平穏と幸せ
あれから、直樹は学校で物思いにふけることがなくなった。
「奏ちゃん。モコモコ寄る?」
「あー、ダメダメ。あっこ行ったら働かされんもん。最近のマスター、人使い荒いのなんのって」
「ふははは。なんでバイト増やさないんだろうねぇ? 忙しいなら雇えばいいのに」
「なんでだろ。でも、バイト増やされるのも困っちゃうんだよね」
「あ! わかった!」
ポンとグーにした手を打ち付け、直樹が「閃いた!」という顔をする。
「マスターさー、きっと奏ちゃんだからバイトするか? って言ったんだよー」
「だから、なんで?」
直樹は腕を組み、ウンウンと頷いた。
「だからぁ、奏ちゃんが好きなんだよ。きっと! 気をつけなよ? お尻とか触られてない?」
「えっ! そっかぁ〜。鍋のフタでもお尻にくくっておこっと」
「ひゃははは」
そんな冗談を平気で口にして笑う直樹に、奏真は心底ホッとしていた。
もちろん学校に玉木が迎えに来ることもない。ちゃんとあいつと切れてくれたんだと奏真は安心していた。
なんだかんだ言っても、現実はこんなものだ、と思う。
玉木の目的は遊び。一人に執着して追っかけ回すより、新しい相手を見つける方が気楽でてっとり早いだろう。
ブラブラと駅へ歩きながら、直樹をチラッと見る。
平穏な生活って大事だよな。うん。元に戻れて良かった……。
「あ、直樹。本屋さん寄っていい?」
「うん。でもさ、本屋のとなりモコモコだけど……ひゃはは」
「やっべ、隠れなきゃ」
直樹を盾にして奏真は隠れる真似をした。直樹といると素直に楽しいと思える。一度は手放すのを覚悟した関係。直樹を救えるのならそれでもいいと思った。でも、奏真にとって直樹とのこの関係もまた、瀧本との関係同様にとても大事なものだった。
……本当に良かった。
自分たちのあるべき姿でいられることに奏真は満足し、直樹に感謝していた。
「外から見て、客があんまりいなかったら入ったらいいんじゃない? 俺、腹減ったし。バーガー奢るよ?」
「マジで? 行こう!」
奏真が直樹の手を掴みグイグイと引っ張って歩くと、直樹が楽しそうに笑った。
「ぷぷぷ。え、本屋が先じゃないのぉ? 現金なんだから~」
「いやいや、どうせだからね? お腹満たしてからの方がゆっくりとね」
楽しそうに笑う直樹に、奏真も笑顔になる。
店へ入ると、マスターからは案の定「なんだよー! ヒマならバイトこいよー」とブツブツ文句を言われた。二人はマスターの言葉を無視して、モコモコバーガーセットを注文する。
それから本屋に行って立ち読みしつつブラブラした後、カラオケへ行き、二人で三時間歌いまくり、夕飯もカラオケ屋で済ませたがそれも直樹が気前よく出してくれた。
バイトもしてないのにホントに金持ちだな。バイトしてる俺が甘えちゃっていいんだろうか。まぁ、直樹は親からおこずかいを貰ってるしね……。次のバイト代が出たら、今度は俺が奢ってやろう。
考えながら駅へ向かい二人で電車に乗る。
時間は八時近かったが、疲れたサラリーマンやOLたちで座席は埋まっていた。
二人はドアの前に立ち、流れる景色を眺めながらおしゃべりした。夜空には優しい形をした月が浮かんでいる。奏真はそれを目で追いながら、今、ここにある幸せを噛み締めた。




