泣き笑い
約束の時間だ。
直樹は時間潰しに読んでいた漫画を戻すと、コンビニ奥の棚から新発売の桃のジュースを手に取りレジへ向かった。コンビニを出て駅へ向かう。
駅前の大きなモニター前の広場に、ポツンと立っている私服姿の奏真を見つけた。近寄る直樹に気付いた奏真が、ちょっと微笑みひょいと手を上げる。
「お疲れ」
「学校休んだのに、大丈夫なの?」
「うん。風邪とかじゃないから」
「……そう、なんだ?」
また瀧本さんちにいたのかな……。
考えても楽しくない。直樹は奏真の横顔をチラッと盗み見て考えた。
なんで急に「会いたい」って、奏ちゃん言ったんだろう……。
「行こっか」
「う、うん」
さっさと歩き出す奏真の横へ直樹も並んで歩く。
「学校どうだった?」
「ん~? 別に? あ、ハゲタツがキレた。ひゃははは」
「え、なんで?」
「誰かが授業中にアイス食いたいとか言って、ハーゲンダッツがどーのこーのって。ぷぷぷ。んで、俺がハゲタ~ツって言ったらキレた。ひゃははは」
「直樹にキレたの?」
「誰も、立川先生のことをハゲなんて言ってませんよって言ったら余計にキレてたなー」
「あはは、そりゃキレるわ。あんまやると内申に響いちゃうよ?」
「……はは。別にいーし」
「いくないでしょうよ。わざわざ塾まで行ってんだから」
「まぁねぇ」
塾はサボりがちだった。週四回に増えた塾の半分を、直樹は別の場所で過ごしている。玉木との行為は直樹にとって息抜きだった。その時だけは奏真のことを忘れていられた。
もう、塾も大学もどうでもいい。
直樹はそう思いながら、表面を取り繕い奏真へくだらない話をしながら笑ってみせる。
最近はどれが本当の自分なのかさえ、直樹にも分からなくなっていた。考えることも放棄していた。考えなければポッカリ空いた穴も気にならない。
バカな話に盛り上がりながら繁華街の方へ歩いて行く。
奏真は直樹のくだらない話に「しゃーねーな」という顔をしながらも笑っていたが、突然目の前のラブホテルへ入ろうとした。
ビックリした直樹が、奏真の背中に張り付き、腕を引っ張った。
「ちょ、ちょ、ちょ、な、なんで? どこ行くの?」
「別にどこでもいいよね?」
「ど、どこ、どこって。ココ、ラブホだよ?」
「いいから、あんままごまごやってっと人来ちゃうっしょ」
奏真はアッサリ言うと、直樹の手を掴みずんずん中へ入ってしまう。
なになに? なんなの? なんで急に俺とラブホ?
直樹は心臓がドキドキして、頭が真っ白になった。口の中もカラカラだ。
どうして、奏ちゃん? 瀧本さんとなんかあったの?
自動ドアを抜けるとまたドア。そこを抜けると大きなパネルとエレベーターがあった。無人だ。誰もいないことにホッとして奏真を見る。奏真もキョロキョロしていたが、パネルから部屋番号を選び、箱から出てきた紙を手に取った。
「三〇七だって」
「う、うん……」
二人でエレベーターに乗り三階へ上がる。
直樹の心臓は口から飛び出しそうだった。
エレベーターから出て、無事部屋へ到着。部屋に入るといきなり機械の声がして、直樹はまた心底ビックリした。
自動会計システムです? そんな風なんだ……。
直樹が玄関でキョロキョロしていると、奏真が靴を脱ぎ中へ入って行く。直樹も慌てて中へ入った。
「わぁ……」
大きなベッドとテレビとソファとテーブル。それがぎゅうぎゅうに詰め込まれている狭い空間。奏真はジャケットを脱ぎ、小さな冷蔵庫らしき扉を開けた。「へー、こんななってんだ……」と呟き、冷蔵庫の中の区切られたケースに付いているボタンを押し、お茶のペットボトルを取り出した。
「直樹もなんか飲む?」
「あ、お、俺いい。ジュースあるから」
「そ?」
冷蔵庫を閉めソファに腰を下ろし、奏真がペットボトルのお茶を飲む。突っ立ったままの直樹を見て「おいでおいで」と、ソファをトントンと叩いた。
「……うん……」
直樹がドキドキしながら奏真の横へ座ると、奏真はペットボトルをテーブルに置き、ボスッとソファの背へもたれた。
「玉木さんと会ったよ」
「……え?」
「直樹は? 最近会ってる?」
「ん。ああ……たまに……。てゆーか、玉木さんのインタビューを受けたってこと?」
聞き返すと、少しの沈黙のあと奏真は俯いてボソッと言った。
「玉木さんのこと、好き?」
「好きって……そりゃ、玉木さんいい人だし、大人で色々進路とか、そ、相談するとアドバイスしてくれるし……」
直樹はドキッとして、それを誤魔化すように早口で言った。
玉木さんのことで話がしたかったから、会いたいって言ったの?
