お引越し
四時限目の終わった昼休み、机の下にある段ボール箱を見て直樹が首を傾げた。
「奏ちゃん、そのダンボールなに?」
「んー、私物?」
「私物?」
「そう。私物」
今日はいよいよ引越しだ。奏真は親と住むアパートから、必要最低限の私物を持って登校していた。全く家へ帰らないわけにはいかないだろうけど、できるだけ戻らずに済むようにしたい。
学校が終わったら、お金も下ろして……。
考えるだけでワクワクが止まらない。時間の流れがとてつもなく遅く感じた。
放課後になり、奏真はダンボールを片手にコンビニへ急いだ。この日のためにコツコツと貯めてきたお金を下ろす。敷金礼金の半分と。家賃の半分。
奏真は少し分厚い封筒を大切そうに鞄の奥の奥にしまった。絶対落ちないよう、歩道側の肩にカバンを掛け脇に挟み、右手でダンボールを抱え、慎重にスピーディーにアパートへ向かう。
「ただいまぁ」
数個並んだダンボールの横。薄暗い部屋の中で、瀧本は相変わらず爆睡していた。
もー、なんだよ。今日はお引越しってホントにわかってんのかな? 引越し楽しみにしてんの俺ばっかみたい……。
奏真は口を尖らせ、鞄を抱えたままユサユサと瀧本の肩を揺すった。
「ただいま! 帰りましたよー!」
「んうん?」
瀧本は眉間にシワを寄せ、うっすら目を開いた。それから、長い手をのっそりと持ち上げ、奏真を引き寄せるとギュウウウッと抱きしめる。
「わ、もうっ!」
「ふう……おかえり」
「ただいま。今日ですよ! お引越し!」
瀧本が無言で笑った。頬を押し付けられた胸が振動する。
「うっさいなー。お前が帰ってくんの待ってたんだろー」
瀧本は笑いながら、奏真の頭をポンポンと叩いて撫でた。
「待ってんのはいいけどさぁー、呑気過ぎんでしょ。爆睡だったじゃん」
「はいはい……ふぁぁぁぁ」
奏真を解放し、瀧本はムクリと起きるとボリボリ頭を掻いた。
「ねぇねぇ」
「んー……今何時だ? カーテン開けてくれ」
「んなのいいから! ……それより」
奏真はムフフと笑いながら、鞄を開け分厚い封筒を両手で掴んで瀧本に差し出した。
「なにそれ?」
キョトンとしてる瀧本に奏真はニヤニヤが止まらない。「はい」と封筒を手渡す。瀧本は封筒の中身を見て「は?」と眉を上げ、奏真を睨んだ。
「お前、かーちゃんの財布から!」
「ちょ! なんでだよ! なんでそーなんのよ! もーーー!」
「カツアゲか!」
「カツアゲって、そんだけやろうと思ったら何回しなきゃなんないと思ってんすか!」
瀧本は奏真の剣幕に目を丸くして札を数え、奏真を見た。
「まさか……」
目を見開き、恥ずかしそうにパッと視線を外した。もじもじしてる。
なんかエロいこと想像してない?
奏真は瀧本の頭にグーにした手をゴンッと落とし、札を力いっぱい指さして説明した。
「これはぁ! 俺が汗水たらして稼いだ、お! か! ね! 今までコツコツ貯めてきたバイト代!」
「バイトって……あの、バーガー屋?」
瀧本が口をポカンと開ける。
奏真は瀧本を見つめたまま無言で何度も頭を上下に振った。
「一銭も使わずに貯金してきた大事な金だろ?」
「ウンウン!」
瀧本は呆れたように封筒を突き返した。
「そんな大事な金を貰えないぞ。お前の欲しい物を買ったらどうだ?」
「だから! だよ。俺の買いたい物。俺たちの家」
瀧本はまた奏真をグイと抱きしめた。怪力が奏真を締め上げる。
「いたいいたいいたいっ!」
瀧本は少しだけ力を緩め、奏真の鼻先に鼻頭をくっつけ笑った。
「バカだな。そんなことしなくても、ふたりの住む家だぞ?」
「ううん、こういうことはちゃんとしてこ! もう俺だって卒業したらちゃんと働けるんです。まとまったお給料が入るんだし。ふたりで生活しようよ! ね!」
瀧本はデレデレ顔で奏真の額へ額をくっつけた。タコみたいに口を尖らせ、ブチュッとキスする。
「エッチしよか?」
「またそんな悠長なこと言って! 新しいおウチですればいいでしょ」
「そうだな!」
やっと引越し作業に取り掛かる気になった瀧本に奏真はホッとした。
瀧本が布団を畳み、奏真がビニール紐を手渡す。ひとまとめにした布団を抑え、瀧本がビニール紐で十字に結んだ。
二人で作業をするのがすごく楽しい。
「このダンボール四つと布団と、玄関に並んでる靴を入れりゃ終わりだ」
「じゃ、もう一個ダンボール組み立てるね」
奏真は玄関脇に置いてあったダンボールを組み立て、靴を中へ入れガムテープで封をした。
瀧本は布団が汚れないよう、大きなゴミ袋に突っ込みガムテープで留める。二人でダンボールを抱えて階段を降りた。




