俺の……
外へ出ると、駐車場には大きなバイクが停まっていた。樽のような筋肉をしたワイルドなアメリカ人が乗りそうなバイクだ。タイヤも驚くほど太い。
「スッゲー……」
口をポカンと開けて見ていると、瀧本がそのバイクへ近づいていく。
うそ……まさか?
奏真が唖然としていると、瀧本は繋いでいた手を離し、その大きなバイクのハンドルに手をかけた。長い足でそれを軽々と跨ぐ。
「ほら、後ろ乗れよ」
「へ?」
ノーヘルだ。しかも二人乗り……いいのかな?
怖気づいた奏真は辺りをキョロキョロと見回した。バイクになぞ跨ったこともない。二人乗りは、せいぜい直樹のママチャリくらいだった。
バイクの後部には、人が座れるよう、小さな背もたれのついた革のシートがあった。奏真は覚悟を決めドキドキしつつステップに足を掛け、よじ登るようにしてそこへ跨った。
「ちゃんと腰に手ぇ回せよ」
「はい」
「あ、お前、これ被っとけ」
大きな背中越しに、赤い半ヘルが現れた。それを見て奏真は「これって、瀧本さんの使ってるやつだよね?」と思いつつ、ヘルメットを貸してくれたことに、ホッと胸を撫で下ろした。やはり怖かったのだ。
きっとちょっと転んだりしただけでも脳みそ飛び出しちゃうよ……。
想像して、ブルッと身震いした。「ありがとうございます」とヘルメットを受け取り装着する。瀧本の手が再びハンドルへと戻ると、奏真の股下でズドン! と音が立ちエンジンが震えた。ドドド……と振動が伝わってくる。奏真は慌ててヘルメットのベルトを顎の下でカチッと留めると瀧本の腰の服をしっかり掴んだ。
「行くぞ。とにかく手ぇ回してくっついとけ。体離すなよ。落ちるぞ」
瀧本に言われ、奏真は大きな背中にぴったりと体と頭をくっつけ、瀧本の腰に腕を回してしっかりしがみついた。
バイクはゆっくりと動き、駐車場をグルッと回ると、国道に滑り出す。音と振動のわりにスムーズな走りが意外だった。自転車の方がよっぽどふらつく。タイヤが大きいからこその安定感なのかもしれない。前後を車が走っていたが、不安や危険はひとつも感じなかった。
わー! すげー! チャリよりはやーいっ! って当たり前か。風が気持ちいいーっ!
奏真は無邪気に楽しんだ。噂に聞いていたように寒かったり、息が苦しいこともない。拍子抜けするほどの安全運転に奏真ははしゃぎながらも、ホッとしていた。
これって、もしかして俺のため?
自惚れかもしれないと思いつつ、奏真の心が温かいもので満たされる。
瀧本は五分程バイクを走らせ、国道沿いにある有名なチェーン店のカレー屋に入った。奏真はバイクがちゃんと停車してから、瀧本に回していた腕をそろりと解き上体を起こす。瀧本は両足で単車を支えたまま、奏真が降りるのを待っているようだった。よいしょと足を上げ、地面へ降り立つ。
「ありがとうございました。俺バイク乗ったの初めてっすよ。すっごいなぁ」
奏真は半ヘルのベルトを外して、会釈しながら瀧本にヘルメットを差し出す。
「そうなのか? 乗り慣れてるのかと思った。俺も走りやすかったぜ?」
「え? 後ろに人乗せるのも、走りに影響があるんですか?」
奏真から受け取った半ヘルをハンドルにくくりつけながら、無知な奏真のために瀧本が説明を始める。
「俺が身体を倒したら、同じように身体を倒してくれないとカーブで曲がれねーんだよ。お前、ちゃんとくっついて一緒に身体倒してたろ?」
「へー、くっつけって言われてたから、ガッシリくっついてただけなんだけど。意識すると面白そう」
奏真が納得すると、瀧本も機嫌よさそうにニコニコと店のドアを開けながら言った。
「単車、気持ちいいか?」
「はい! すごく気持ちよかった!」
「そっか。じゃあ、また乗せてやるよ」
「マジっすか!? やったっ!」
奏真の気分は瀧本と出会う前のものとはまるっきり違う場所にあった。知らない世界に気分は上がりっぱなしだった。その上、瀧本は次の約束までしてくれたのだ。
夢みたいだ!
奏真の気持ちはふわふわピョンピョンと弾んだ。
店内へ入るなり、瀧本はカウンターの店長へ親しそうに頭を下げた。
「ちーーす!」
「おまえなー。その単車乗ってくんなよー」
店長は瀧本にしかめ面で言うと、後ろにいる奏真にコロッと表情を変え営業用スマイルを見せた。
瀧本さんはきっとこの店の常連なんだろう。と二人の様子から把握した奏真がペコッと店長へ会釈すると、その横で瀧本がモジモジし始める。
「きょ、今日は、俺の……その……」
ちょっとはにかみながら、口の中でボソボソと言う。
それを見て、奏真の頬がまた緩んだ。
大きな体躯で迫力もあって、ステージでは自信に満ち溢れ、キラキラ輝いていた。そんな瀧本がたかが学校の後輩を紹介するのに、どうしてこんなにもはにかんでいるのか。それが滑稽で、とても微笑ましい。奏真は瀧本のギャップをすっかり気に入ってしまっていた。
本当に見た目を裏切る可愛さだな。この珍獣め。
奏真が胸の内でニヤニヤ楽しんでいると、店長があっさり切り出した。
「なんだよ。友達をつれてきてくれたんだろ? ありがとよ。奥の席、空いてるぞ。タバコ吸うなよ!」
「はい! 了解っす!」
瀧本はその場を切り抜けたことにホッとした面持ちで元気に店長へ返し、奥へ歩いていく。奏真も店長へお辞儀をしてあとを追った。