら、モジモジする瀧本に奏真が噴き出す。


「クネクネしてんじゃねーよ! 気持ちわりーんだよ!」


 吉雄は言うと、洗濯機にポンと手を置いた。


「ほら、運ぶぞ。軽トラは?」

「工場の前」

「んじゃそっち持って」

「おう」


 重そうな洗濯機を吉雄と瀧本がヒョイと横にして持ち上げてしまう。奏真も慌てて加勢した。


「お前はいいよ。工場のドア開けてくれ」

「あ、うん」


 走ってドアを開け瀧本たちを待つ。来た道を戻り、工場を抜け、軽トラまで運ぶと、二人は「よいしょ」と掛け声をして洗濯機を立った状態で乗せた。


「軽トラも借りちゃって悪かったな。すげー助かったよ」

「おう。遊んでる軽トラだから、またなんかあったら言ってくれ」

「おう。明日には返せると思うけど」

「いつでもいいから」


 吉雄がゴムホースを手に戻ってきた。ゴムを引っ掛け伸ばし、洗濯機が倒れないように固定して、反対側にくくりつける。


「おお~、手際がいいね~」

「当たり前だろ。毎日やってんだから」

「毎日? 吉雄さんってお引越し屋さんなんですか?」


 吉雄は小さな目で奏真を見た。

 キョトンとした顔がなんとも愛らしい。


「わははは。可愛いなぁ~」

「くおらっ! 吉雄! 俺のだぞ!」

「分かっとるわ!」


 すぐに喧嘩が勃発しそうになる。

 奏真はその迫力にビクついてしまうが、次の瞬間には笑い合っているのだ。


「こうやって荷台に重い物や大きな物を括りつけるのに、紐よりゴムホースの方がいいんだよ。伸びるし、縛らなくてもいいしな」


 吉雄はゴムの結び目を指さす。たしかに縛ってはいない。ゴムホースを鉄の出っ張りに引っ掛け、クルッとホースを通してあるだけなのにガッチリと留まっている。奏真が指でゴムホースを摘んで軽く引っ張ってみたがカチカチでビクともしない。


「強力っすね。ところで、……結局、なに屋さんなんです?」

「ここ。俺んちの会社なの。オヤジの会社。だから、鉄工所」


 吉雄は苦笑いして古びた看板を指さした。


「おおお、じゃあ次期社長……」

「そんないいもんじゃねーよ。来年高校卒業? よかったら来てくれよ」

「マジっすか! 頼もしい」

「瀧本も警備会社クビになったら来てくれよな」

「んで、クビになんだよ! ばーか!」

「お前がバカだから、なるかもしんねーだろ! ばーか!」


 掛け合い漫才のようなやりとりに、奏真は肩を揺らして笑った。


「楽しそう。もしクビになったら二人でご厄介になりましょうね」


 ゴリラとクマのいがみ合いのようだったのに、瀧本が情けない顔になった。


「おいおいおい。クビ前提かよ」


 奏真は「えへ」と首を竦め、笑ってごまかした。

 吉雄に礼を言うと、吉雄の母親が顔を出し「ご飯食べて行く?」と誘ってくれた。瀧本が「今晩使う布団が無いから買いに行く」と説明し、「次回は、必ずご馳走になります」と約束して工場を出た。


 ホームセンターの布団コーナーを見て回り、手頃な価格の羽毛布団セットのダブルサイズと、替えのシーツ、枕をふたつ購入。さらに、フローリングに敷く絨毯。コタツで使う座椅子二つ。折りたたみ式のダイニングテーブル、椅子二脚も買った。


「これくらいですかね、大物は」

「そうだな」

「じゃぁ、入浴剤! お風呂コーナーですよね? シャンプーとかそのへん……あ、あっちですって」

「おお。あ、ティッシュ! 大事なティッシュ!」


 大きな声で言う瀧本を無視し、奏真はシャンプー売り場のコーナーに入って行く。


「あ、この詰替用シャンプー九百八十円もするけど、めちゃくちゃ入ってますよ。初期投資で買っちゃいます? シャンプー特価じゃないと結構高いし」

「おお。任せる」

「あと……入浴剤、結構種類豊富っすね。どうします? えっとぉ、ひのき、ミルク、……お? コレ、あわあわになるんだってー」

「男はゆずだろ!」

「あ……そっすか……」


 奏真は泡の入浴剤をそっと棚に戻した。


「なんだアワアワがいいのか?」

「いや、ゆずでいいっす!」


 渋い字で「ゆず」と大きく印刷してある入浴剤をカゴへ入れ、瀧本のパンツや生活品をカゴに入れた。大きな荷台用のカート二台と手持ちカゴを山にしながらレジへと向かう。

 会計は六万円近くになった。奏真は鞄から封筒を出し、一枚一枚数えて六枚揃え、「これで」と出した。封筒から枚数を数えて出すこの作業が奏真にはやけに誇らしく感じられた。