俯いたまま、奏真は辛そうに唇を噛み締めたあとボソッと言った。
「会って……欲しくない」
「……え? な、なんで? なんか、あった?」
奏真が直樹の手をギュッと掴んだ。でも、やはり俯いたまま言った。
「俺、アイツ嫌いなんだ」
その声はかすかに震えていた。
なんか怒ってる? なんで? インタビューの時にもしかして……なにか聞いたの? 俺のこと……。
直樹の背中から嫌な汗がジワッと染み出した。
「…………」
パニックになった直樹は言葉を発することさえできなかった。
頭の中はグチャグチャで、「どうしようどうしよう」と繰り返すだけ。
奏真がまた口を開いた。
「直樹、俺と瀧本さんのしてるコト、知ってるでしょ?」
「え……な、なに? なんのこと?」
玉木さんが言ったの? 玉木さんが喋っちゃったの? なんで?
「アイツ、全然いい人なんかじゃなかった」
奏真はそう言うと、また直樹の手をギュウッと握り締める。そして、今度は顔を上げ直樹をまっすぐに見た。
「だから、もう会って欲しくない」
「……なにがあったの? ねぇ? 奏ちゃん、玉木さんとなにを話したの?」
奏真は寂しそうな目をして俯いてしまった。
「……アイツ、おしゃべりだよ。なんでもかんでもペラペラ話したよ。……信用なんかしちゃダメだよ」
「なにを聞いたの? 奏ちゃん。教えて?」
聞きたくなんかなかった。きっと、玉木さんは俺のぶちまけたことを奏ちゃんに言っちゃったんだ。なんでそんなことを?
頭の中でガンガン音がする。キーンと耳鳴りも。
もしかして、玉木さんとしてるコトまで、奏ちゃんに言っちゃったんだろうか?
奏真の悲しそうな目を、直樹はおそるおそる見つめた。
「……全部だよ」
「…………」
衝撃に、直樹は目を伏せ顔を背けた。
逃げ出したい。
奏真は直樹のもう片方の手も握って言った。
「俺がこんなこと言える立場じゃないけど、直樹が玉木さんのこと好きでも、そうじゃなくっても、もう会わないで欲しい。約束して? もう会わないって」
「無理だよ……全部聞いたんなら、分かるよね?」
奏ちゃんに全部言っちゃった……。それはショックだけど、玉木さんには玉木さんなりの理由があったのかもしれない。もしかして、俺のために……。俺がこんなんだから。
「玉木さんのこと……そういう意味で好きじゃないよ? だって、俺が好きなのは奏ちゃんだもん。知ってるよね? 玉木さんから全部聞いたんならさ」
もう、奏ちゃんの顔がまともに見れない。
直樹は奏真の手を振り払い立ち上がったが、その手を掴まれグイッと引っ張られた。バランスを崩し、またソファへ落ちるように座った直樹を奏真がギュウッと抱きしめる。
「……だったら、だったらさ、無理じゃないよね?」
なにが?
奏真は混乱する直樹をまっすぐに見て、動けない直樹の唇にぎこちなく唇をくっつけ離した。
「……俺と、しよ?」
直樹の瞳から静かに涙が流れた。
なぜ涙が出たのか、直樹もよく分からなかった。
嬉しいのか、悔しいのか、悲しいのか。ただただ、自分が苦しいと思っていることを奏真に知られてしまったのが嫌だった。
────ずっと平気なフリをしてきたのに。
これは同情だと分かっているのに怒りは起こらなかった。
同情なんて虚しいと思いつつ、奏真が自分のために必死になっている事実が直樹の気持ちを少しだけ救っていた。
同じ想いじゃなくても一方通行じゃない。奏ちゃんにとって俺は大事な存在なんだね。要らない存在じゃないんだね。
もうそれだけで、いいような気がした。
「……わかった……もう、玉木さんのとこ、行かないよ……」
「本当に?」
直樹は真剣に見つめる奏真を見つめ返した。
懇願するような必死な表情の奏真へしっかり頷く。
「うん……約束する」
奏真の顔から力が抜ける。嬉しそうに微笑み、ぎゅうううっと直樹を抱き締めた。直樹も手を持ち上げ、奏真の背中へそっと回す。
「ありがと」
奏真の声はとても穏やかで、優しい響きをしていた。
こんな風に抱きしめて貰えるなんて……夢みたい。軽蔑されたっておかしくないのに。奏ちゃん優しいね……。ごめんね? 瀧本さんとのこと応援するって決めたのに。困らせてごめんね?
「ううん……俺こそ、ありがと……ごめんね……」
奏真は直樹の胸に頭を擦りつけ「ううん」と首を振った。
ふたりで泣き、顔を上げ、濡れた頬のまま笑いあった。