 買った商品を袋に詰めていたら、いつの間にかゆずと一緒に泡の入浴剤も入っていた。隣の瀧本を見ると「俺はなにも知らないよ」という顔をしている。 

 こっそりカゴに入れられた入浴剤。優しくて自分に甘い瀧本を、奏真は本当にかわいい人だと思った。


 荷物を軽トラに積むと、荷台は山のようになった。


「じゃじゃーん」


 瀧本は吉雄が軽トラの中に入れておいてくれたゴムホースを得意気に見せた。吉雄に習い荷台の荷物を固定する。


「どうだ! こんでバッチリだろ!」

「うんうん」


 軽トラに乗り込むなり瀧本がボヤく。


「あ~~~! 腹減った」

「もう七時半ですもんね」

「荷物積んでるからなぁ。……しゃーない。カレー屋に行くか。あそこなら窓から車見えるし」

「はい」


 元、暴走族総長さんのやってるいつものカレー屋へ向かう。

 店長はてんこ盛りの軽トラの荷台を見て、二人にカレーを奢ってくれた。「金をいっぱい使ったろう」と、更にレトルトのカレーを十個もプレゼントしてくれる。


「そこは、現ナマでしょ」

「あ、そんなことゆーなら、カレー返せ!」

「やだぴょーん!」

「いやいや、助かります。あのぉ……お米は?」


 奏真が店長に両手のひらを「頂戴」と開き、上目遣いを見せる。


「あ、可愛い顔して! けっこう言うね!」


 店長はニコニコと店で使っている米五キロの袋をそのまま渡してくれた。奏真の目が真ん丸になる。

 冗談のつもりだったのに……。言ってみるもんだな……。

 本当にもらえると思ってなかった奏真は「もらっちゃった」と瀧本を見た。瀧本も目を丸くして奏真を見返し、二人で店長に向き直り頭を下げた。


「ありがとうございます! 店長さんも遊びに来て下さいね。カレーご馳走します!」

「いや、それおかしいだろ」

「よ! 渋いよ! このロクデナシ!」

「コロスぞ!」


 怖い顔の仲間は荒々しい冗談を言いながらとても温かい。


 新しいアパートへの帰り道、軽トラに揺られながら奏真は瀧本へ言った。


「大収穫でしたね」

「おお。洗濯機も貰えたし、米もカレーも貰えたな」

「みんないい人ばかり。さすが瀧本さんのお友達」


 奏真は「類は友を呼ぶ」という言葉をひしひしと感じていた。


「俺らは基本的にバカだから、あんま損得考えねーんだよ」

「ううん、きっとホントに大事なものをみんな分かってるんですよ」


 まっすぐ前を向いて話す奏真に、瀧本はニコッと笑った。

 信号が赤に変わり、軽トラがゆっくり停まる。


「月が綺麗だなぁ」


 瀧本の声に奏真は前のめりになり月を見上げた。


「ほんとだ。十五夜ですかね? まん丸だ」

「こうやって話せるから、車も悪くないな」

「うん」


 瀧本の顔が近づく。奏真も顎を持ち上げ、少し顔を傾ける。

 そっと触れ合うだけの口付け。


「あ、信号変わったよ」


 奏真がスッと助手席の定位置に戻る。


「おっと」


 瀧本はギアを入れ、軽トラを発進させた。それから奏真の手を掴み、ギアの上に乗せる。その上から瀧本の大きな手がギアごと奏真の手を包んだ。


「お前も軽トラの練習しなきゃな」

「これ右手ですけど」

「わははは! そだな」


 瀧本は「そうだな」と言いながらも離すどころか、奏真の手をさらに上からキュッと握る。

 不器用な瀧本を奏真はとても愛おしく思った。




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